あの日、少年は愛を失った。
「なぁ、明日海行こうぜ!」
「まぁた急に決めたね。拓真ってどうしてそんななの?」
美琴は迷惑そうに言いながらも、顔は少しにやけている。
「お前のその顔が見たいからな」
俺は少し照れ隠し気味にそう呟くような感じで言った。
「なっ。ちょ……」
ははは、照れてらぁ照れてらぁ。
「もう。拓真のバカ」
そんな風に言いながらそっぽを向くが耳まで真っ赤に染まった横顔は、どこか恥ずかしそうで嬉しそうだった。
「チケットならもう用意してるからさ。行こうぜ」
「分かったよ。あ、どこで待ち合わせる?」
実を言うと一緒に住んでるのだが、何故そんな提案をしたのだろうか。
「なんでそんなことって顔してるね。」
「あぁ。だってそう思うだろ」
「だってさ。久しぶりにちゃんとしたデートらしくしたいじゃん」
なるほどこいつも女子だな。
「いいぜ。じゃあ富良野駅の近くにある喫茶店で待ち合わせな」
「ふふっ、分かった」
そこからは普段の日常だったはずだ。
日付は変わり俺は富良野駅の近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら待っていた。
不意に電話が鳴る。
嫌な予感に襲われながら、電話に出る。
「もしもし」
『もしもし、私中畑医院の者ですが…』
病院?!なんでそんな所から……
「なぜ自分に電話が来たのでしょうか?」
『実はですね。あなたは拓真…さんでよろしいでしょうか、美琴様が事故に遭ってしまいまして』
事故……いきなりその言葉を言われた俺は、事情を飲み込むことが出来なかった。
「今すぐそちらに向かいます!」
『あっ……』
まだ相手は何かを言っていたが、途中で電話を切り、俺は急いで会計を済ませ店を出る。
店を出て、通りまで走るとちょうどタクシーがいたので、それに飛び込み気味に乗り込む。
「畑中医院までお願いします!」
「了解しました」
そこからは普段ならあるはずのタクシー運転手との会話もなく、ただ外を眺めながら到着を待っていた。
「……さん、お客さん!着きましたよ」
少しぼーっとしていたようだ。
「すみません。何円ですか?」
「1360円になります。」
「すいませんこれで」
俺は1500円を差し出す。
「お釣りの140円です。ありがとうございます。」
お釣りを貰ったあと直ぐに病院まで駆け込んだ。
「すいません、こちらに運び込まれた美琴…、柊美琴の関係者なんですが」
「美琴様ですね。こちらへどうぞ」
そう言われて通されたのは、集中治療室通称【ICU】だった。
「えっと…どういうことですか……」
俺はそう医者に問いかける。
「まず私から先に少し説明よろしいでしょうか?」
そう横から話しかけてきたのは、スーツを着た若い青年だった。
「拓真くんで良かったよね?美琴さんは轢き逃げにあってしまい、意識不明の重体との事です。現在犯人は逃走中で、我々も誠心誠意捜索しております。とりあえず私からは以上です」
長いように感じたその言葉を俺は頭の中で受け止めきれない。
「さてでは続きは私から話しましょう」
そう僕に医者が語りかけてきた。
「まず先ほど刑事さんから説明があった通り美琴さんは意識不明の重体です。運び込まれた時は少し意識があったようで、掠れた声でしたが、『拓真に伝えて』と彼女は仰ったので、あなたに電話をさせて頂きました。美琴さんについては私共も頑張ったのですが、明日の夕方頃がヤマかと思われます」
その最後の言葉を聞いた時俺の中の何かが壊れた。
「ふざけるなよ!それじゃあ、美琴は明後日には死んでるって言うのかよ!?」
「ちょっと、拓真くん落ち着いて!」
俺は目の前の医者に殴りかかってしまうが、横にいた刑事さんによって、胸倉を掴むぐらいに終わってしまった。
「すいません。あなたが悪い訳では無いのに……」
「いえ、お気になさらず。長らく医者をしてますと、貴方みたいな方はよくお見かけします。」
と、そこでドアを開ける音が静かに響いた。
「拓真!?」
そこに居たのは美琴の妹の美鈴、それとその両親だ。
「ご両親でしょうか?少しこちらへ。すみませんが一度拓真さんは待合室に移動していただけますか?」
「分かりました。そうします」
俺はそういった後美琴の両親に振り向く。
「すいません。俺のせいで、俺が海に行こうなんて言ったから、こんな目に遭ってしまった本当にすいません!」
「拓真くん。それについては後で話そうか。お父さんごめんね。私もいた方がいいんだろうけど、ちょっと拓真に付き添っとくよ」
美鈴はそう言ったあと、俺と一緒に待合室まで来てくれた。
無言が空間を支配する中、俺は口を開ける。
「…ごめん。」
「それは何に対して?」
静かに美鈴はそう問い掛けてきた。
「俺のせいで、美琴がこんな目に遭ってしまった。俺が海に行こうなんて…言ったから……」
「それに関しては拓真が謝ることじゃないよ。悪いのは美琴を轢いた奴。多分うちの両親も言うと思うけど、美琴はね今朝家に帰ったあと私に『ねぇ、どの服着ればいいの?!』って若干焦りながら家に入ってきた瞬間言ってきたんだよ?そんなお姉ちゃんが面白くてちょっと揶揄ったけど、そのあとは2人で拓真がちょっと驚くような服を選んだんだよ。だからお姉ちゃんは嬉しかったんだと思うな」
「そうか。ゴメンなわざわざ」
そこに静かな足音が聞こえてきて、ふと顔を上げると美琴の両親がいた。
「拓真くん」
先に話してきたのは美琴の父親だった。
「先に言っておくが、君が謝る必要は無いよ。悪いのは轢き逃げをした犯人だからね。美琴は…美鈴からも聞いたかもしれないが、今朝君の家から帰ってきた時焦った顔をしながら『どの服着ればいいの?!』なんて玄関先で叫ぶもんだからうちの妻は危うく階段から落ちかけたんだよ。ははは、まぁ、なんにせよ君が気にする必要などない。私を含めた我々警察が誠心誠意もって犯人の捜索に当たる。だから君は前を向いてくれ」
そうは言われても俺の心の中は真っ暗なままだった。
「すいません。今日はもう帰りますね。また明日美琴の顔を見に来ます」
「拓真くん」
帰ろうと腰を上げた僕に声を掛けたのは美琴の母親だった。
「拓真くん。今日のことは忘れろとは、私は言わないわ。だけど、気にしてはダメよ。それは私からのお願いね。」
そう言われはしたが、俺は頭の中がぐるぐるとかき混ぜられたような感覚が支配している。
「すいません……」
俺は俯きながらも、声を引き出し、出口へと向かいそのまま頭の中が暗闇でいっぱいになった。
この愛しさを、全て君に捧げよう。 水戸 遥 @Mito_Haruka
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