葵姿




千鶴は七つになった。


千鶴は始終母の踊りを見て育ったのだが、ちゃんとした舞や母の舞台を見たことがない。


神社へ詣でても、伝説を残した例の舞姫だということを知るものも次第にいなくなり、さとこが騒ぎ立てられることもほとんどなくなっていた。




~たち葵の咲く頃~


夏祭りには、千鶴は毎年友達と行くようになった。さとこの子供時代と違い、友達の縁に恵まれたのか、多くの友達に囲まれて、友達想いで均整のとれた性格をしている。


さとこは、古いしきたりを持つ、舞の世界の掟や風習などをかなぐり捨てた、いってしまえば異端の存在であったのが、七年前の神社での一件で、ここら辺りでは、一躍噂の人となり、そしてまた、噂は静かに消えていった。


「お母さんね、弁天さんで踊ったことがあるの。」

「弁天さんで?へぇ。巫女さんだったの?」


「うんん。巫女さんではないわよ。母さんの踊り。」


「ふううん。みんなの前で?」


「そうそう。一回限りの、ぶっつけ本番。桜の踊りの桜舞。」


「桜の。お花が踊るの。うふ~。面白い。」


「さとこに、浴衣を拵えたよ。母さんに教わったことがあるの。昔の人はよくやったね。家族の着物を、ちくちく手で縫うの。」


「あっ、おばあちゃん宅とこで買った布!私が選んだんだ~。」


「そうそう。反物一反たんものいったんで、ぴったり大人の着物ができるようになっているの。よくできてるね。」


「ふぅ~~ん。


どうやって着るの~」


「こっちいらっしゃい。右前だよ。右が前側ってこと。」





千鶴は、母に浴衣を着せて貰い、友達が迎えに来ると、夏祭りへ出掛けていった。



まず始めに、お囃子太鼓の音ねと、焼きそばの匂いに誘われながら、

屋台をまわり、水飴を買う。

りんご飴 あんず飴 パイナップル飴……が、氷の塊の上に並べてある。


飴を手にしたかと思えば、隣の店も飴やさん。今度は、飴細工だ。

びゅーっと、真珠色した飴のかたまりを伸ばして切って、ハサミでチョキチョキと飴に切り身を入れて、魔法の手で形を整えれば、アニメや、動物、恐竜などの飴細工が出来る。

「おしんこ細工もあるからねぇ また今度来てね。」

千鶴は、ピカチューにした。

「飴ばかり買っちゃったね~食べきれないす。」


「つるちゃん、飴うまそうやんけ~」


そこへ参上、牛若丸。

牛若丸の本名は、丸島げんくん。若とも呼ばれている。



「いいなーいいな~」


牛若丸が、おもむろに、千鶴の林檎飴をペロッとなめた。


「やー、もう。あげるよ、これ~~も~~食べようとしていたのにぃ」


「やり~!!ほんといいの?


もらいっと。」



そんな子供みたいな子供ばかりの男子たちだが、皆すごく仲が良かった。






花火が

ひゅら~~~~と音を発てて

「バズン」と空に打ち上がった。


「あーー っ はじまったー」


「わお!」

「でかっ」


辺りは薄暗くなり、 夜を迎える夜祭りの迎え花火の一発。

金色と赤の混ざった大大玉花火。


私たちは、もっぱら食い気だが、意外にも男の子たちが、花火の見える小高い立ち位置にたむろし始めた。

私たちにとっては、これから始まる大食い大会の合図となっている。


といっても、お目当ては、大体がお菓子だ。 駄菓子を、浴衣姿で頬ばる私たち。めっちゃ行け食い。まだ小学生だもんね!

とにかくおこづかいを使いたい。


お腹の具合なんか考えてる場合じゃないよ。

ベビーカステラ、カラメル焼き、かき氷、たい焼き。みんな食べちゃう。

飴など先に食べるんじゃなかった、なんて、飴ちゃんごめんね。

でも、ほんとは、千鶴は、焼きそば、ねぎ焼き、たこ焼き、ラムネ派。明日も絶対お父さんと、来よう。 と密かに計画。







花火は、気がつけば、段々佳境に入っており、しきりなしにド《・》ン《・》と鳴り、パラパラと火の粉を散らしている。


「よ~~ ナイアガラ始まるぞ~!」


花火会場の、中学校の校庭に男子は移動していった。


「花火好きだね、男子。」


「綺麗でいいよね。」


ここに響く~。」

「あっ、今、土星だった!」

「ほんまや~」


ちなみにこの町は、関東弁と関西弁が交わる、新しい住宅街と、下町のミックス。

なぜそうなったかというと、関西の大阪 兵庫 京都 と 関東の東京 千葉 埼玉 の都市が、姉妹都市で、交流が豊かになったからだ。お互いの旅行も、優待されていて、格安で旅を出来るしくみができた。

日本で始めての試みで、非常に評判が良かった。

ラストフィナーレの花火が上がり出して、ザ・花火ともいうべき、三色の大玉が、最後の帳を飾った。

終わりの金色花火が咲くと、空に、火薬煙の余韻がふわふわと消えていった。


「終わったー」


「だー」


私たちは、牛若丸のお兄さんたちと、家路についた。


「男子、なにやってたの?」


「射的とくじと、金魚すくいと、スーパーボール。」


「あっ、金魚」


「いいな~」


「学校に持っていこう!」


ピヨピヨピヨ


誰かの懐から鳴いているその声は、ひよこ。


「ひよこ買ったのぉ」


「すごいねぇ」

みんなは、ある意味尊敬の眼差し。


ひよこを飼ってくれる両親は、そうはいないからだった。


「かわいい。」

「きゃっ、かわい~」


「見せて 見せて」



かっちゃんは、ひよこを順番にみんなの手に乗せた。


そんなかっちゃんは、近い将来、教師になるのだった。



千鶴は、家に帰ると、三軒隣の、

高校生の、叶美かなみさんが来ていて、お手前したあとだった。


「千鶴ちゃん、花火きれいやったねぇ、何持ってるの~?お茶ててん。」


「花火見ながらお茶飲んでたの?」


「これからやから、お茶うけて」



「へ?」



「はは、こっちの話。いいのいいの。お茶飲み。」



叶美さんは、千鶴の持っていたベビーカステラを、お茶うけにして、 何やら笑っていた。


ひとりで、静かにうけている叶美さん。


恋でもしてるのかな?




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