百年目の手紙
第1節
その日コダマは、植民星の、とある小学校にいた。六年生の教室の片隅で、ぎこちなく彼は座っていた。
黒板には『将来の自分へ』と書かれている。子供達は自分の机に向かい、手紙を書いていた。
「十年後、二十年後、三十年後、四十年後……。自分がどうなっているか想像して書きましょう」
アンドロイドの教師は、銀色の無機質な目を、子供達が書き付けている紙面へ向けていた。その都度、スペル間違いを見つけたり、未だ紙面が真白な子を励ましたりしている。そのうち彼は、コダマが居心地悪そうにしているのに気づいた。
「どうかいたしましたか?」
「あ、いや。おかまいなく」
「緊張が見てとれますが」
アンドロイドに隠し事はできない。コダマの居心地は一層悪くなった。
「いや……。なんというか、皆さんしっかりしてますねえ」
「ありがとうございます。……しかしですね」
教師が発する音声が、極限にまで抑えられ、コダマの耳元でささやかれる。
「一ヶ月前から宿題にしていたのですよ、この卒業制作。それが、みんな期日までやってこなかったんです。ですから、このように居残り授業にすることに……」
コダマは、かつて自分も経験したことを思いだしていた。
「ハハハ……。俺も覚えがあります。他のことに夢中になって、よく忘れてました」
コダマの乾いた笑いが、静寂な教室に響いた。
その時コダマは、子供達が『秘密の手紙』を受け渡しているのを見つけてしまった。教師はコダマの視線が動くのと、彼の目に反射して映った手紙を見逃さなかった。
「こら! そこ!」
教師は『秘密の手紙』を子供からひったくった。コダマは心の内で子供達に謝った。
「……『アレの準備はできた?』。『アレ』ってなんです? この手紙の差出人は誰?」
一層の沈黙が教室を支配した。コダマの居心地もさらに悪くなった。
「差出人が出ないと、手紙の文字数を増やしますよ!」
「……僕です」
平々凡々とした男の子が立ち上がった。
「あなたが集中できないのを、他の人に広げることもないでしょう。そんなに集中できないのなら、今は書かなくて結構です。廊下に出ていなさい。あとで職員室で書かせます」
男子はうつむいた姿勢で、廊下へと出て行った。その様子を、コダマは見守るようにして送った。今時珍しく厳しい設定のアンドロイドだと、コダマは思った。
腕時計が震えた。左手首をひねって確認すると、郵便船で留守番をしているスラッシュからだった。
「ちょっと失礼します」
コダマは廊下に出て、電話に出た。
「おおいコダマぁ! もう腹ぺこなんですけど! いつになったら終わるの!」
「声がデカい……!」
そう言いながら、廊下でしょんぼりしている生徒と、一瞬目が合った。
「もう一時間か二時間で終わる……多分」
「はぁー……? 腹ぺこ腹ぺこ! 戸棚の最後の宇宙食食っちゃうよ!」
「ああもううるせえな! 鍵かけてどっかの定食屋に行ってこい!」
「そうさせていただきますゥ」
ブツリ、と、通話が終了する。
「お友達ですか?」
ハッとしてコダマは後ろを振り返った。教師が微笑んで、そこに立っていた。
「す、すいません……。同僚です」
「賑やかな方ですね」
「ハハハ……。食い意地だけの奴でして……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます