スター・ポスタル・サーヴィス

日向 しゃむろっく

「年の差」

第1節

 光速船操縦士のコダマは、宇宙港の郵政局出張所の控え室で休憩をとっていた。椅子を向かい合わせにし、片側の椅子に足を投げ出した姿勢で寝息を立てている。顔には途中で読むのを断念した文庫本が、目隠しがわりに被せられている。机をはさんだ向かい側では、巨大な黒光りするナマコが昼飯を貪っていた。口吻から触手を二本出し、プラスチックのスプーンとフォークを使いこなしている。


 控え室に女性型のアンドロイドが入ってきた。コダマは寝息を立てたまま、ナマコは一瞥しただけで、また昼飯を貪りることに集中した。アンドロイドはため息をつき、一人と一匹に声をかけた。


「あなた達、そろそろ出かけたら? 昼休みは終わったわ」


「もう?」


 ナマコが口をきいた。アンドロイドの合成音声よりもクリアな人語で。


「コダマ! もう昼休み終わりだって」


「んあ……」


 コダマは気の抜けた返事をすると、文庫本を顔から取り払って起き上がった。色白の肌に目のクマが目立っている。寝不足らしかった。彼は椅子から立ち上がり、かけておいた制服の上着をひっつかんで袖を通した。左胸には『星間郵政公社』のロゴマークがあしらわれている。


「午後はどこだっけか? スラッシュ」


 スラッシュと呼ばれたナマコは、弁当がらを捨てながらコダマを振り向いた。


「バローナ恒星系でしょ」


「ああそうだったな……」


 太陽系から八パーセクのところにある新興の植民惑星。コダマの午後の仕事は、この恒星系に貨物を届けることだった。


「臨時の荷物が受付にきているわ。ちょうどバローナ宛てよ」


 アンドロイドが、まだ眠気の取れていないコダマに向かって言った。


「もう出発する。次の便にしてくれ」


「手間はかからないでしょ?」


「もう積み込みは終わったんだ。今からまた積み込みなんてやってられるかよ」


「小さい荷物なの。こんな」


 アンドロイドは二十センチの立方体を手で表現してみせた。


「リズ。俺たちはサービス業だけどサービスの権化じゃないんだ。物事には順番がある。それはお前みたいな機械仕掛けの奴が一番よく知ってると思ったけどな」


 コダマはリズと呼ばれたアンドロイドに向かって、目一杯の嫌みを言った。だがリズは眉一つ動かさなかった。


「ねえお願いよ。可哀想なの」


「可哀想?」


「バローナへの移民の子供が持ってきてたペットなの」


「移民船はペット禁止だろ」


「だから私たちに運んで欲しいって親御さんが。バローナに到着するまで五十年、人間は冷凍冬眠状態におかれるけど、ペットは出来ないわ」


「次の便だ」


「次の便じゃ、あの子がバローナに到着するのに間に合わない。あなたが一番タイミングが良いの。お願い」


 コダマは露骨に嫌な表情をしてみせた。そしてリズのガラスの眼を見た。リズはコダマの眼を直視してくる。必死ではあるが、全てリズの電子頭脳によって創り出された演技である。そうしてほしい、そうあってほしいと願う時のプログラムにすぎない。それを承知しているコダマはいくらでも黙殺することは出来た。


 だが、この受付カウンターで勤続三百年のリズは、コダマの良き同僚であった。光速船で宇宙を飛び回るコダマにとって、人の一生は短すぎる。だからリズのようなアンドロイドとは自然と付き合いが長くなる。


「……どこにあるんだ。その荷物」


 リズの表情が明るくなった。これも演出に過ぎない。だがアンドロイドとの付き合いが長くなると、演出とすら思えなくなってくるものだ。


 リズが部屋を出て戻ってくると、その手には二十センチ立方の箱が乗っていた。コダマはそれを受け取り、小脇に抱えて駐機場へと向かいだした。


「ありがとうコダマ! いつかお礼するから!」


「公社の備品のクセして、何がお礼だよ。給料も貰ってないだろうが」


 コダマは悪態を呟いた。


   *


 駐機場には鈍い銀色をした卵形の機体がいくつも並んでいる。窓の外には宇宙空間が広がり、大小様々な宇宙船がひっきりなしに発着を続けているのが見えた。


「おうコダマ! これからか?」


「ああ」


 コダマは青いパイロットスーツに着替えていた。小脇にはあの小さな郵便物が抱えられている。

 卵形の宇宙船に近づくと、スラッシュが貨物室からにゅっと顔を出してきた。


「貨物異常なーし。あとはその小さな荷物だけ」


「丁重に扱え。多分中身はネズミかなんかだ。その小ささでペットだっていうんだからな」


「壁にでも縛り付けておくかね」


 コダマはコクピットのシートに身を落ち着かせ、スイッチをいくつも操作して発進準備に取りかかった。エンジンの音が響きだす。


「貨物室のロックが完了したよ」


「よし。——管制室、こちらコダマ機。発進許可を申請する」


『管制室よりコダマ機へ。発進を許可する。八番チューブから出ろ』


「了解」


 機体が動き出し、発進位置に移動を始める。その間、スラッシュは副操縦席に体を押し込んでいた。


「ねえ操縦させてよ」


「まだ太陽系だからダメだ」


「管制室からはわかりゃしないって」


「わかったときが大変だし面倒だ。お前は現地に到着してからな」


 スラッシュの口吻がぷくっと膨らんだ。不服らしい。


 機体はソロソロと「8」と書かれているエリアに向かった。そして円の中で静止すると、ゆっくりと床下へと下りていく。コクピットから見える視界に、床下に設けられている発進チューブの入り口が現れた。再び機体がソロソロと動き出すと、エアロックのドアが開いて機体を受け入れた。


「エアロックの施錠確認。減圧を開始」


 シュッという、減圧の音が響く。そして宇宙側のドアが開いた。


「発進まで五秒。四、三、二、一!」


 電磁カタパルトによる加速が始まる。数秒後には、コダマの光速船は宇宙空間に放り出されていた。


「エンジン点火! さあ行くぞ」


 ブースターによる加速が始まる。あっという間に、船は光速域に突入した。コクピットの窓をぶ厚いシールドが覆う。

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