生存
第1節
その日、スラッシュはいつものように、食堂でA定食をかき込んだ。たらふくになって余裕が出来た彼は、嗅ぎ慣れない臭いが周囲に満ちていることに気づいた。
「なんだ?」
スラッシュは、その巨大なナマコのような体をよじらせて周囲を観察した。臭いの原因は周囲で使われているボールペンのインクや鉛筆だった。
そう、ボールペンと鉛筆である。紙に関係するデバイスが絶えて久しいこのご時世に。
見慣れない道具で筆記をしている配達員達を見て、スラッシュに興味が湧いた。
「なぁにしているの?」
スラッシュは近くの配達員……タバタの席に椅子を寄せ、書き付けているものをのぞき見た。手紙である。汚い金釘流の文字は、いかにもボールペンを使い慣れていない様子がありありと見て取れた。
「手紙書いているんだ。見りゃわかるだろ」
「誰に書いているの?」
不躾な質問だと、スラッシュは言ってから気づいた。手紙を出す相手なんか、光速船乗りの配達員には皆無のはずなのだ。親しい者達はみな、光の速度の向こう側にいってしまったのだから。
「お嬢さ」
「お嬢?」
「なんだスラッシュ。お前知らないのか。コダマの副操縦士だろ?」
スラッシュは面白くない気持ちになった。
「おおいタバタぁ……」
タバタは声のした方へ身をよじった。そこには他の配達員——アオシマが立っていた。
「便箋とペンって、どこで貸し出してるんだ?」
「お前もコダマに頼まれたのか?」
どうやら話の発端はコダマらしかった。スラッシュは辺りを見回したが、食堂にコダマはいなかった。
「参ったよな。でも話を聞いてたらなんか放っておけなくてな。で、ペンはどこにあるんだ」
「庶務係に行けよ。倉庫の在庫を分けて貰えるぜ」
「おお、ありがとよ」
アオシマはそういうと、食堂を出て行った。
「アオシマも書いているんだ……」
「奴だけじゃない。みんな書いてるぜ。締め切りがもう迫ってるからな」
「その……お嬢に?」
「ああ。そうだ。便箋やるからお前もかけよ」
「地球の言葉の読み書きは出来ないんだけど」
「じゃあホラ。なんか喋ってみろ。俺が書いてやる」
その時、食堂の入り口から手を叩く音が聞こえた。そこにはコダマが立っていた。
「はいはい紳士の皆さん。そろそろ出発するから手紙の提出よろしく」
おう——と、食堂内に散らばってそれぞれ手紙を書いていた配達員達は、自分の手紙に封をしながらコダマの所へと集った。
「コダマ! 切手頼むわ」
「はいよ」
「コダマ! 俺、何にも書けてねえんだ!」
「じゃあ今日は要らん。次回便箋四枚分な」
あっという間に、菓子の缶一杯の手紙が集まった。その様子を、スラッシュはきょとんとして見守っていた。それを見つけたコダマはスラッシュに声をかけた。
「スラッシュ。昼休みは終わりだ。いくぞ」
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