第38話 焼却炉のおまじない

 さっきの話、結局幽霊なのか、人間なのか、正体は分からないままだったね。

 手形?ああ、確かに、掴まれてなくても手形が残っていたんだから、人間の所業じゃないだろうけどさ。

 でも、もし個室の中にいたモノが生きていたとしても、それは可能じゃないかと思うんだ。生霊や怨念、そんなものがきっと足首を掴んだんだよ。

 突飛すぎるって?はは、何をいまさら。

 それじゃあ、そういった類の話をしよう。怨念によって怪異が現れた話を。


 —焼却炉のおまじない―


 子供の頃にさ、変なおまじないとかが流行ったりしなかった?

 例えば、花占いとか、靴を飛ばして天気を占うとか、そういうやつだよ。中にはその地域独特のおまじないとかが、あったりするんだ。

 君の子供時代にもなかった?てるてるぼうずに嫌いなやつの名前を書いて首をちょん切ったらそいつが怪我をする、みたいなさ。子供が適当に考えたような、くだらないオリジナルのおまじないが。

 この話をしてくれた人の小学校にも、こんなおまじないがあった。

 校舎裏にある、もう使われていないボロボロの錆びついた焼却炉。黒い折り紙を用意して、その裏面に嫌いなやつの名前を書く。それを三角の形に二回折ってその焼却炉で燃やすと、名前を書いた奴に不幸が訪れる。

 ある時、クラスで折り合いが合わなかった奴と、口喧嘩からの取っ組み合いになった。家族の事を馬鹿にされて、我慢ができずに手を出したんだ。

 すぐに先生が飛んできて喧嘩は仲裁されたけど、捨て台詞を吐かれてどうにも気が収まらなかった。帰っても、遊んでいても、宿題をしていても、そいつに対する怒り、恨みが鎮まらない。

 悶々としていると、ふとそのおまじないの事を思い出した。友達から聞いたことがある。本当かどうか知らないが、気晴らしでもいいから試してやろうじゃないか。

 決意してからは早かった。次の日、早速教室に置いてあった折り紙から黒色を一枚抜き取ると、裏面に力強くそいつの名前を書き殴った。放課後を待って焼却炉に持っていくと、三角に二回折って、家から持ってきた父親のライターで火を着けて投げ込んだ。

 たった折り紙一枚だ。煙はほとんど上がらない。見つかるのが嫌だったから、さっさと逃げるようにその場を離れた。

 これであいつもおしまいだ。ほくそ笑みながら眠りについた翌日。楽しみにしながら学校に来たら、そいつは何事もなくピンピンしてる。

 なんだよ、おまじないなんて嘘っぱちじゃないか。イライラは収まらない。しかし、こう考えた。

 毎日おまじないをすれば、そのうち効いてくるんじゃないか?

 継続は力なり、なんてね。その日も黒い折り紙を盗むと、焼却炉で燃やした。その次の日も、その次の日も。

 そんなことをしていたら、とうとう教室に置いてあった折り紙から、黒色が無くなってしまった。どうしよう、これじゃあおまじないができない。先生に言ったら怪しまれるし、他の教室からは盗めそうもない。

 どうしたものか。落胆しながら家に帰りついたら、戸棚に置いてあった真っ黒いお菓子の空き箱が目に付いた。そうだ、これを切り出して使おう。厚紙だけど、まあ黒いからいいだろう。

 もうすでに帰っていたから、また学校に逆戻りだ。自転車を漕いで向かうと、もう夕方で人気のない校舎は静まり返っている。念のために物影の目立たないところに自転車を停めると、こっそり校舎裏に向かった。

 いつものように錆びついた蓋を開けて、厚紙を三角に二回折ると火を着けて投げ込んだ。その時、いつもはすぐ逃げるのに、学校に誰もいないことで安心していたのか、燃えつきるのを見守ることにしたそうだ。今までの折り紙はしっかり燃えていなかったから、おまじないの効き目がなかったんじゃないのか?こうなったら、しっかり見届けてやる。

 厚紙だったからか、燃えるのに少し時間がかかる。くすぶりながらじわじわ灰になっていくのを眺めながら、そいつの不幸を心から願った。

 怪我でも、成績不振でも、何でもいいから不幸になれ。あいつなんか、あいつなんか、あいつなんか、あいつなんか、あいつなんかっ。

 そんなのでいいんだあ。

 えっ?

