第2節

 直方体を載せるのにも手間がかかった。貨物室を整理し、不要な機材を全て降ろしての出発だった。もうこりごりだと、コダマは心底思っていた。


「……」


 船が光速域にある中、コダマは操縦席に体を深く沈めて眠りに就こうとしていた。隣ではスラッシュがカップ麺を食べようとしていた。


「コダマどう? 一口あげるよ」


「いらねぇ」


 人に頭を下げる行為ほど疲れるものはない。しかも、それが自分の身から出たものでなければなおさらだ。今日は三人に貸しを作ってしまった。それが気に入らなかった。


「新商品なんだよ。いやぁすごいねこの香り! 本物そっくりだよ!」


 スラッシュは触手を湯気の上でうねらせて匂いをかいでいた。


「本物ってなんだよ……。それはラーメンだろうが」


「違うね! これはカップメンであってラーメンじゃない! でもこの新商品、香りが本物のラーメンとそっくりなんだ! いやこれは売れるよ! 僕が保証する!」


 ゆらゆらとうねる触手を見ているうちに、コダマは睡魔に襲われた。


「……ん?」


 スラッシュは後ろを振り向いた。そしてカップメンの蓋を閉じると、座席の後方へ触手をたなびかせ始めた。


「伸びちまうぞ。さっさと食え」


「……誰かいない?」


「あ?」


「人の臭いがする。僕ら以外の」


 スラッシュは人間ではない——と、コダマは言おうとした。だが、それよりも、誰かがいるということに引っかかり、言葉を飲み込んだ。


 コダマは座席下のテイザーガンを取り出して安全装置を外した。他惑星への密航者かもしれない。コダマは緊張した。


「コダマ……」


「スラッシュ。後ろに隠れてろ。——何人の臭いがある?」


「一人。一人だよ」


 なら勝ち目はあった。


「男。年の頃は……そう、四十歳から五十歳ぐらいかな」


「そこまで分かるのか」


 コダマは貨物室のドアを開けた。


「臭いが強くなった」


「貨物室か」


 スラッシュはコダマのあとをついて貨物室に入っていった。


「おい! 誰かいるのか!」


 コダマはテイザーガンを前へ突き出し、ソロソロと進み出した。貨物室には直方体の貨物一つだけしかない。隠れているとしたら、その影だ。


「臭いが動かない」


 コダマ達はゆっくりと、そして後ろを確認しつつ、直方体をぐるりと回った。だが、誰も居なかった。


「……なあ、誰かの体臭の残り香じゃないか?」


「僕の嗅覚はそんな単純じゃないやい」


「だけど誰も居ないぞ」


「でもでも! まだ匂うもの!」


「じゃあどこから匂ってるんだよ」


「うーん……あ……」


 スラッシュは直方体を見やった。それにつられてコダマもそれを見た。


「……おい嘘だろ」


   *


 コダマとスラッシュは直方体を前に、どうするか考えあぐねていた。


「なあ。スラッシュ。死臭じゃないよな」


「違うね」


「生きているのか?」


「わからない」


 どうしたものか。人を運ぶことについての規約はない。だが、これが何かの事件に関わることだったらと思うと、放ってはおけなかった。


「……開けるか」


「開けちゃうの?」


「だって中に人が入ってるんだろ。普通じゃない」


「そりゃそうだけど、勝手に開けるのは……。一度基地に戻ろうよ」


 スラッシュが提案するよりも早く、コダマは素早く端末を操作していた。


「もう遅い」


 電子ロックが外れる音が聞こえた。空気が抜ける音が聞こえ、直方体が古いキャラメルの箱のようにスライドした。


 中には人が一人、入っていた。


「お前の読み通り……だな」


 コダマは中の人間をざっとみた。寝ている。いや、眠らされているようだ。歳は五十代、性別は男。何者かはまったく謎。


「う……うん……」


 男が目覚めた。安眠を妨げられたからかもしれない。

 コダマはテイザーガンを構えた。


「動くな」


「……ここは? ここがあの世かね?」


 的外れな質問に、コダマは思わずテイザーガンを下げた。


「いいや。ここは光速郵便船128号だ。アンタは貨物として預けられ、俺たちが……」


 コダマは端末の貨物情報を確認した。


「二百年後に届けるコトになってる」


「光速船だって? 二百年?」


 男は唖然とした。


「そんな……そんなバカな! 私はさっきまで病院に……」


「眠らされていたみたいだな」


「そんな! 帰してくれ!」


「無理だ。もう出発してから大分経つ。数十年は経ってるだろう」


「そんな……」


 男は直方体から現れたベッドの上にうなだれた。どうやら、不本意な闖入だったようだ。

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