放課後。


いつもは立ち寄る図書室にも寄らず、

わたしは高校からまっすぐ、家へ帰っていた。



家は、好きじゃない。

自分の居場所がないから。

いや、正確に言うなら、

ぜんぶが妹の居場所だから。


自分の居場所は、自分の部屋だけ。

誰にも犯されない、自分だけの空間。


けれど部屋に閉じこもっていると、

親に変に心配されるから、

部屋に長居もできないことが多くて。



家に帰るのが好きじゃなかった。

だから、部活にも入っていないわたしは、

中学の頃にはもう、学校の図書館に入り浸っていた。


いまは母がパートをはじめて、

帰宅時間に家に帰っても誰もいないけれど、

その習慣は変わることなく、

可能な限り学校で時間を潰して、

なるべく家にいる時間を減らして生きてきた。


のに、今日はまっすぐ、家に帰っていた。




――予感があった。


静かに、音も立てずに家の玄関を開けると、

そこには見知らぬ靴があった。


わたしのものでも、妹のものでもない、

汚れの少ない、ちいさなローファー。

それは昨日、玄関で見たローファーとも違う。

誰かの。少女の。ローファー。



わたしは足音を殺して、階段を上る。

息を潜め、上る。上る。上る。


「…………ぱぃ………っ……め……」


押し殺した声が、鼓膜を揺らす。



妹の声ではない。

もっと幼い、くぐもった声。

布擦れの音と、あまい喘ぎ声。





直感で理解した。

それは、妹に抱かれて歓ぶ、少女の声だ。


あの花のように笑う妹が、

他の少女と身体を重ねている。



気づけばわたしは、家を飛び出していた。

ご丁寧にも、足音を消して。痕跡も残さず。

気づかれることのないように。

けれど少しでも早くそこから逃げ出したくて。



わけの分からない感情が、胸の底から這い上がってくる。


嫌悪。

それは紛れもない嫌悪だ。


なぜ。なぜわたしは嫌悪している?

分からない。分からなかった。


ただ、とにかく逃げなければと思った。


なにも分からないまま闇雲に道を進み、

いつの間にか近所の行き慣れた、

児童図書館へたどり着いていた。


わたしは図書館の隅の席に座り、

なにをするでもなく、

ただただ、時間が過ぎ去るのを待ち続けていた。

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