第9話 白いシャツ

 この話はね、僕と付き合いの長い友達から聞いた話。同い年で、高校生の頃からの仲なんだけど、どうにも締まりのないやつでね。僕と同い年だから、成人してから四、五年経ってるけど、仕事をころころと変えるんだ。いるんだよね、そういうやつって。

 大学をどうにか卒業できたはいいものの、就職先の会社をすぐに辞めちゃって、それから色んなバイトを転々としながら生活してるんだ。本人曰く、一カ所に留まるのはどうにも気持ち悪いんだって。言い訳ばっかりしてる甘ったれって感じだから、もうどうしようもないね。

 まあ、僕が言っても説得力がないかな?ははは、これ以上批判するのはよそうかな。


 ―白いシャツ―


 そいつがバイトを転々としてた店の中にね、リサイクルショップがあった。リサイクルショップっていっても、家具とか電化製品がメインじゃなくて、ゲームや漫画、CDやDVD、古着なんかを売ってるようなところ。

 業務内容はレジ打ちと店内の清掃、在庫品のチェックくらいで、店内が空いてる時は漫画を読めるからかなり楽だったって言ってたね。店長も店員も気さくな人たちで、親しみやすかった。だからそいつも珍しくすぐには辞めずに、しばらく続けてたそうなんだけど。

 そんなある日の事。ふだんは明るい同僚の店員の子が浮かない顔をしてる。

 どうしたの?って訊くと、ああ、〇〇さんは知らなかったですね。あの白いシャツのことって言う。何それ?って聞くと、横から店長が出てきて口を挟んだ。

 この店にはね、いわくつきの服があるんだ、って真顔で言う。最初は冗談だと思った。けど話を聞いてるうちに、薄ら寒くなってきた。

 なんてことない普通の白いワイシャツなんだ。黄ばんでないし、新品同様って程ではないけど、ほつれもなくてボタンも全部そろってる。どこにでも売ってるようなワイシャツ。

 そのシャツ。いつからそのリサイクルショップにあるのかわからないけど、ずっと店に残ってるそうなんだ。いや、この言い方には語弊がある。売れても必ず帰ってくるらしいんだよ。

 ずっと展示してるから、品物もいいせいなのか、定期的に売れるらしいんだ。けど、一週間と経たないうちに買った人がまた売りに来る。必ず浮かない顔をして。

 呪いの人形みたいな話だよね。捨てても必ず帰ってくる、みたいな。でもお店側からしたら売値よりもかなり低く買い取るから、いい金の卵を産む鶏だよ。

 一度だけ、一週間以上帰ってこないことがあった。なんだ、今までのは単なる偶然だったんだ、って思ってたら、違う人が売りに来た。うわあ、やっぱり帰ってきた、ってどんよりしながら検品してたら、売りに来た人がなぜかしくしく泣きだした。

 どうかされましたか?って、人のいい店長が声を掛けたらさ。死んだ彼氏が着てた服なんです、だって。

 それ以来、そのシャツを腫れ物みたいに扱ってるそうなんだ。ところが、ついさっきそれが売れていったっていう。

 そんなの、裏の在庫品置き場に置いておけばいいじゃないですか、って言ったら、しまっておくと変なことが頻発するんだっていう。その変なことの内容は、はぐらかされて教えてくれなかったらしいけど。

 どうせまた帰ってくるよ、変なことが起きないといいけど、って顔を見合わせてる店員と店長に挟まれて、そんなことあるわけないだろって思ってたけど、それから三日くらいして本当に戻ってきた。

 買っていった若い男が挙動不審な感じで売りに来たらしいよ。例のワイシャツを雑に紙袋に入れて、押し付けるみたいに売ると足早に去って行っちゃった。店員と店長は肩をすくめてやっぱりね、って話をしてる。

 一連の流れを見てて、そいつはなんだか急に腹が立ったそうだよ。そいつは全くその手の類の話は信じてないし、なにより店員と店長がこじつけてるだけで何も確証はないじゃないか、なんだよあいつらって考えた。

 クレイジーな発想だけど、そいつ、着てみたんだって。その白いシャツを。店が空いてて客にも店員にも店長にも、誰にも見られない時を狙ってね。性懲りもなく陳列されてるそのシャツをこっそり取って、店員用のエプロンを外して羽織ってみた。

 袖を通して着てみると、なんてことない白いシャツだ。店に置いてある姿見の前に立って見てみるけど、何の変哲もない。なあんだ、やっぱりただのシャツじゃねえか。あいつら、一杯食わせやがって。一言いってやる、って思って脱ごうとした時、袖口に違和感があった。

 ん?なんかおかしいぞ?って思った。袖口に手をかけて、脱ごうとしてるんだけど、袖口から手のひらが二つ出てる。

 あまりに不自然過ぎて状況が呑み込めずに、はあ?ってなったけど、すぐに背筋が凍り付いた。自分の手のひらじゃない別の手が合掌するみたいに袖から出てるんだ。うわあぁっ!って叫びそうになる直前、その手がね、ぎゅうって自分の手を握りこんできたんだって。

 よくカップルが手をつないで歩いてる時みたいにね、指と指の間に指ががっちり食い込んだ。血の気のない真っ白な手だったそうだよ。骨ばってて、氷みたいに冷たかったって。

 もう叫ぶ余裕はなかった。めちゃくちゃに怒鳴り声をあげて無理矢理踏みつけるみたいに脱ぎ捨てた。そのままダッシュで店を飛び出して、バイトをバックレたらしい。そのままなんの連絡もしないで辞めたんだって。

 不思議と店からはなんの連絡もなかったそうだよ。その店には前を通っても一切近寄らないようにしてるって。バックレるのは初めてじゃなかったから、そういうのには慣れてるって笑ってたね。はは、そういう問題じゃない気がするけどね。

 今もまだその店にあるのかな?その白いシャツ。そうそうこんな話もあるんだ。自殺する人って、なぜか白い服を着たがるんだよね。

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