第39話 染みの形

 さっきの話、生霊って言葉では片づけられないよね。

 正確には、人を恨む心、怨念が怪異を引き寄せたんじゃないかと思うんだ。

 おまじないは、ただのくだらないおまじないだった。でも、焼却炉に向かって怨念を込め続けた結果、そこに目を付けたモノが・・・。

 はは、まあ事の真偽は分からないけどね。ただの偶然かもしれないし。

 でも、ただの偶然にしちゃ、どうにも気味が悪い話っていうのもあるんだよ。


 ―染みの形―


 親が不動産屋を経営している奴から聞いた話。

 僕はその話を聞きつけた時、すぐに何か怖い話はないの?ってせがんだ。不動産屋なんてそういう話の宝庫だろ?事故物件にいわくつき物件。かならず一つや二つはあるはずだってワクワクしたのを覚えてるよ。

 でも、そいつからの返答は随分とテンションの下がるものだった。

 親からそんな話、聞いたことないよ。

 期待して損したよ。なんでも、そんなことそもそも信じてないし、気にしたことすらないから、親に聞いてみたことすら今までなかったそうだ。

 なんだよ、じゃあ今度帰省した時に聞いてみてよ。僕はそう言っておいた。

 それからしばらくして、そいつは律儀に約束を守ってきた。

 親に聞いてきたよ、なにか不動産やってて、怖いことってなかったの?って。そしたら、ひとつだけあったよ。怖い話。

 何気なく言ったのに、義理堅い奴だよほんと。それはこんな話だった。

 ある時、管理しているアパートで異臭騒ぎが起きた。隣の部屋が匂うんですけど。管理業者に連絡が行って、合鍵を使って部屋に入ったら案の定そういうことになっていた。

 部屋の中にはグズグズに腐乱していた死体がひとつ。季節は夏の頃だ。窓も扉も閉め切っていたし、腐るのも早かったんだろう。すぐに手配して警察を呼んだ。

 死んでいたのは、まだ三十歳前後の女性。一人暮らしで身寄りはなさそうだった。アパートの住人ともほとんど交流していなかったらしくて、人物像すら詳しくは分からない。

 ただ、騒ぎを連絡した隣人からはこんな話を聞いた。

 昼夜を問わず、怒鳴っているような喚き声が壁越しに聴こえていたんです。同居人がいる様子はなかったから、多分電話越しに誰かと言い合っていたんじゃないんですかねえ。

 警察は現場調査を済ませると、遺体を持ち帰っていった。今度は特殊清掃業者の番だ。遺体の痕跡を一刻も早く処理しないと、部屋にじわじわと染みついてしまう。いつものところに連絡して、すぐに来てもらった。

 まだまだ後処理はあれど、ひとまずは一件落着だ。一安心していたところ、任せていた業者から連絡があった。

 ちょっと来てください。まずいことになりましたよ。

 まずいこととはなんだ。すぐさま駆けつけると、業者が青い顔をして待っていた。

 一体どうしたんです。何があったんですか。

 ちょっと、この部屋の鍵を開けてください。

 業者が指さしたのは、遺体があった部屋の下の部屋だった。

 もしかすると、遺体が下の階の天井にまで及んでいるかもしれません。

 えっ?

 部屋に入ると、業者の言った通りになっていた。二階の床に広がっていた遺体の跡の染み。木造の古いアパートだったからなのか、それが一階の天井にまで達していたんだ。じんわりと、もやのような染みが広がっている。

 どうしましょう、これ。

 どうしましょうったって、これも修繕しないとしょうがないでしょう。

 とりあえず、今日は無理です。二階の床だけで手一杯だ。ここはまた明日、出直します。

 業者はそう言うと、天井の写真を撮って帰っていった。後日、部屋は一階も二階もきれいに清掃されて、床も天井も張り替えられたそうだ。

 ————っていう話。そいつはそう締めくくった。

 えっ、それだけかよ。なんてことないじゃんか。

 僕が肩を落としてがっくりしていると、そいつがこう言うんだ。

 怖いのはここからなんだよ。これ、その写真なんだ。

 そいつが手渡してきた写真には天井が写っていて、確かに話しの通り染みが広がっていた。

 これがどうしたっていうの。

 その二階で死んでた人、死因は自殺だったんだ。いわゆる男女のトラブルってやつでね。精神的にまいっちゃって、それを苦に。

 それで?

 その天井の染み、何かに見えない?

 これが?・・・何にも見えないよ、ただの染みじゃんか。

 その自殺した人、妊娠してたらしいんだよ。

 ・・・えっ?

 その天井の染み、胎児に見えない?ほら、これが頭で、これが身体。これは・・・へその緒かな?

 ・・・・・・・・・。

 偶然。偶然と言ってしまえばそれまでだ。ただの偶然。それで片付く話だ。

 でも、それにしちゃ・・・どうにも気味が悪いよねえ。

 

 

 

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