第19話 天井からする音

 今まで語ってきた話の中にはさ、地蔵とか仏壇とか、そういった神仏みたいな物による怪異の話があったよね。語った話以外にも、仏壇がどうの、お地蔵さんがこうの、って怖い話は掃いて捨てるほどある。

 物に限らず、神社で起こった怖い話とか、お寺での恐怖体験なんかもたくさんあるよね。神様や仏様を祀っているような神聖な場所なのに、幽霊っていうのは場所を選ばずに現れる。

 いや、神聖な場所なんてものは存在しないのかな?そもそも。君はどう思う?僕は無神論者だからね。神様仏様なんて信じてない。

 はは、またその目。幽霊は信じてる癖にって感じの。信じてないけど、やんわり信じてないだけだよ。お墓参りとかちゃんとするしね。初詣にも行くし。

 信じちゃいないけど、墓石を蹴ったり、神社にゴミを捨てるとか、そういうことはできないよ。まあ、気の持ちようみたいなものだね。

 また話が反れたね。次の話はね、神仏を祀る物に関する怖い話だよ。


 ―天井からする音―


 建築業を営んでる人から聞いた話。その人からは他にもいろいろ不気味な話を聞いたんだよね。

 解体の現場で、土壁から大量の獣の骨が出てきた、とか。和室の畳を剥いでいたら一面だけ裏側にびっしり御札が貼ってあった、とかね。

 リフォーム事業をやっていたら、そういう話には事欠かないそうだよ。古い家って怖い話の宝庫みたいなものだからね、はは。

 ある時、とあるお客さんから依頼があった。リフォームとかじゃなくて、ちょっと奇妙な依頼。

 天井から音がするから見てくれないか?ただそれだけ。なんでそんなことで、って思ったけど、社長が懇意にしているお客さんらしくて、断れずにとりあえず様子を見に行くことにしたらしい。

 そのお客さんの家に着いてみると、和風の造りで立派な一軒家だった。昔ながらの家って感じのね。チャイムを押したら、幸の薄そうな線の細いおばさんが出迎えてくれた。挨拶をして中に入って説明を聞くと、どうやら和室の天井から物音がするらしい。

 物音がするのは決まって夜。”ばんっ”て音がするらしい。天井を裏から叩いているような音が。規則性は無くて、連続して音がするときもあれば、ただの一回で終わる日もある。不思議なのは、なんだなんだと和室に入った瞬間に音がやむらしいんだ。

 ネズミかイタチでも入ってるんじゃないですかねえ。古い造りの家なら珍しいことじゃない。けど、おばさんはなんだか煮え切らない顔をしながら、そういうんじゃないと思うんです、って言う。その人は変に思った。何か心当たりがあるのか?けど、あんまり首を突っ込まないようにして、とりあえず天井裏を覗いてみることにした。

 和室の押し入れに上がって、天板を外して顔だけひょいって覗いてみた。けど真っ暗で何も見えやしない。しょうがないから懐中電灯を持って天井裏に上がることにした。

 よいしょ、って上がると、埃が舞って咳き込んだ。ゴホゴホいいながら辺りを照らしてみるけど、動物の糞らしきものは無い。というより、埃の具合から察するに動物がうろついたような痕跡はなかった。屋根材が落ちてきてるのか?上を照らすけど、そんな様子もない。

 一体原因は何なんだ?深追いして辺りを注意深く見ていると、妙なものが目に付いた。

 和室の天井裏。よく見ると梁の上に、古めかしい天井裏に似つかわしくない真新しい木材が置いてある。なんだあれ?気になって近付いて見ると、扉がついた箱だってわかった。抱えられるくらいの小さな木箱。よく見ると扉にも箱にも模様みたいなのが彫ってある。

 なんで天井裏にこんなものが?不思議に思って小さな扉を開いてみた。そしたら、中に小さい鏡がはめ込んであるのが分かった。そしてその箱が何なのかも分かった。

 神棚だったんだよ。その木箱。中には鏡と御札があって、きちんと灯篭を模した木彫りもあった。

 なんでこんなところに。神棚だって分かった瞬間に薄ら寒くなった。とにかく報告するために一旦降りよう。そう思って神棚に背中を向けた瞬間。

「ばんっ」

 すごい近くで音がしたそうだよ。天井を平手で叩いたような、そんな音だったって。慌てて降りると、おばさんが下で待ち構えていた。一体何がありましたか。そう聞いてきた。

 正直に、妙な神棚がありました。そう言うと、おばさんは考え込んでいるような顔になったけど、なぜだか妙に納得した様子で、それを撤去してください。そう言ってきたんだ。

 お客さんから言われたんじゃ断りようがない。社長が懇意にしているのなら尚更だ。怖々しながらもう一度上がっていって、扉を閉じて抱えて持って降りた。おばさんはしげしげとそれを眺めた後、それはもう処分して下さい、って言ってきた。

 ええ・・、って思ったけど、しょうがないからそのまま会社に持って帰ったそうだよ。その間は特に妙なことも起きなかったらしい。帰り着いて社長に報告すると、ああ、それはもう燃やしてしまえ、って言うと、どこかに行ってしまった。

 疑問に感じた。なぜなら神棚って本来、御霊抜きっていって本体や御札を神社に持って行って処分しないといけないんだ。建築業を生業にしてる人間ならそれは常識なんだ。けど、建築業一本で生きてきた厳格な社長が、燃やしておけ、の一言だけで済ませてしまうなんて、信じられなかった。

 社長が言うんならしょうがないし、ずっと持っておきたくもない。すぐに会社の焼却炉に放り込んで燃やしてしまったらしいよ。

 それから特に変なことも起きてないし、その家に関して妙な話も聞かなかったらしい。ただ、気になって社長に一度だけ聞いてみたらしいよ。あの家、一体なんなんですか、って。

 社長は飄々とした様子で、こう言ったんだ。

 あそこの家はな、息子が妙な宗教にはまって入れ込んでたんだ。あれはな、その神棚だよ。だから燃やしたんだ。邪教みてえなもんだから、御霊もなにも入ってねえよ。燃やしちまったほうがいいんだ。

 その人は言うんだ。その言葉で大体のことは察したけど、ひとつだけ納得できないことがあるんだ。あの天井裏は人はおろか、動物が入ったような痕跡だってなかった。なのにあの神棚は埃一つつかずに置いてあった。一体誰がどうやってあそこに神棚を置いたんだ?ってね。

 

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