第11話 藁と釘

 ん?それで終わりなの?って言いたげだね。ははは、とりあえずはここまで。またしばらくしたら続きを話すよ。あんまりさっきの話を断続的に話すのは僕もちょっと辛いしね。

 怖くなかったみたいだね。なにそれって顔してる。けどね、君。親友が急にわけわかんないことを言い出すっていうのは、下手な怖い話よりもずうっと怖いよ。想像してごらんよ。何でも話せるくらい仲のいい友達が、ある日突然得体の知れないモノに取り込まれたら・・・。

 ・・・はは。この話はやめようか。それじゃあ再開しよう。百モノ語を。


 ―藁と釘―


 これは田舎に住んでる夫婦から聞いた話。年若い夫婦でね。まだ子供はいなかったけど、結婚を機にずっと住んでた狭いアパートを出て、地方のとある一軒家を借家として借りたんだ。

 いかにも田舎の家って感じの古い和風の造りの家。最初は内見して土地ごと思い切って買おうとしてたけど、元の所有者は借家として扱ってもいいって言ってくれたみたいでね。とりあえずは借家として住んでみて、しばらく様子を見てから決めようって話になった。田舎の方の山あいにあるようなところだから、決断するのはちょっとためらってたし、ありがたかったって言ってたね。

 でもいざ住んでみると、住み心地は凄くよかった。山あいの家からちょっと下れば市内で買い物には困らないし、近所の住人もおおらかでいい人たちばっかり。バスも通ってるから子供が出来ても学校の通学には不便しない。

 よく田舎の暮らしに憧れて、手痛い洗礼を受ける話を聞くよね。田舎は閉塞的で村社会だし、差別なんかも根強く残ってるからよくそういう話を聞くんだけど、そこはそんなことも全くなかったそうだよ。

 ひと月ほど暮らしてみて、これはもう購入を決意してもいいんじゃないかなって思い出した頃、妻がぽつりと夫にこう言ってきた。

 この家、やたらと藁が落ちてるのよねえ。

 妻が言うには、掃除をしているとあちこちにやたらと藁が落ちてるそうなんだ。どっかから入ってくるんじゃないの?って夫が言うけど、妻は虫が入ってくるのを嫌がって網戸の窓しか開けないから、そんなはずはない。閉め切ってた部屋にもいつのまにか落ちてるから、なんだか気味が悪いって言う。

 夫は妻をたしなめて落ち着かせたけど、言われてみると確かに藁を家の中で見つける。季節は初夏の頃だから、近所の田んぼは藁なんてないし、そもそも家からずっと離れてる。家の土壁や天井から落ちてるんじゃないか?そう思って見てみるけど、いくら古いっていったってぼろぼろなわけじゃないから、どうもそうじゃないらしい。

 別にそれ以外は特に妙なこともないし、気にはしなかったけど、妻はどうにもそれが気に入らないらしい。夫は購入したかったけど、妻に渋られて決断できない。

 しょうがないからとりあえずはそのまま暮らしてたらしいんだけど、ある日の真夜中の事。突然大きな物音がして二人とも目を覚ました。

 居間の方からガラスが割れたような音がはっきりとした。こんな真夜中に、まさか泥棒が?恐る恐る夫が先頭に立って見に行くと、なんてことはなかった。

 居間の大黒柱に掛けてあった掛け時計が落ちていただけだった。何だよ、よりによってこんな真夜中に。そう思って拾い上げると、どうにも違和感を感じた。掛け時計の文字盤のガラスが割れてるんだけど、真ん中を何かで叩いたみたいに穴が開いて割れてる。落ちたにしては変な割れ方だな。変に思っていたら、ガラス片を掃いてた妻が時計を掛けてた釘を見ろって言う。ここに来た時から打ってあった釘に掛けてたから、それが折れたんじゃないの?そう言われて椅子を持ってきて掛けてたところを確認してみた。

 なるほど確かに大黒柱の上の方に、時計を掛けるには少し仰々しいくらい太い釘が打ってある。触ってみると、錆びついてはいたけど折れてるわけじゃない。けど、妙なことに気が付いた。

 よく見てみると、錆びついているんじゃなくて何か汚れがこびりついてる。触ると表面のそれがぱらぱらって崩れていく。何だこれ?指先についたそれを見てみると、ようやくその正体が分かった。

 血だったんだ。乾ききった赤黒いカラカラの血が太い釘にこびりついてる。それがわかった瞬間、急に耳元でコーンって金属音がした。二人とものけぞって驚いた。夫の方はよろめいて登ってた椅子から思わず降りた。

 なんだ今の音。怖くなって大黒柱の釘を見ると、さっきよりも短くなっている。まるで金づちで叩いたみたいに。

 それを見た瞬間、二人で家を出たそうだよ。寝間着のまま車で市内まで降りて、コンビニの駐車場で朝を待ったんだって。次の日、すっかり明るくなってから荷支度をして、早々に家を引き払った。

 手続きとかは後で済ませたらしいけど、元の所有者も不動産会社も首をかしげてたらしい。何が気に入らなかったんだろうって感じでね。

 その夫婦は今はもう新築の家を建てて家族で住んでるよ。中古住宅はもう嫌だって苦笑いしてた。

 やたらと落ちてる藁に、大黒柱に打ちつけられた血がこびりついた釘。その家で一体何があったんだろうねえ。

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