第5節

「郵便です!」


 夜十時。スラッシュは一件目の戸を叩いた。すると、はつらつとした様子でがたい良い男が出てきた。鉱山労働者のようだった。


「なんだお前? 新しい郵便屋か?」


「はい! お荷物です!」


「おう」


 男は決して眠たそうではなかった。夜はこれからなのだと言わんばかりで、家の奥からも複数人の賑やかな声が聞こえてきていた。そうだ!


「あの、お宅にAさんはいらっしゃいますか?」


 スラッシュは不在だった四件目の宛先人の名を出した。


「おう、来ているぞ」


「やっぱり!」


 読み通りだった。夜はみんなでどこかに集まって飲み食いしているのだ。ご近所が一カ所に集まっているのだ。


「これもお渡しください」


「おお、気が利くな」


 無事に一件目の配達が終了した。


「やったぜ!」


 スラッシュはガッツポーズをとり、光速船へ駆け出した。

 あとはすぐに終わった。スラッシュのドライビングテクニックとマッピング技術をもってすれば、超低空飛行でマスドライバーのカプセルの航跡を縫って飛ぶのは訳なかった。


 表側の大陸に夜がやってくるのを待ち、街々に灯りが点きだしたころを見計らって、その光の中へ飛び込んでいった。


「表側の大陸で人が集まりそうなのは……」


 彼にはもう、目星がついていた。


   *


 ガランガランと、鳴子がなる。スラッシュは、最初にきたダイナーの戸をあけた。

 大勢の労働者が、その日の疲れを癒すために集まっていた。酒を飲みスタミナのつく飯を食い、愚痴を言い合い……。その活況は昼間のそれとは違っていた。


「すいませーん! Sさんいらっしゃいますか? あとTさん、Uさん……」


「おう俺だ!」


「俺俺!」


「Uは帰ったぞ」


 成果も出る、情報も貰える。ここがこんなに有益な場所だとは、昼間には思わなかった。


「忙しそうだな郵便屋」


 この惑星で一番最初に声をかけてきた男が、また声をかけてきた。右手にはビールを二瓶もっていた。そのうちの一つをスラッシュに渡してくれた。


「おごりだ」


「ありがとう! 帰ったら飲むよ!」


 スラッシュは瓶を鞄の中にしまった。


「頑張りすぎるなよお!」


「頼りにしてるぜ郵便局長!」


 一時間後、スラッシュは最初の家の軒先に座って、仕事終わりのビールを楽しんでいた。時刻は夜半をすぎ、日付が変わっていた。


「あー疲れた! でも良いなぁ!」


 虫の音と、夜風が心地よく感じられる夜だった。スラッシュはビールをぐいっとやり、地平線の向こうでぼんやりと輝く街の灯りを眺めていた。


「……結局、帰ってこないな」


 そう言って彼は、背後の家を見やった。

 相変わらず電気が消えたままである。


「残業でもしているのかしら」


 その時光速船から、足元がおぼつかない様子のコダマが降りて来た。


「あ、おはよう」


「くぁぁ……」


 コダマは大きなあくびをして挨拶代わりにした。


「帰ってきたか?」


「いや、まだ」


「俺、どのくらい寝てた」


「一日と半分ぐらいかな」


「どうりで腹が減るわけだ。いいもん飲んでるな」


「うん。ごちそうして貰っちゃった」


「そうか……。俺も何か食ってくるわ」


「うん」


 二時間ほどたって、コダマは肩をいからせて帰ってきた。


「どうしたの」


「帰るぞ」


「えっ。この家の郵便物は?」


「持って帰る。引っ越したんだとさ」


「ええっ」


「とんだ骨折り損だ。クソッ」


「……」


 コダマはブツブツと悪態をつきながら光速船へ引き上げていった。

 スラッシュは家の中を見てみた。確かにがらんどうだった。ポストばかりに目が行って、家の中を見なかったのだ。


   *


 船は来た道を二百キロ、戻っていた。ハンドルはコダマが握っている。スラッシュはほろ酔い気分だった。


「知らない間に伝票が沢山切られてるな……」


 コダマが片手で伝票一覧を閲覧しながらいった。スラッシュは胸を張った。


「僕が切ったんだ! で、全部配達してきた!」


「お前がか?」


「うん!」


「大変だったろ。これ、裏側の大陸の分もあるぞ」


「……ええと……。うん、まあね。大変だった」


「……そのは聞いちゃいけないんだろうな。一日局長の気分はどうだった」


「最高だったよ! 色々めげそうだったけど!」


「——何のことかさっぱりだけど、お前が良ければいいや」


「で、転送先は?」


「うん?」


「さっきの家の郵便物。転送先、聞いてない?」


「地球だ」


「えっ?」


「郵政公社の人間だった。この星の、ただ一人の郵便局員だった奴だそうだ。今は地球で地上勤務だとさ。郵政公社の人間のクセして転出届も出していないとか……」


「……地球に戻ったら、もう数年経ってるよ」


「ああ。ということは、もうこれは必要ないのかもしれない」


「勿体ないなあ。ねえ開けていい? 食べ物だったら食べちゃうから」


「良いわけないだろ」


 コダマはフフッと笑って、ランプへとハンドルを切った。

 光速船はランプ周辺の渋滞に巻き込まれて、多くの船や車のテールライトの中に消えていった。

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