第36話 空腹


 それより気になるのは、寮長が言い残した言葉である。


「なぁ。さっき寮長が言ってた寮費ってどういうことなんだ?」

「そのまんまの意味だよ。学生寮もタダじゃないから、皆その分費用を払ってるよ」

「……」


 なるほど。まぁそうだろうな。さすがにタダとはならないだろう。

 すんなり学校に入れてしまったってのもあるが、よく考えるとそのあたりはどうなっているんだろう。一応アドルゥスに訊いておいたほうがいいかもしれない。


「……俺、お金持ってないんだが」


 異世界に転生したばかりなのだから当然と言えば当然である。だが、俺の場合それは伏せないといけない事実である。カッコ悪いが、とりあえず一文無しという設定にして聞いてみることにした。


「まぁそうでしょうね」

「ノルタジアから来たならそりゃね」


 予想と反して、二人の反応は肯定的だった。無一文の可能性もあるだろう。そんな反応である。意外であったために訊き返す。


「なんていうか、もう少し何か言われてしまうのかと思ったけど」

「仕方ないでしょ。ノルタジアならまだまともに復興出来てないところだし。ここまでよく来れたと言ってもいいくらいじゃない?」

「そうだね。それに、ここならギルドに行けば仕事もらえるから大丈夫だよ」

「ギルド?」


 言葉だけなら聞き覚えのある言葉が出てきた。ルキナの言うギルドが何か凄く気になった。


「あ~、聞いたことない? 色々頼みたい仕事が依頼っていう形で集まってくる場所だよ。そこなら報酬の良い仕事も舞い込んできてるからおすすめだよ」

「わりと聞いたことのある通りだな」


 ルキナに簡単に教えてもらうと、ゲームでもよく出て来るギルドと相違ないということが確認できた。分かりやすくていいな。そんなことを思っていると、リーゼが思いついたように口を開いた。


「そういえば、そこも案内したほうがいいわね。寮費のこともあるし、お金はこれから何かと必要でしょ」

「じゃあギルドに行こっか」

「よし頼む」


 ゲーム要素であるギルド。異世界に来た感もあって興味がないはずがない。俺は少しテンションをあげて二人の賛成に同意した。


 そんな時、ぐうぅぅと腹の虫が響き渡る。なかなか激しい主張だった。どうやら出所はルキナだったようで、少し照れくさそうに白状した。


「あはは、でもその前にお腹が空いたかも」

「そだな。確かに俺もだ」


 言葉通り同意したのだが、体現するように俺の腹の虫も鳴ってしまう。これは確かに照れくさい。


「分かったわよ。まずは腹ごしらえね。そのあとギルドに行くってことでいいわね」

「意義なーし」


 今度こそ移動する俺たちは、一度エントランスまでやってきた。受付にて、双子のセラさんとリタさんと遭遇する。


「あ、皆無事だったのね。さっき魔獣が暴れてたって聞いたんだけど」


 開口一番、セラさんが心配そうに声を掛けてきた。


「いやでも、チェルシーが……」


 俺たちは無事だが、一番頑張ってくれたチェルシーが無事とは言えないはずだ。寮長が連れて行ってしまったが、容態は大丈夫なのか。あと、名も知らぬ生徒たちも。


「チェルシーは大丈夫よ。あの娘、体は小さいけど強いし。寮長がすぐにドクターを呼んだけど、魔法を一気に使った反動なだけみたいだから安心して」

「そうですか」


 それを聞けて良かった。少し安心出来たと思う。


「今は何処に?」

「休憩室にいるけど。今は行かないほうがいいかも。生意気な口を聞いたガキと、寮の中で暴れた畜生を許さないってけっこう怒ってるから。あ、寮長がね」

「……!?」


 マジかよ。完全にとばっちりだぞ。確かにババアとは言っちゃったけど。チェルシーのことが気になるとはいえ、確かに今は行かないほうが良さそうだ。また魔法で何かされてしまうかもしれん。お言葉に甘えることにして、そうしますとセラさんに答えておく。


「ところで、その暴れた魔獣ってのはもしかして……」


 セラさんとリタさんの視線はルキナの手元に注がれる。抱える小さな魔獣に気付いたようで、詳細をルキナが説明した。


「うんそう。この子が暴れちゃったんだよね。もう今は大人しいけど」


 早くも回復の兆しがあるのか。いつの間にか小さくなった魔獣は意識を取り戻していた。小さく鳴く声も子猫のようであり、本当にこの子があれだけ大きくなるのかと、未だに疑いたくなる。


「この子って確か……」

「ジュリレット・ベルナディスがこっそり飼っている魔獣ですね」


 セラさんが思い出そうと考えている横で、リタさんがしれっと述べる。セラさんも思い出したらしく、あ〜と声に出していた。

 けど俺には全く心当たりがない。会ったことないから当然だけど。


「誰のこと?」


 俺は小声でリーゼに尋ねた。


「私たちと同じ、アカデミーの生徒よ。ここの寮にも住んでいる娘だけど。ちょっと変わってるかも」

「そうなんだ」


 まぁ、こんな手に負えない魔獣を飼うぐらいなんだから変わってるだろう。しかも、どうやら女の子みたいだし。しかし、その飼い主は一体何処に行っているのか。


「今その娘は?」

「ジュリレットなら、今は長期で不在にしてるみたいですね。もしかしたらこの子も、寂しくて暴れてしまったのかも」


 うーん、そんなもんだろうか。今の抱えるサイズなら分かる気もするけど、危うく俺は喰われかけたのだ。いないというなら、ますますその飼い主には自覚持ってほしいと思う。帰ってきたら一言くらいは何か言ってやりたい。

 そんな時、またもぐう〜と腹の虫が鳴る。一同は真っ直ぐに俺を見た。


「あ、その、お腹空きました」

「ふふ、分かりました。すぐ用意させますね」


 僅か半日で色んなことがあったからか。ひときわ大きい腹の虫だった。そのあとまたもやぐぅ〜と鳴った。今度は俺じゃないぞ。


「この子もお腹空いたって」


 小さい腹の虫の主は魔獣だった。それは構わないが、暴れてた時、ガチで俺のこと食おうとしたんじゃないよな?


 内心心配になるまま、そのあとセラさんに案内されて食堂へと向かった。そもそも、何故案内された学食じゃないかと言うと、昼食時間を過ぎてしまって開いてないからだそうだ。なるほど。


 この世界の料理なんか全く分からんので、メニューはお任せした。料理を待っている間、テーブルにて、リーゼとルキナに、アドゥルスも何をしていたのかと聞かれたので、少し魔法の復習してもらったと言っておいた。冷や汗をかきながらだったが、特に追求もなかったので問題はなさそうである。


 そのうち運ばれてきた料理は、なんとなく見慣れたものだった。洋風には違いないが、綺麗に盛り付けられた肉料理や、スープ、パンと、むしろ今まで俺が食してきたものより豪華なのではという気さえする。もちろん味も最高だった。これが舌鼓を打つと言うことかもしれない。


 テーブルの下では、俺たちと同じように魔獣のベルサーガもご飯を貰っていたが、何故かミルクを飲んでいるだけだ。


「こいつ、肉食じゃないの?」

「ベルサーガは雑食だからね。何でも食べるよ」


 とルキナ。異世界の生態系はよくわからんな。まぁそもそも、体が大きくなったり小さくなったりする時点でファンタジーなんだけど。

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