第33話 ソロキャンプ

 ええと、じゃあ次は味覚に関する話をしようかな。

 人間の五感は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚だったっけ。視える人も触られる人もたくさんいるからね。匂う人、聴こえる人の話はしたし、最後に珍しい味覚の話をしよう。

 といっても、幽霊の味が分かる人の話じゃないよ。幽霊を食べるなんて、そんなの聞いたことないしね。そんなソムリエみたいな人、いるのなら会ってみたいよ、はは。


 —ソロキャンプ—


 大学の先輩の知り合いから聞いた話。

 アウトドアが趣味の人でね、登山やキャンプ、釣りにスノーボード。なんでもやる、とにかく活発で行動力のある人。

 とある年の秋ごろの事。今まで行ったことのないキャンプ場に一人でキャンプをすることになった。本当は複数人でやるつもりだったけど、みんな予定が入って断られてしまった。けどキャンプしたい欲を抑えられずに、一人で出掛けていったそうだ。

 初めてのキャンプ場で、すぐそばに渓流があるような山奥の場所。秋ごろとはいえ、冬が近くて肌寒かったせいか、他の客はいなくて貸し切り状態だった。大きなテント設営上にぽつんと小さく一人用のテントを張ったそうだ。

 とはいっても、そういうのに行き慣れているからなのか、逆に新鮮に感じられてのびのびと過ごしたそうだよ。他人の目を気にせずにスピーカーで音楽を鳴らしながら、釣りをしたり薪を集めたり、ステーキを焼いたりしながら悠々とソロキャンプを楽しんで、時間は過ぎていった。

 すっかり陽が沈んで暗くなってきて、もう灯りはたき火と持ってきたランタンだけ。お酒を呑みながら、買っておいた雑誌を読みふけっていたら、うとうとと眠くなってきた。

 もうそろそろ火を消してテントの中に入ろうか。そう思いたって立ち上がった時、ふと尿意を催した。お酒を呑んだせいだろう。寝る前に済ましておこう、近くの茂みにランタンを持ってふらふら歩いて行った。

 適当な茂みの傍で立ちションしていると、渓流が近いせいか川の音しか聞こえない。ざあーざあー、音を聴いていたら、急に孤独感を感じた。そうだ、考えてみれば山奥にたった一人。誰もいない。

 今までは平気だったのに、急にこの状況が怖くなってきた。早々に用を済ませて立ち去ろうとした瞬間、ランタンが倒れて灯りが傾いた。

 不安定な石の上に置いていたから倒れたって不自然じゃない。なのになぜか言いようのない恐怖を感じたそうだ。まるで入ってはいけない領域に踏み入れたのを、今頃気が付いたみたいだったって。

 慌てて拾おうとしゃがんだ瞬間、急に背中を何かにドンって押されて頭から倒れこんだ。額のあたりを強く打って意識が朦朧として、視界が歪んだ。一体何が起きたのか、理解できないでいると、今度はぺたぺたっ、ぺたぺたっ、って音が耳元でする。酔ってたせいもあるのか、上手く動けずにようやくよたよたと仰向けになった途端、口にガバッと何かを突っ込まれたそうだ。

 うげええってえずきながら、それが手だってことが分かった。舌に指が当たって、がさがさ動いているのが分かる。氷みたいに冷たくて、土臭かったそうだ。口いっぱいに土の味が広がって、鼻から抜けて、気を失った。

 気がついたらテントの中で寝てたそうだ。きちんと寝袋に収まって。辺りはすっかり明るくなって朝になっていた。テントはきちんと閉じられていたし、荒らされたような跡もない。外の荷物も全く動いていなかった。

 昨夜のあれは夢だったのか?寝ぼけたか、酔っぱらってみた幻覚だったのか?はっきりとは分からなかった。

 けど、あれは夢なんかじゃない。そう確信してるそうだよ。

 なぜなら、目覚めた瞬間に口の中いっぱいに土の味が残ってたそうだ。気持ち悪くなってその場で吐いたらしい。

 それ以来ソロキャンプは控えてるそうだよ。そのキャンプ場にも行かないようにしているんだって。

 ちなみに後で調べたら、その山奥の場所って登山口にもなっているらしくって、過去には滑落事故や遭難事故なんかも起きていたらしい。関係あるのかは分からないけどね。

 君はどう思う?やっぱり土の味がしたってことは、そういうことなのかな? 

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