第42話 魔王の力の片鱗

 依頼内容を詳しく聞くため、リーゼとルキナ、そして俺は女の子の家に通された。お母さんを寝かしつけたじーちゃんがまた戻って来て案内してくれたのだ。馬車のおっさんは、また必要なときに呼んでくれと帰って行ったところである。


 お母さんは二階で横になっているようで、一階の間取りの広い部屋で話を聞くことになった。木造の長いテーブルで、リーゼとルキナが横に並び、俺が向きを変えて縦に座る。リーゼの前にじーさん。ルキナの前に女の子が座る形となった。


「私はカルロと言う者だ。この村に住んでおる。この娘はソニア。先程の母親、フローラさんのお子さんだ」

「ソニアちゃんのおじいちゃんなの?」


 疑問に思ったルキナの問いかけに、にっこりと表情を緩ませて答える。


「いやいや。ただ近所に住んでいるだけだよ」

「カルロおじいちゃんはね。皆に優しいの」

「そうなんだ」


 身内ではないことに少し意外だったが、小さい村である為、横の近所付き合いはしっかりしているのかと感じた。


「それよりお父さんを探すというのは?」


 リーゼが依頼内容に触れる。行方不明とかだろうか。だとすると、警察にでも頼んだほうがいいのではないか。いや、この世界だと警察はないか。


「……私のお父さんが帰って来なくて……」


 小さい娘には酷だったか。顔に陰りが見える。元気付けようと、ソニアの頭に優しく頭を撫でたカルロじーちゃんが、代わりに説明し始めた。


「この娘の父親だけではないのだが、最近モンスターが村にやって来ては悪さをするもんでな。何とか若い衆が追っ払っていたんだ。だが最近、フェンルガンというモンスターが頻繁に現れるようになった」

「フェンルガンが……」


モンスターの名前と思える固有名詞が出て来たが俺には分からない。小声でルキナにこっそりと尋ねた。


「なぁ、フェンルガンって何だ?」

「知らないの? この辺によく出る狼だよ」


狼型のモンスターということだな。納得できた俺は、再びじーちゃんの言葉に耳を傾ける。


「今まで度々現れることはあったが、たまに迷い込んで来る程度だった。それが最近はあまりにもよく目にするようになってな。それこそ村で悪さをするようになり、目に余る程だったため、若い衆が一度フェンルガンがいるガーナの森に向かったのだ」

「それで戻って来なくなったのか?」


俺の問い掛けに、カルロじーちゃんは目を瞑りコクンと頷いた。


「もともと小さい村だ。若い衆と行っても数人しかおらん。それが全員帰って来なくなってしまった。それでもフェンルガンは変わらずやってくる。畑は荒らされ、私らではどうにもならん状態なんだ」


それが本当なら大変な事態だ。ソニアのお父さんだけでなく、この村の危機と言ってもいいだろう。


「戻らなかった人たちは?」


 リーゼが端的に必要な情報を求める。


「この娘のお父さんのイバン、フレン、ロレンツォ、マテオ、サルバの五人だ。しかし……」


 じーちゃんがここまで詳しく話してくれたのだが、急に言い淀んでしまう。村の一大事だ。元々喜々として語っていたわけではない。重い口調で確認するように話していた。それがどうしたことか、じーちゃんは眉間に皺を寄せた怪訝な顔色を見せた。


「ここまで話しておいてなんだが、正直大人五人が帰って来なくなってしまったんだ。君らのような子供三人で本当に大丈夫なのか。せっかく来てくれたのに、疑いたくはないが、もし君らも帰って来なくなるかもしれないことを考えれば、君ら子供をみすみす行かせるわけにはいかない。すまないが、ライセンスは持っているのか?」


 じーちゃんから重い空気が醸し出される。確かに俺たちは年齢で見れば若い。大人五人で駄目だったんだから、俺たち三人で大丈夫なのかと思うのは当然だと言える。だが、ライセンスならある。力量としても、俺はは別としてリーゼルキナはおそらく問題ないように思う。チートっぽい勇者の娘と魔王の娘だ。



「それなら……」

「心配いらないよ。私強いから」


 リーゼの言葉を遮り、ルキナが声を張る。無邪気とも言える声色で、自信に満ちた表情を見せていた。


「いや、そうかもしれんがだからこそ……」


 カルロじーちゃんは、再度ライセンスの提示を求めたんだと思う。カルロじーちゃんが言葉を切ったのは、目の前の女の子が魔力を発したからだ。とてつもなく力強いものだ。ビリビリと俺も感じる。姿勢は変えず、けどもルキナの身体を取り巻くのは強力な雷だった。すぐにバチバチと雷光へと変貌し、今にも周囲に弾けそうな勢いである。


「これは……」

「すごい……」


 カルロじーちゃんが僅かに口を開いて驚愕する。ソニアもその凄まじさを理解出来たのか驚嘆した感想を漏らす。ルキナを中心に風が起こった。ルキナの銀髪が揺れ動き、紅いネコ目がスゥと少しだけ鋭くなった。

 ごくっと俺とカルロじーちゃんが唾を呑む。まさかだとは思うが、今にも攻撃が飛んできそうな恐怖を覚えた。


「ルキナ」


 そこに、リーゼの短い一言がルキナを制する。さすがに何かする気はなかったのだろう。ルキナはすぐさま、魔力を引っ込める。荒ぶるような魔力の震えはなくなり、空気は穏やかなものとなった。しかし、カルロじーちゃんに大丈夫だという印象は与えられたようだ。


「えっと、ごめんね。でも、これで分かってもらえたと思うんだけど」

「……まさか、キングリィ……」


 やりすぎたことでルキナは素直に謝罪する。そこでカルロじーちゃんから出てきたのは魔王の名前だった。

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