 不意に声がした。自分と同じ年の位の、幼い子供の声が。

 慌てて辺りを見渡した。誰かに見つかってしまったんだと思ったけど、周りには隠れるような所なんてない。草ぼうぼうの原っぱだけ。

 首をかしげながら向き直ると、いつの間にか焼却炉の蓋が閉じている。

 ええっ、そんなはずはない。蓋は開け閉めするたびにギコギコいうほど錆びついていたはずだ。風か何かで閉まったのなら、大きな音がするはず。

 あれ?そういえば、厚紙は燃えたのかな?

 確認しようと手を伸ばした時だった。焼却炉の小さな煙突から、黒い煙がモクモクと上がったんだ。

 あり得ない。たかが厚紙一枚だよ。なのに、凄まじい量のどす黒い煙が、絶えず煙突から吐き出されてくる。挙句の果てには、蓋の隙間からも漏れるように。

 急に怖くなった。自分がまるで放火魔になったような気がして、ダッシュでその場から逃げ出した。隠しておいた自転車に飛び乗ると、もう薄暗くなった道を一切振り返らずに家まで帰った。

 帰り着いてからも気が気じゃなかった。消防車のサイレンが聴こえてきたらどうしよう。学校が火事になっていたらどうしよう。そう考えたら晩御飯も上手く喉を通らない。親に心配されたけど、怒られるのが怖くて理由を話すわけにもいかない。あの声はなんだったんだろう。やっぱり誰かが見ていたのかな。震えながら布団に入って怯えていた。

 そして次の日。いつの間にか眠っていたようで、朝になっていた。すぐに昨日のことを思い出して、学校に行きたくなくなった。けど、ズル休みなんて親が絶対に許してくれない。浮かない顔で家を出た。

 幸い学校は火事になってなんかいなかった。友達もいつも通りだ。なんてことない話題でみんなケラケラ笑ってる。

 ただ、あいつが来ていない。毎日おまじないをかけていたあいつが。

 嫌な予感がして、なんだか居心地が悪くなっていると、担任の先生が教室に入ってきた。

 おーい、みんな席に着け—。ええー、○○君が昨日、大怪我をしたので今日はお休みです。入院することになってしまったので、行ける人は後日お見舞いに行くように。

 みんながざわついた。なんでも、家の台所で熱した油を腕にかぶって大火傷してしまったらしい。後遺症が残るレベルの重症で、リハビリもしなければいけないから、学校生活なんて当分無理なんだそうだ。

 今度みんなで千羽鶴を折って、持って行ってあげましょう。担任の先生はそう締めくくった。心臓がバクバク音をたてた。折り紙の置いてある場所は知っている。毎日そこから抜き取っていたんだから。おまじないのために。

 それから学校生活は何事もなくごく普通に続いたけど、校舎裏に行く勇気はなくて、ずっと近寄らなかったそうだ。いや、正確に言うと近寄れなかった。またあの声がして、モクモク黒い煙が上がったら・・・。そう考えると、足がすくんだ。

 結局おまじないをかけていたやつは、休学という形になって来なくなってしまった。後遺症が残って上手く腕が動かせなかったようで、隣町の支援学校に転入したらしい。入院中もお見舞いにはいかなかったから、それっきり会ってないそうだ。中学、高校と、全く別の校区だったから、すれ違うことすらなかった。

 その人は最後にこう話してくれた。大人になってから現在まで、自分には何も起きていない。不気味なくらいに大怪我や大病をしていないんです。

 人を呪わば穴二つ。自分にもいつかしっぺ返しが来るんじゃないかって考えると、寒気がするんです。おまじないが本当に効いたのかどうかなんて分からないけれど、相手は後遺症が残るほどの大怪我をした。

 となると、一体自分はどういう目に遭うんでしょう?

 その焼却炉は、今も校舎裏にあるそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る