第40話 リーゼ燃える
すやすやと眠るルキナ。疲れてしまったのか。これからのひと仕事のために力を蓄えているのか。もしくは、小刻みに揺れる馬車によって眠気を誘われたのかもしれない。
大きな門をくぐり抜け、俺たちはいざミネス地方へ向かっている途中だ。まさか馬車が手配をしてあったとは思わず、門の外でスタンバイしている馬車のおっちゃんに乗せてもらっていた。ただ馬車と言っても、かなり馬という部分に疑問がある。何というか、見た目大型の鳥が二羽で引っ張ってくれる仕様だった。
俺が知っている種類ではダチョウに近いな。強靭な脚力と、大きくてオウムのように、丸っこい嘴が特徴的だ。灰色の羽と黒い尾。くりんくりんの丸い眼をして、何故か「メー」と鳴く。ヤギみたいな鳥だった。
しかしルキナが寝こけてしまうのも仕方ない。全くと言っていいほど振動がないのだ。そんなにゆっくり走っているのかと思い、窓のようになっている垂れた布を捲る。すると、速すぎて景色が殆ど見えなかった。おまけに、布を捲った途端に凄い振動が発生してしまう。
「ちょ、何やってるのよ。早く閉めて」
「お、おう」
リーゼに叱責されてしまい、すぐに手放す。布で景色が伏せられると、さっきまでの振動が嘘のようになくってしまう。
「もしかして、これに乗るの初めてなの?」
「え、と……。まぁ初めてだな」
「はぁ」
分かりやすく溜め息をつかれてしまったぞ。
「クイックルは凄い速さで走ってるのよ。酔うこともなく、快適に移動できるように魔法を掛けてあるの。外の空気が入ってきてしまうと、魔法が解けてさっきみたいなことになるの」
「そ、そうなのか。そりゃすまなかった」
「あんた今までどういう生活をしてきたのよ」
「いや、そりゃまあ山あり谷ありの苦難のなかで過ごしていた感じだ」
我ながら答えになっていないと自覚できるが、バカ正直に違う世界から転生してきたとは言えない。まだこの世界のことを知らぬ俺としては、余計なことを言ってボロが出るのも避けたかった。
リーゼはどう思ったのか。さらなる追及はしてこなかった。けど、急な沈黙は疑われているようで居心地が悪かった。仕方なしに俺は話題を振ってみた。
「ところで、向かってるそのミネス地方ってどんなとこなんだ?」
ちょうどに向かい合う位置にいるリーゼに俺は尋ねる。リーゼはちょうど、居眠りしているルキナに寄り掛かられていた。
「気候は安定していてのどかな場所よ。マーシェルのほうと違って、自然に溢れてる。比較的危険なモンスターもいないはずだから、今回のガルバンが現れたってのは少し珍しいわね」
「どこからか突然集まってきたってことか。厄介だな。弱点でもあればいいが」
「空を飛ぶ相手だから、一応風や雷の魔法が効果的と言えるわね」
「お、じゃあルキナに頑張ってもらう感じだな」
雷の魔法と言えばルキナだろう。むにゃむにゃと寝言を呟く本人に視線を向ける。ルキナにとって相性がいいのであれば安心だな。俺は足手まといにならないように隅っこで隠れておくとしよう。
「そうね。まぁガルバン相手なら私でも余裕だし。すぐに終わるんじゃないかしら。そのあと近くを観光できるわね」
「そこにはなんか良いものがあるのか?」
「おいしいごはんとか、温泉とかかしらね」
「おぉ、それはいいな。温泉にはぜひ入りたい」
依頼内容をぱぱっと片付けて、そのあとのことをリーゼと話し合う。ガルバンは怖いが、ちょっとした旅行だなと少し楽しく思えてきた。そんなとき、ダチョウのような鳥を操るおっちゃんの声が聞こえた。
「着きましたよ」
「え、もう着いたのか」
「いくら何でも早すぎる気が……」
距離感の分からない俺は疑問符を浮かべるだけだ、問題はリーゼが違和感を覚えてしまっているという事実だ。呼ばれるままにとりあえず、外に降りてみた。
広がる光景は町というより村だった。自然に溢れる山村というのがぴったり合う。ここがそのミネス地方なんだろうか。
「え、ちょっ……何で、イズ村?」
リーゼの反応を見るに違う場所であるようで、戸惑っているのが分かる。
「あの……私たちミネス地方に行くつもりだったんですが……?」
「え、そうなのかい? けど私は確かに、このイズ村だと聞いていたのだが」
「どういうことなんだ?」
行き先がちゃんと伝達できていなかったのか。どういうわけだとリーゼに問うと、その返事はまさかの怒りに燃え上がる炎だった。
「えぇ?」
「ルキナよ! 依頼の承諾の処理をたぶん間違えたわね。今すぐ起こして!」
「は、はい。ただいま」
従者の如く俺はすぐさまルキナの元へ。肩を揺すって起きるように働き掛ける。
「はにゃ……、あれ、もう着いたの?」
目を擦りながら寝惚けたルキナが呑気なことを口にする。
「着いたのは着いたが、目的地が違ってるんだよ。リーゼはルキナのせいじゃないかと今お怒りだぞ」
「え? 何処に着いたの?」
「イズ村……? とかいうとこだ」
眠たそうであるが、半信半疑のままルキナは馬車(?)から降りる。そこには、メラメラと燃えるリーゼ嬢がいた。まさに文字通りである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます