第41話 イズ村にて
「リーゼ……?」
おそるおそる呼んでみる。
「……なんて?」
「リーゼロットさん。起こしてきたであります」
「……下がりなさい」
「はっ」
呼び名で逆鱗に触れかけてしまったようだ。俺はすぐさま言い直す。ついつい敬礼をしてしまった。対するリーゼの反応は、まるで上官のような振る舞いである。素でないことを祈るばかりだ。
「確かにイズ村だね」
ルキナも外に出ると広がる景色。つまりは穏やかな村の風景が広がっていることを確認する。間違っても、本来の目的地であるミネス地方ではないと認識出来たようだ。ルキナはバツが悪そうに、おそるおそるリーゼに声を掛ける。
「いやぁ、まいったね」
「何か言うことあるでしょうが」
「えっと……ごめん」
意外にも素直に謝るルキナ。てっきり軽く流して、リーゼの反感を買うのではないかと思ってしまったのだがそうはならなかった。謝罪の言葉を聞くと、リーゼも勢いのあった炎を弱める。というか、あっさりと鎮火させてしまった。
「やけに素直ね。じゃあやっぱりルキナが間違ったってことでいいの?」
「そうだね。私が処理をミスしたんだと思う」
「……まぁそれなら仕方ないけど。依頼人には間違いで受けたってことで謝らなきゃね」
リーゼも調子が狂ってしまったのか。何だか怒るに怒れなくなってしまった様子が窺える。何処か大人しくしているルキナと、手持無沙汰に自分の桃色の髪をくるくると回すリーゼ。何だ何だ。一体何が起きているんだ。
そばで経緯を聞いていた馬車(?)のおっちゃんが口を開く。
「それならまた戻ればいいのかい? まぁこっちは移動分の乗車賃さえいただけたら構わないがね」
「えぇ、お願いするわ」
その時、耳を劈つんざくような大声が響いた。「あーーー!」という透き通る子供の声だった。慌てて声の出所に目を向ける。そこには、ちょうど村の木造の家から小さな女の子が出てきたところだった。明るい茶髪をツインテールにしている女の子だ。わずかに頬に赤みが差していた。まだ小学生低学年くらいだろうか。
「ほらお母さん。来たよ。来たくれたんだよ」
「……えぇ、そうね」
女の子に引っ張られて、その子のお母さんと思わしき女性も出て来る。女の子は緑色のシャツに黄色い腰布を巻いている。ほとんど同色の長めのスカートを履いていた。女の子に合った可愛らしい恰好だが、対照的にお母さんは茶色い服と地味な格好だ。家着だと思う。けど、それ以上に対照的なのはお母さんらしき女性は白い顔をして具合が悪そうであることだった。
「あの、あの……依頼を受けたくれた方ですよね?」
そこまで距離はなかったが、女の子はお母さんの手を離して俺たちのもとに駆け足でやってくる。それはもう、瞳を輝かせて期待に満ちた顔だった。
「それじゃ、あなたが依頼を?」
「うん。そうなの」
リーゼが一応確かめる。正直これだけ嬉しそうにしている女の子に、実は間違いでしたと言いにくい。リーゼもそうだったようで、何と言ったものか思案しているのが窺えた。
「こほっ、こほっ……」
「お母さんっ」
女の子は咳に反応してお母さんのもとへ駆け寄る。やはりどこか悪くしているのか。少し前のめりになっているところを女の子に背中をさすってもらっていた。
「フローラさん、大丈夫か」
ちょうどその時、村の奥からまだまだ元気そうなじーさんが声を掛ける。どうやらお母さんの名前であるようだ。
「えぇ、すいません。ご迷惑をかけて」
「気にするな。だが安静にしおかなくてはいかんだろう。なぜ外に出たんだ?」
「ギルドに出した依頼を受けてくださる方たちが来てくれたので……」
「そうなのか。じゃあこの人たちが……」
「えぇ……あの人を……こほっ、こほっ……」
「気持ちは分かるが無茶はいかん。とりあえず家に戻るんだ。わしが彼らには説明しておくから」
「はい……」
じーさんの手を借りて、お母さんは家の中に連れられていった。何か病気を患っているのか。よっぽど悪いようだな。
少し状況の把握をしきれていない俺たちは動けずにいた。残された俺たちの前には小さい女の子だけだ。その娘が再び俺たちのもとへと掛けてくる。
「あの……助けてください。お願いします」
女の子はそう言って、一番近くにいたリーゼを見上げて助けを求める。依頼を出したからには何か困っているんだろう。だが、もともとここに来たのは手違いである。つまり、この娘が出した依頼内容を、俺たちは知らないのだ。目の前のやり取りから察するに、お母さんを助けてくれということだろうか。
でも、先ほどリーゼは間違いだと謝らなければと言っていた。なら、断るのだろうか。
「悪いけど……」
「リーゼ」
俺は女の子に優しく話し掛けるリーゼを止めてしまった。断ろうとしているリーゼを止めたかったからだ。どんな依頼かは分からない。
けど、先ほど来てくれたと言っていた。この娘は待ってたんだ。誰かが助けに来てくれるのを。せめて断るにしても、話を聞いてからにしないか。俺はそう思った。
そして、俺が声を掛けたと同時に、ルキナも同じように「リーゼ」と被さったのだ。たぶんルキナも俺と同じ気持ちなんだと思った。それが嬉しかった。だから、リーゼが相手でも俺は……。
「私はこの娘を依頼を受けるわよ」
「へ……?」
止めようとした矢先、せめて話を聞こうと提案しようとしたとき、リーゼから意外な言葉が出たので驚いた。
「手違いだろうが、私はこの娘の依頼を受けると言ったの。何か文句ある?」
リーゼが振り向く。腰に手を当ててふんぞり返るような面持ちだ。それが妙にマッチしていて少し笑ってしまいそうになる。俺はせめて話を聞いてからと思ったんだ。でも、リーゼはもう依頼を受けると決めてしまったようだ。
「さっすがリーゼ。それでこそだね」
ルキナもすっかりいつもの調子を取り戻し、笑みを浮かべる。俺も同じだ。それでこそ勇者の娘だと思えた。
「私が断ると思ったんでしょ」
「ま、まぁな」
鋭い指摘に俺は顔を背けることしかできない。
「それで、詳しく依頼内容を教えてほしいんだけど、いい?」
「は、はい。あの……お父さんを見つけてください」
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