第18話 泥の足

 幽霊っていうのはさ、一人でいる時とか、何人かのグループでいる時に遭遇することが多いよね。本当か嘘かわからないけど、見たって体験談は大体このパターンだ。

 例えば街中みたいな賑やかな場所で、群衆が一斉に幽霊を見たって話は聞いたことがない。そりゃみんなが視える人じゃないけど、霊感のない人だって見ることもあるんだし、そのへんの定義は曖昧だ。

 幽霊って賑やかなところが嫌いなのかな?はは、そういうわけじゃないかな。この話を聞いた時に、賑やかな場所にだって出るときは出るんだって思ったね。

 

 ―泥の足―


 この話は又聞きの又聞きで聞いたから、体験した本人はどこの誰だかわからないんだ。わかっているのは、初老の男性ってだけ。だから話の全貌はわからないんだけど、断片だけを語っていくよ。

 その人はどこにでもいるような普通の初老の男性なんだそうだ。寡黙な人らしくて、落ち着いた大人の男って感じ。

 その人が小学生の頃、自分の部屋で座って遊んでいたら、視界の端に何かが映った。ふっと気になってその方向を向くと、畳に泥だらけの足が佇んでいた。

 えっ?っと思って顔を見上げると、誰もいない。部屋はしんとしていて気配もないし、畳には泥の跡も残っていない。

 不思議に思って何気なくそのことを夕食時に話したら、両親は神妙な顔になって黙りこくってしまった。しばらくすると母親はしくしくと泣きだして、父親はどこかへ出かけていってしまった。

 困惑していたら、父親が帰ってきた。知らないおじさんを連れて。どこの誰だかよくわからないけれど、黒い着物を羽織っていて手に大きな数珠を持っていたらしい。かといってお坊さんのような、神職に仕えているような雰囲気はなかった。

 ほとんど覚えていないそうなんだけど、もう夜の遅い時間だっていうのに、なにかお経のようなものを唱えられて、いくつか話をしたらしい。その話の内容について、その人は頑なに教えてくれなかったらしいんだ。上手いことはぐらかされてね。

 それからの人生、その人はあらゆる場面で泥だらけの足に遭遇することになった。家だけじゃない。中学生の時は教室で、授業中にふと気づいたら、二つ前の机の脚の隣に泥の足が見えた。驚いて見上げるとやっぱり誰もいない。一瞬で消えてしまう。最初から誰もいなかったみたいに。

 高校生になって、夏祭りに出かけたら、歩いている人の足に混じって泥の足が佇んでいた。慌てて見返すと、消えている。

 社会人になって、仕事中に一息つこうと街中のベンチに腰掛けて缶コーヒーを飲んでいたら、ほとんど目の前に泥の足が現れたらしい。さすがにのけぞって驚いたらしいけど、やっぱり幻のように消えて誰もいない。

 泥の足が見える条件に、場所や時間帯や体調や年齢は関係ないらしい。普通に生活してて、ふとした瞬間に泥の足が現れる。ある時は目の前に。ある時は遠くに。規則性は全くない。決まって見えるのは泥だらけの足。膝から下しか見えなくて、裸足で何も履いていない。そして、見えたからといって、別に何も影響はないらしい。不幸が起こるわけでもないし、幸運を運んでくるわけでもない。

 今でも現れるらしいよ。この間は満員に近い電車に乗っている時に座っていたら、目の前に現れたんですよ、って小さく笑いながら教えてくれたんだって。家で寝ていて寝返りを打ったら、目と鼻の先に泥の足がいたこともあったそうだ。

 その話を聞いた時、聞き手の人は、一体小学生の頃に何を聞かされたんですか、その黒い着物の人物に、って食い下がった。けれどその人は絶対に教えてくれなかったらしい。これだけは言えない、ってね。

 それでもしつこく食い下がっていると、その人はポツリと一言だけ漏らしたらしいよ。

 これは先祖の業なんです。ってね。

 

 


 

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