第37話 掴まれるトイレ

 さっきの話は幽霊にこの世のルールが通用しているのか?って話だったね。

 それに似たような感じで、こんな風に疑問に思うこともある。幽霊には触れることが出来るのか?

 いろんな心霊体験を聞いたりしていると、幽霊から触られたとか、突き飛ばされたとか、撫でられたとか、そんな話は多い。

 けど、触ろうとして、触れたって話はあんまり聞かないんだよね。そんなシチュエーションが少ないからってのもあるんだろうけど。

 実際のところ、どうなんだろうね。その辺のルールは曖昧だし、そもそもルールがあるのかどうかすら分からないけど。はは。

 それじゃあ、そんな数少ない、幽霊に触ることができた話をしようかな。


 —掴まれるトイレ—


 とある街にこんな心霊スポットがあった。その名も”掴まれるトイレ”。

 街のはずれにある公衆トイレ。その女性用の方の一番奥の個室。夜中そこに入ろうとすると、必ず下の隙間から手が出てきて、足首をがっちり掴まれる。

 そんな嘘か本当か分からない噂を聞きつけた馬鹿な男二人が、こんなことを思いついたんだ。

 掴もうとした瞬間に、その手を蹴り飛ばせばいいんじゃないか?

 全くクレイジーな発想だよね。よせばいいのに、それを実行しようと、意気揚々とその公衆トイレに向かった。

 噂では夜中にしかその手は出ないらしい。夜の十二時を過ぎた頃、二人で車に乗り込んで、街はずれに向かった。

 辺りは民家なんてないし、街灯も少ない。そんな真っ暗闇の中、公衆トイレの灯りがぼんやり薄暗く点いている。

 雰囲気は抜群だな。そんなことを言いながら、いざ公衆トイレに入った。

 誰もいないから人目を気にする必要もない。堂々と女性用に侵入すると、中は古ぼけた蛍光灯がパチパチ点滅してる。壁も床も薄汚れていて、天井には蜘蛛の巣が張っている。

 きたねえなあ。悪態をつきながら、一人は入り口に待機して、まずは一人が奥に向かった。

 半信半疑だったから、まずは掴まれるのか試してみようじゃないか、ってことになって、とりあえず個室の前に立ってみたらしい。

 ところが、ぼーっと立っているだけで、なんにも起きなかったんだ。なあんだ。やっぱりただの噂だったのか。戻ろうとした時、ふと気になって個室の扉に手を掛けた。

 その瞬間、足首をがっちり掴まれたんだ。骨ばった手が個室の下から伸びていた。

 うわあああっ。びっくりして足を振りほどいて入り口まで逃げると、いつの間にか手は消えていた。

 ああああ、噂は本当だったんだ。でたよ、幽霊が。怖がるべきなんだろうけど、馬鹿なのか度胸があるのか、二人して喜んだ。良かった、これで蹴り飛ばせるかどうか検証できる。

 それで、今度はもう一人が奥に向かった。どうやら個室の前に立つだけでは無意味らしい。中に入ろうとすると、掴まれるんじゃないか?

 だったら、蹴る準備をして扉に手を掛けてみようじゃないか。手が出てきた瞬間、思いきり蹴り飛ばしてやる。

 片足を思いきり後ろに振り上げて、構えたまま個室を開けようとしたんだ。すると、やはり下の隙間からニュッと骨ばった手が伸びてきた。

 今だっ。掴まれる前に、思いきり足を振った。

 べにょっ。そんな感覚がしたそうだ。本当に人体を蹴っているような、生々しい感触が靴越しに伝わってきた。

 弾くように蹴ったから、手はそのまま引っ込んでしまった。

 はあ、はあ、はあ、はあ。やった、幽霊を蹴ったぞ!蹴ってやったんだ!

 二人とも興奮気味に公衆トイレから出た。なんだかんだ言っても、やっぱり怖かったんだね。そのまま車に乗り込んで、逃げるように帰ったんだ。

 なぜか、公衆トイレにいた時よりも、帰りの車中の方が怖かったらしい。車の中で足を掴まれるんじゃないか。そう考えてしまったって。

 恐怖を払拭するために、大音量で音楽を聴きながら、猛スピードで人気のある市街地へ逃げ帰った。とりあえず、落ち着くために酒盛りでもしよう。そう思い立って片方の家に向かった。

 家に帰りついてからはなんてことない。自分の家なんだから、もう安心だ。酒を煽りながら、仲間に俺たちは幽霊を蹴って退治してやったんだ、なんてメールを送ったりして、はしゃいでいた。

 ひとしきり騒いだ後、もう遅いし寝ようってことになり、家主の方が寝間着に着替えようと、ズボンを脱いだ時だった。

 お、お前、それ・・・・。

 え、なんだよ。

 足首に、がっちり掴まれた跡が、痣みたいについていたんだ。

 うわああっ。やべえっ、痣になってる。掴まれたからだ。・・・お前は?

 何言ってんだよ。俺は手を蹴っ飛ばしたんだぞ。跡なんか・・・。

 二人とも息を呑んだ。

 もう一人の方にも痣が浮き出ていたんだ。それも、蹴っ飛ばした方の足に。

 うわああああああああああっ。

 二人ともガクガク震えながら、夜を明かしたそうだ。

 掴まれるトイレ。噂は本当だったし、掴まれなくても、掴まれる。かくして、その公衆トイレは心霊スポットとして格をあげたんだ。

 幽霊って、触れようと思えば、触れられるんだねえ。まあ、その代償に、しっかり向こうからも触られた訳なんだけど。

 ただ、この話を聞いた時、ふと疑問に思ったことがある。

 二人とも、最後まで個室の中は見ていないんだよ。一度たりとも。

 下の隙間からニュッと伸びてくる、骨ばった手。蹴ると、本当に人体を蹴っているような感触がする。

 その個室の中にいたのは、本当に幽霊だったのかな?

 

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