ワイヤレス

鬼才・なかのてるのり

第1話

「もう戻ってくるなよ」

そう言われて塀の中から送り出された。

20年振りの外の世界だ。

20年くらいだと街の様子もそこまで変わっていない。

30年前から変わっていない風景もある。

もちろん見たことのない建物も沢山ある。


「久しぶりじゃん。なにしてたのよ?」


振り返るとどう見ても10代の少年が笑いながらこちらに近づいてくる。


俺に10代の知り合いなんかいない。

いるわけがなかった。


「おい。なんで何も言わないんだよ。なめてんのかよ」


俺は売られた喧嘩は買う主義だ。そうやって生きてきた。

刑務所に戻るのは不本意だが、男には譲れないものってものがあるんだ。

それをこいつにも教えてやろう。きっといずれ感謝するはずだ。


「だからなんで喋んねーんだよ。お前からかけてきたんだろ?もしもーし。おーい聞こえてんのか」


少年はそのまま俺の脇を通り抜けて行った。


電話だ。

誰かと電話していた。

おそらくそうだ。

よく見ると街で歩いている人たちは耳栓のようなものをつけている。


「もしもし。久しぶり。何してたのよ?」

「ごめんなさい。キャッチ入ったんでかけ直しますね」

「はい。山田です」


間違いない。

そういえば昔はみんな歩きスマホをしていたが今は誰もしていない。

メガネをかけている人が多いな。

あのメガネに何かあるのかもしれないな。


そうだ間違いない。


ディスプレイが眼鏡。

スピーカーが耳栓になってるんだ。


きっとそうなんだ。


しばらく街を歩いているとみんなが話しているのも気にならなくなった。

人間はすぐに順応する生き物なんだ。


よく見ると色々なものが音声検索に対応していた。

車のドアを開ける時も

お店のドアを開ける時も

何かを調べる時も

みんな口々に何かを喋っている。


「ドア開けて」

「明日の天気は」

「電車遅れていない?」


よく聞いてみると日本語だけじゃない。色々な言葉があちこちで行き交っている。

英語や中国語はわかるがそれ以外の言葉も聞こえてくる。

さっきから俺の後ろでずっと喋っているおばあちゃんなんて何語かさっぱりわからない。ずーっとブツブツなんか言っている。


日本もこの20年で国際化が進んだものだ。

しっかり時代の流れについていかないとな。

時代に取り残されてしまうからな。

おっとあそこに随分かわいい女の子がいるじゃないか。

一人でいたら危ないじゃないか。

大丈夫だよ。

何もしないから。

怖くなんかないよ。

暴れないほうがいいよ。

暴れなかった子たちはみんな助かったから。

暴れちゃダメだって。

まだ死にたくないだろ?

俺だって傷つけたくないんだよ。

だからそんな大きな声出しちゃダメだって。

あれ?

おかしいな体に力が入らなくなってきた。

なんだろう。

意識が遠くなっていく。


薄れゆく意識の中、俺は担架に運ばれどこかに運ばれていく。

きっと病院だ。

20年間病気一つしなかったのに。外に出た途端どうしてだ。

さっきから咳が止まらない。

咳をするたびに血が出てくる。

息をするのも苦しい。

そういえばさっき俺の後ろにいたおばあちゃんどっかで見たことあったな。

そうだ思い出した。


暴れてたあの子に似てるんだ。


そっか

あのブツブツ言ってたのは呪いの呪文だったんだな。


-終わり

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