第14話 錦鯉

 怖い話の種類っていろいろあるよね。幽霊の話が主だけど、でてこなくたって変な音がするとか、影を見たとか、不可解なことが起こった、みたいなね。

 あとは気の触れてしまった人間の怖い話とか。そっちの方が妙にリアルで下手な幽霊話よりも怖いものもあるよね。結局は生きてる人間が一番怖い、みたいな。それに関しては本当に怖いモノに遭遇してないだけだろって思うけどね、僕は。

 話が反れたね、はは。これからする話は幽霊がでてこない、まさに生きてる人間の恐怖って感じの話だよ。


 —錦鯉—


  大学の同級生から聞いた話。そいつの地元は田舎の方で、遊び場は山と川ぐらいしかない。そんなところで育ってきたから、そいつは小さいころからしょちゅう川に行って釣りばっかりやってたそうだよ。

 小学生の頃、夏休み中の暑い日。いつもみたいに川に釣りに行こうと思ってたけど、ちょっと気分を変えて田んぼ沿いの大きな用水路に行ってみることにした。

 午前中の涼しい内に宿題をちょこっとやって、お昼ご飯を食べた後、さっそく釣竿を持って用水路に向かった。

 田んぼ沿いの結構大きな農業用の用水路で、水もたっぷり溜まっててずうっと続いてるから釣りをするには申し分ない。

 けど、いざ釣竿を垂らしてみると小魚一匹釣れやしなかった。水場が死んでるように感じるくらい、魚影一匹みかけない。川と繋がってるはずなのに、いったいどうしたんだろう。そう思って釣竿を垂らしながらずうっと用水路沿いに歩いていくと、突き当りの水門のあたりに赤い魚影をみつけた。

 真っ赤な体色の錦鯉がいたそうだよ。水門の近くをゆらゆら泳いでる。そこでようやく納得したんだ。そうか、小魚一匹いないのはこいつのせいだなってね。

 そいつは小さいころから知ってたそうだけど、鯉ってなんでも食べるらしいんだ。タニシみたいな硬い貝だろうが、口に入るものなら何でも砕いて食べてしまう。小魚なんかも追いかけまわして食べ尽くしてしまうらしいね。鯉が一匹いるだけで生態系が変わってしまうくらい、自然を荒らしてしまうそうだよ。

 自分の釣り場になんてことをしてくれたんだ。見つけたとたんに綺麗な色で優雅に泳いでる錦鯉が憎らしくなった。あいつをどうにかして駆除しなきゃ。小学生なりにそう思ったそうだよ。

 気配を感づかれると逃げられる。そうっと近付いて、ゆっくり釣竿をたらした。目の前に餌を落としたら、あっさり食いついて、すんなり釣れてしまった。

 拍子抜けしたけど、いままで釣ったことのない大物に興奮したそうだよ。子供が抱えないと持てないくらいに大きくて、丸々と太ってる。どうにかしてこいつをやっつけないといけない。その時、魔が差したというか、えぐいことを思いついた。

 こいつを解体しよう。今にして思えば変なことだけど、なぜかその時にそう思ったらしいよ。食べられたやつらのかたき討ちだ。そう考えて、大きな鯉を引きずって近くの農機具小屋に持って行った。

 農機具なんかをしまっておく掘っ立て小屋に入って、置いてあった短刀みたいなもので鯉を一突きにして殺したそうだよ。子供って残酷だよね。まだ命の重みみたいなものを理解できない年頃だから、しょうがないんだろうけど。

 いつかおばあちゃんが鯉をさばいてたのを思い出しながら、見よう見まねで短刀で解体していった。けど、短刀はちょっと錆びついてたのもあって、さっぱりきれいに切れやしない。ぶちぶち引き裂くみたいに無理矢理力ずくで解体してたら、内臓がでろんって出てきてひどい匂いがしてきた。

 鼻がひん曲がるくらい生臭かったそうだよ。放り出してしまいたかったけど、怖いもの見たさで内臓をぐちゃぐちゃ突いてたら、もっとひどい匂いがしてきた。

 どうやら胃袋を破っちゃったみたいで、どす黒いドロドロしたものが出てきたんだ。それに混じって、貝殻みたいなものもあった。その時、こいつは何を食べているんだろうって思ったらしいよ。ひどい匂いよりも好奇心が勝って、胃袋をまさぐって中のものを引きずり出した。

 ほとんどがドロドロのものに貝殻の破片が混じったもので、何にも目新しいものはない。なあんだ、せっかく匂いをこらえて出したのに。落胆しながら短刀の先で中身をいじってたら、何かが切っ先に絡まった。

 麻紐みたいなものがドロドロにまみれて引っ付いてる。なんだこれ?気になって近くの溝に行って麻紐を洗ってみたら、紐がぱらぱらってほどけた。

 髪の毛だったんだ。髪の毛の束が絡まって短刀に引っ付いてたんだよ。不思議なもんで、それが髪の毛だってわかっても、その当時はなんでこの錦鯉、髪の毛なんか食べたんだ?って思っただけで、全く恐怖なんか感じなかったそうだよ。

 そのまま錦鯉の死体は近くの雑木林に放り投げて捨てたんだって。短刀を勝手に使ったのがばれたら親に怒られるから、ちゃんと洗って元の位置に戻しておいた。

 その出来事が怖くなったのは、ずいぶん後の事だったらしいよ。大きくなってから地元の事情が分かるようになって、ようやく鯉の中から髪の毛が出てきた理由が分かった。

 そいつの地元にはそこそこ大規模な錦鯉の養殖場があるらしいんだけど、どうやらそこの経営はヤのつく職業の人がやってたらしいんだ。昔から地元にいるヤのつく人たちらしいんだけど、養殖場の経営者とべったり、みたいな関係だったらしい。

 そのせいか、こんな噂があった。養殖場に死体を運んで、切り刻んで錦鯉に食わせて処理してる。

 あくまで根も葉もない噂だし、証拠も何もないけど、そいつはその話を聞いた時に確信したらしいよ。あの時釣った真っ赤な錦鯉はその養殖場から逃げだしてきた一匹だったんだ、ってね。

 鯉って口に入ればなんでも食べるんだってね。鯉に限らず、海の魚だって何でも食べるらしいよ。海難事故があった後に釣れた魚から髪の毛が出てきた、なんて話はオカルトじゃ有名な話なんだ。髪の毛って分解されにくいらしいね。土に埋めようが、胃袋に入ろうが。都市伝説に海外産のウナギは死体を食べさせて太らせてる、なんてものもある。

 今はもうその養殖場はないらしいよ。そいつが高校生の頃に潰れて地元からヤのつく職業の人たちもいなくなったそうだ。設備は解体されたらしいけど、白骨死体がでた、なんてことはなかったらしい。

 今となっては怖い思い出ってよりは、ノスタルジーな思い出になってるらしいよ。そいつが言うにはね。ああ、あと、それ以来模様が綺麗な赤い錦鯉を見ると、何を食べたらこんなに赤くなるんだろう、って考えちゃうんだって。

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