第39話 出発

 少しだけ様子が違うルキナが気にかかる。何処がと言われると何となくおとなしいような気がする。その程度なので言及は出来なかった。


 空の支配者ガルバンの討伐。Sランクの依頼書をゾルバに渡すと、早速ゾルバは処理をしてくれるようだ。依頼人に渡すための推薦状とやらを書き始める。


 その時、店の中央あたりが騒がしくなった。


「おいおいブリューゲル。俺の酒が飲めねぇってのか」

「飲めねぇじゃねぇ。飲まないだ。俺にはこのレッドローレルが至高なんだ」


 格の良い冒険者風の岩のようなおっさんと、ゴテゴテの装備を付けた、ノッポのこれまたおっさんが言い争っていた。二人とも同じテーブルに腰を掛けていたようだが、冒険者風のおっさんが立ち上がっていた。


「レッドローレルだぁ? んなもんより俺のブルーパージのほうが至高だろうが」

「止めろジョルシュ。お前こそこっちを飲んでみろ。ブルーパージなんてジュースみたいなもんは止めときな」

「……ほう、俺のフェイバリットに、いちゃんもんを付けるとは良い度胸だな」

「何だ、やるってのか」


 二人とも相当に酔っているらしく、もう片方の装備ゴテゴテのおっさんもついには立ち上がる。今にもおっ始めそうな雰囲気だ。


「ふん。すぐああやって喧嘩するなんてバカみたいね」

「ホントだね。もう少し落ち着いたらいいのに」


 リーゼとルキナが俺のそばで呆れていた。おいおい、お前らがそれ言うのか。一回、今日までの行動を振り返ってもらいたい。


「もー、ちょっと待ってて。止めてくるわ」


 さすがに店内で暴れられたら困るだろう。ゾルバが慌てて仲裁に向かった。


「あ、代わりに処理やっといて」


その折、ゾルバは頼み事をして向かってしまう。


「はいはーい」


 返事をするがいなや、ルキナはひらりとカウンターを飛び越えて、先程までゾルバのいたカウンターの内側に侵入してしまう。


「え、いいのか?」


ルキナはそのままゾルバを引き継いで勝手に処理し始める。この世界でそんなことが許されているのだろうか。つい止めてしまいそうなるが、リーゼが補足を付け加える。


「ルキナも私も、この店で働いたことがあるから処理は出来るわよ」

「へぇ。そうなのか」


 過去形であるから、今も在籍しているかは定かではない。だがまぁ、この店を取り仕切るゾルバが頼んでるくらいなのだから構わないのだろう。俺はそれ以上に、リーゼもルキナも働いたことがあるということで、店内にいる店員に目を向けた。


 今にも火花が飛び散るおっさん同士の睨み合いの周りで、おろおろと手をこまねいている店員さんだ。うむ、可愛い。


 全体的にお姉さんと言ったイメージだ。容姿だけでなく、どうにもエロチックな制服に心を動かされる。肩まで開いているから胸元が少しチラ見出来てしまう。それに、スカートは非常に短く、見えそうで見えないそんなギリギリ具合を楽しめてしまう。


 そんな格好をこの二人がしているとなると、少し昂ぶってしまうものがある。

 想像逞しく楽しんでいると、「はい、終わり〜」と元気良く声を上げるのはルキナである。


「よしこれで……。さぁ行こっか」

「……あ、おう。もういいのか」

「いいよいいよ。あれ待ってたら日が暮れちゃうし。いつものことだし。ね」


 処理が終わったルキナは、よほど早く行きたいらしく俺の背中をぐいぐいと押して行く。一瞬のトリップから戻った俺だが、そういやおっさんの喧嘩はどうなったのかと気になってしまう。


「さぁ行くわよ。アウト! セーフ! ヨヨイのヨイ!ヨイ!ヨイ!」

「うおおおおおおっ!?」


 何故仲介の言った末の結果、野球拳みたいなことになっているんだ。ゾルバがノリノリで取り仕切っていた。しかも、ガチでおっさんが脱ぎ始めてるし。まだ装備を身に付けているのに、上が半裸になり始めている状況がよく分からない。デッドラインは超えないと信じたいところだ。


「おのれ〜。この屈辱、即座にまるっきり返してやるぞ」

「ふふふっ、望むところよ」


 素敵な妄想から戻れば、地獄絵図である。あとはもう気にせず、ルキナに促されるままに早々に店を出ることにした。


「んもう、仕方ないわね。じゃあ次は私が……」


 いや、ゾルバさん?

 何であんたが脱ぐんだよ!





 突っ込まずにはいられなかったが、巻き込まれてはかなわないと逃げることに成功した。他にギルドの店がないかあとで紹介してもらおう。


 ルキナの提案で買い食いをしつつ、俺たちは街中を抜ける。人気が少なくなり、いよいよ街の外に出るようだ。一人の門番がいる関所みたいなところにやってきた。そこで、門番のような奴に進行を止められてしまう。


「おぉっと、そこまでだ。身分証を見せな」

「真面目だね。ジューカス」


 門番の男に槍を突き付けられているのに、ルキナは随分気さくに話しかける。どうやら知り合いのようだ。見た目同い年くらいにも見えるし。


「真面目っていうかこれが仕事なんだよ」

「いい加減顔パスでよくない?」

「言っとくけど、これでも端折ってるほうなんだぞ。ちなみに何処行くんだ?」

「あ、えっとね……」


 言い淀むルキナにリーゼが助け船を出す。


「ギルドの仕事。ガルバンの討伐でミネス地方でしょ」

「あ、あぁ。そうそう。そうだったそうだった」


 ルキナは場所のことをすっかり忘れていたようだ。頭の後ろに手をやり、バツが悪そうに取り繕う。


「そんな依頼をこなせるのは、同年代だとお前らくらいなもんだな。で、見ない顔だがそいつもか」

「そう。今日アカデミーに入ったばかりのラルクよ」

「そうか。俺はジューカス。俺も同じアカデミー生なんだが、これもギルドから紹介された仕事でな時たまこうやって門番をやっている。まぁよろしくな」

「あ、お、おう。ラルクです。よろしく」


 あまりに自然に手を差し出してくるもんだから戸惑ってしまった。こいつはコミュニケーション能力が高すぎるな。見た目熱血そうな男である。黒のショートで少し眉毛が太い。純日本人的な容姿もあり、何処か懐かしくさせる。部活があったら間違いなく体育会系。おそらく野球部でも入ってそうな奴である。


「にしても、まさかリーゼが今日入ったばっかの奴と組むなんてなぁ。まさかお前、惚れてる……いやすまん。冗談だ。軽い冗談だからその殺気に満ちた炎は引っ込めてくれ」

「次はないから」


 リーゼが相変わらずの立ち振る舞いを見せたあと、俺たちはいよいよ出発する。


不安がないわけじゃないが、この二人がいれば問題ないだろう。周りの反応から見ても、勇者の娘であるリーゼと、魔王の娘であるルキナにとってはそつなくこなせる依頼内容のようだし。


そんなことをこの時は思っていた。だが、すぐに俺は後悔することになる。


俺自身がまだ、魔法を会得出来ていないことを。

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