第12話 見られたくない

 最初の方の話で、幽霊は果たして姿を見られたいのか?って言ったよね。確か。

 この疑問に対しては、昔からいろいろな説があるんだ。死んでもなお、姿を見せることでこの世に残した未練を晴らしている、とか、ただ強い思念だけが霊体として残っているから意志など持っていない、とかね。他にもあるけど、全部オカルトマニアが考えた、ただのこじつけさ。

 けど、この話に出てくる幽霊は人に見られたくなかったんじゃないかな?


 ―見られたくない―


 とある一軒家があった。元はお金持ちが住んでたのか、大きい二階建てで庭もある。立地もちょっと小高い所にあって、敷地が広くて物々しい。

 ところが今は誰も住んでないらしくて荒れ放題になってる。窓ガラスは割れて、外壁は黒ずんで汚れてる。敷地内は草ぼうぼう、門は錆びついてて開いたまんま。

 元の家主が夜逃げでもしたのか、家の中は家具も置きっぱなしで時が止まったみたいに荒れ果ててる。

 その家にはこんな噂があった。元は医者の夫婦とその一人息子が住んでいた。夫婦はその一人息子に医者になるように強要し、幼いころから詰め込み教育を施した。ところが二人の血を受け継がなかったのか、一人息子は成績も悪く、学校でも内向的でいじめを受けるようになった。結果的に中学校の途中から家に引き籠るようになって、夫婦はそんな一人息子を慰めるわけでもなく、厳しく叱責した。

 小高い所にある家からはしょっちゅう怒鳴り声と何かを投げつけているような物音が聴こえてきて、近所でひそひそと噂された。

 そんな日々が続いたある日、その一人息子が夫婦を刺し殺して警察に捕まった。叱責されすぎてノイローゼになったんだろう。二人ともめった刺しだった。殺した後も自分の部屋に引き籠ってたのか、遺体が腐敗し始めて異臭騒ぎになってからの逮捕だった。

 その後、未成年だったからなのか、何年かしてその一人息子は家に帰ってきたそうだ。たった一人でその家に住み着いて、ずっと引き籠ってる。いつ外出しているんだろうってくらい、誰も姿を見ない。

 しばらくして、また異臭騒ぎになり、その家に行くと一人息子は自分の部屋で死んでいた。

 その家に肝試しに行こう!馬鹿な若者たちがそう思い立ったんだ。そんな噂はあったけど、本当かどうかわからないし、ただ雰囲気があればそれでいい。かくして若者たちはその家に向かった。

 その家に着いてみると、確かに雰囲気はある。夕方に行ったにもかかわらず、薄暗くておどろおどろしい。さあいざ突入だ、割れた窓から入って家じゅうを探索した。

 噂に聞いてた通り、中は家具がそのまま。ありとあらゆる物が置きっぱなしになってる。先駆者がいたのか、食器棚の皿が割れて粉々になっていて床に散乱してた。壁にも何かで殴ったような穴が開いてる。

 でも、雰囲気はあってもさっぱり怪奇現象なんか起きない。物が勝手に動いたりとか、不気味な声が聴こえるとか、そういうのを期待してたのになーんにも起きない。物音ひとつしないんだ。

 そのうち雰囲気にも慣れちゃって、広間にしゃがんでみんなで駄弁りだした。くだらない話をしながら仲間で盛り上がってたんだけど、仲間の一人が変なことを言い出した。

 俺さ、一階に自分の部屋があるからわかるんだけど、二階に誰かいるような気がするんだ。

 なんだよそれ、ってみんなが笑う。けどそいつは真面目な顔で続ける。俺、自分の部屋が一階にあるからわかるんだ。二階に人がいると天井から気配がするんだよって。そういや二階を見てないなってことにみんなで気が付いた瞬間、天井からドンッって音がした。床を拳で叩いたような音。

 なんだ今の音。みんなで顔を見合わせた。少し迷ったけど、怖いもの見たさでみんなで二階に上がっていったんだ。

 二階には何部屋かあったけど、明らかに一部屋だけ目を引いた。木製のドアがバキバキに壊されてて、ささくれ立ってる。それを雑に補修したのか、ガムテープでベタベタに塞いだような痕跡がある。

 絶対にこの部屋に何かある。確信してドアを開けた。すると他の部屋よりもだいぶ様子が違ってたんだ。

 異様に物が多いんだ。ベッドや勉強机はもちろんだけど、大きなテレビにゲーム機、ノートパソコンにヘッドホン。大きな本棚には漫画にアニメのDVDがずらっと並んでる。そしてなにより、いたるところにフィギュアが置いてあるんだ。

 金持ちのオタクの部屋だったんだな。そう思わせた。壁にはアニメのキャラクターのポスターが張り付けてある。それを見てると、妙なことに気が付いた。

 可愛らしいアニメのキャラクターの眼のところだけ破いてあるんだ。破くっていうよりは、コンパスか何かでグサグサやったのか、細かい穴が開いてる。

 見ろよこれ、気持ち悪いなってみんなで話してたら、仲間の一人が急に怯えだした。おい、もう出よう。早くここから出ようって。

 どうしたんだよ、急に。ビビったのか?そう言うと、そいつがこれを見ろって言うんだ。そいつが指さしたのは部屋にあった美少女フィギュアだった。それがどうしたんだよ、何だって言うんだ。でもよく見ると、すぐにそれが異様なのがわかった。

 美少女フィギュアの眼の部分がガリガリ削ったみたいに無くなってたんだ。それを見てると、後ろで仲間の一人がまた声を上げた。

 これもだ。別のフィギュアも眼のところが削られてる。まさか、そう思って部屋中のフィギュアを見てみた。一つ一つしらみつぶしに。そのどれもが、眼の部分が削られてたんだ。ロボットのプラモデルなんかは、頭ごと潰してあった。

 その場にいた全員が鳥肌がたったその瞬間、部屋の壁中からドンドンドンドン!って凄い音がした。出ていけ。そう言われてるように感じた。

 言われなくたって音がした瞬間にみんなで蜘蛛の子を散らすように出ていったらしいけどね。肝試しはまあある意味、成功に終わったわけだ。

 そこにいた何かが、噂の一人息子かどうかはわからないけど、おそらくそこにいたモノは姿を見られたくなかったんじゃないかな。だから音で警告してきたと思うんだよね。なにより、ポスターやフィギュアの眼が潰されてたのがその証拠だよ。あまりにも見られたくなくて、ありとあらゆる視線を排除したんだろうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る