④
放課後。
いつもは立ち寄る図書室にも寄らず、
わたしは高校からまっすぐ、家へ帰っていた。
家は、好きじゃない。
自分の居場所がないから。
いや、正確に言うなら、
ぜんぶが妹の居場所だから。
自分の居場所は、自分の部屋だけ。
誰にも犯されない、自分だけの空間。
けれど部屋に閉じこもっていると、
親に変に心配されるから、
部屋に長居もできないことが多くて。
家に帰るのが好きじゃなかった。
だから、部活にも入っていないわたしは、
中学の頃にはもう、学校の図書館に入り浸っていた。
いまは母がパートをはじめて、
帰宅時間に家に帰っても誰もいないけれど、
その習慣は変わることなく、
可能な限り学校で時間を潰して、
なるべく家にいる時間を減らして生きてきた。
のに、今日はまっすぐ、家に帰っていた。
――予感があった。
静かに、音も立てずに家の玄関を開けると、
そこには見知らぬ靴があった。
わたしのものでも、妹のものでもない、
汚れの少ない、ちいさなローファー。
それは昨日、玄関で見たローファーとも違う。
誰かの。少女の。ローファー。
わたしは足音を殺して、階段を上る。
息を潜め、上る。上る。上る。
「…………ぱぃ………っ……め……」
押し殺した声が、鼓膜を揺らす。
妹の声ではない。
もっと幼い、くぐもった声。
布擦れの音と、あまい喘ぎ声。
気持ち悪い
直感で理解した。
それは、妹に抱かれて歓ぶ、少女の声だ。
あの花のように笑う妹が、
他の少女と身体を重ねている。
気持ち悪い
気づけばわたしは、家を飛び出していた。
ご丁寧にも、足音を消して。痕跡も残さず。
気づかれることのないように。
けれど少しでも早くそこから逃げ出したくて。
わけの分からない感情が、胸の底から這い上がってくる。
嫌悪。
それは紛れもない嫌悪だ。
なぜ。なぜわたしは嫌悪している?
分からない。分からなかった。
ただ、とにかく逃げなければと思った。
なにも分からないまま闇雲に道を進み、
いつの間にか近所の行き慣れた、
児童図書館へたどり着いていた。
わたしは図書館の隅の席に座り、
なにをするでもなく、
ただただ、時間が過ぎ去るのを待ち続けていた。
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