第7話 三つ編みの少年

 それからの数日間、あたしは毎日、太陽のない暗い朝を迎えて、カナタに会いに菜園まで行き、いっしょに朝ごはんを作って食べた。


 毎食後、隆弘の世話をした後、カナタと海の映像を観た。


 お風呂から出た後、寝るまでカナタといっしょに居ることも割りとあった。


 たいした話はしなかった。


 好きな食べ物の話とか、倉庫の奥に転がってた本の話とか、動画に映っていたイルカの話とか、そんなものだった。


 話の内容なんて別に何でもいい。


 空気を声で震わせて、伝えることができればそれでいいんだと思う。


 何を伝える? 

 

 そんなのあたしにだって、わからない。


 でも、伝えないと。



         *



 お昼ごはんを食べた後、あたしとカナタはいつものように隆弘の部屋で海の映像鑑賞会を開いていた。


 正直、ノートパソコンの映像をあたしもカナタももう真面目に観てはいない。


 二人ともカルシウムスティックをかじりながら、ソファーでだらだらと時を過ごすだけだ。


 暇つぶしにあたしはカナタの髪をいじった。


 カナタの髪は特に手入れをしていないとは思えないくらいキレイで、いつもいい匂いがしていた。触ってるだけでも気持ちいい。


 カナタはあたしが手で髪をすいている間、くすぐったいと笑いながらも大人しくしていた。


 三つ編みにしてみる。


 カナタが「何これ~」と言って振り向く。


 可愛い。


 あまりにも似合っていたのでそのままにしておくことにした。


 カナタは部屋のすみにある姿見に映る自分を見て、「へ~」と感心していた。


 三つ編みを見るのは初めてらしい。


 唐突にテーブルの上の目覚ましが鳴った。


「あっ、薬の時間」


 カナタは三つ編みのまま、ドタバタと冷蔵庫まで駆けていき、中から黄色い薬の入った点滴パックを取り出した。隆弘の点滴だ。


「いっしょに行こうか? ついでに体拭いたりするんでしょ?」


 あたしはソファーから立ち上がる。


「ううん、戦はいつも食事の世話をしてくれてるし。一人で大丈夫だから」


 カナタは素足にスニーカーを引っかけると、扉を開ける。


「すぐ戻るから、まってて。帰っちゃ嫌だよ」


 あたしは、うんと返事をして手を小さく振った。


 カナタは微笑んで、元気よく部屋を出ていった。


 あたしはテーブルの上のグラスに残っていたカルシウムスティックを一つつまんでかじりながら、ノートパソコンのディスプレイに視線を移した。


 惰性で再生し続けていた海の映像を停止させる。


 ゲームでもしようと思って、カーソルで色々なフォルダを開けまくった。


 ゲームらしき実行ファイルは見つからない。


 ブラウザのアイコンをクリックしてみた。


 ページを表示できないと、警告メッセージに叱られた。


 履歴に残っていたどのサイトにも接続できない。


 このノートパソコンは一応、ネットワークに接続してあるはずだからたぶんサーバが死んでしまっているのだろう。


 あたしはブラウザを閉じると、仕方なくもう一度、動画再生ソフトを立ち上げた。


 データチップのファイルを開こうと、選択しかけて再生履歴にいくつかのファイル名が表示されていることに気がついた。


 クリック。再生。


 若いアジア系の女性が、色っぽい声を出して男と絡み合っていた。


 直球ど真ん中のエロ動画だ。


 速攻で停止させた。


 あたしはようやくこのパソコンの持ち主が自分と同世代の男の子だということを思い出した。


 しょうがないなー。


 まあ、しょうがないんだろうけど。


 あたしはもう少し観てみようかなとか、カナタが間違ってこれを観てしまったらどうしようとか思いつつ、ソファーに体を投げ出した。


 テーブルにのった目覚ましの文字盤が午後三時五分前だとあたしに教えてくれた。扉の方を見る。


「ただいまー」という声とともに帰ってくるカナタの姿を探す。


 そこにはまだ誰もいない。


 あたしはソファーに寝転がったまま、右手の手のひらを鼻に押し付けた。


 まだ微かにカナタの髪の匂いが残ってるような気がした。


 あたしは目を閉じて、そのまま左腕で自分の体をぎゅっと抱しめるようにソファーで体を丸くした。


 ソファーがぎしと音を立ててきしむ。


 あたしが体をよじると、それに合わせて何度もソファーのきしむ音がした。


「カナタ」と声を出して呼んだ。


 誰にも聞えないように小さな声で呼んだ。


 もちろんカナタの返事はなかった。


 あたしはそっと目を開けて、また扉の方を見た。


 カナタはまだ帰らない。


 あたしは起き上がると、玄関に残された自分のスニーカーを履いた。

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