第35話 寮長の恐ろしさ

 俺は改めて少女を見据える。寮長なのは百歩譲って認めよう。いや、それも十分おかしいが、アニメや漫画で、役職のある人間がロリッ娘である設定は、いやというほど見てきた。実際に見てみると、自分より年下にしか思えない少女が偉い地位にいるという違和感は確かに拭えない。が、このさいそれはどうでもいい。





 問題は少女が口にした次の一言だ。母親だと……!?


 いったいこの世界はどうなっているというのだ。この娘、こんな幼くして処女じゃないのか。俺は前世で三十歳まで童貞、いや童帝だったというのに。この違いは何だ。あ、外見か。





「あの、ちなみに何歳ですか?」





 くっそ、何故か敬語になってしまう。





「な、何だお前。名前より先に、女性に年を訊くのか。だがまぁ隠すことでもないし。答えてやろう。八十六歳だ」


「な、何……だと」





あまりに堂々とした佇まい。チェルシーを抱いていようとも、何処かふんぞり返る口調で、見た目少女は言いのけた。あまりに意外な数字を。





諸君、どうやら実在したぞ。


確かにここにいたぞ。母親どころではない。





「ロリババアが……」


「あぁん?」





まさか本当にいたとは俺もびっくりだ。見た目の可愛さに心動かされつつも、実際は前世の俺の倍ほど生きている年齢だ。戸惑ってしまうのも仕方ない。同様のあまり口に出てしまったのだが、それが運悪く目の前の少女……いや、ばあーさんに聞こえてしまったらしい。


ばあーさんは豹変して怒りオーラを発していた。やばい。





「おいコラガキ。お前今何つった?」


「い、いやそれは……。リーゼ、ルキナ……ってもうあんなところに!?」





助けを求めるも、二人はさらに遠くと離れていた。もはや確認できるのも危うい距離といえる。そもそも何て長い廊下だよ。





「ラルクくん! 寮長にババアは禁句だから気を付けてねー!」


「もう遅いって!」





ルキナが遥か彼方から一応気遣ってくれるが、タイミングが悪すぎる。さらに禁句を耳にした寮長は、見た目少女なだけに何かしら言い表せない恐怖に襲われてしまう。





「誰がババアだ。あぁん?」


「ひぃっ」





ロリ寮長の凄みも半端なく怖いが、今やそれだけじゃない。学生寮の廊下だった場所は、周りを黒い何かで覆われて行く。





「な、なんだ?」





赤い絨毯に、白い壁。西洋風の煌びやかな造形だった廊下は消え失せてしまう。まるで亜空間に引きずり込まれたように周りは黒一色だ。だというのに、不思議と暗くない。





「私のチェルシーを痛めつけるだけでなく、私に暴言を吐くなんてね。生きて帰られると夢々思うなよ」





少女の体から、何か黒い物質がゆらゆらと溢れていた。








「い、いや違うんだ。チェルシーはモンスターと懸命に戦ったせいであって、俺のせいじゃない」


「なるほど。だが私への暴言の分はきっちり払ってもらうとしようか」





その言葉を境に、周りは黒い空間となる。どうしたことか、この場にいるのは俺とロリばあーさんだけだ。そのはずが、何処からか気味悪い声が聞こえてきた。





「ヒヒヒ……」


「ケケケ……」





何かいるのか。声の出処を探ろうとした時、黒い空間が裂け始める。ゆっくり捲れる開いたのは大きな眼だ。それが覆うように幾つも現れる。


あげくの果てには、「オオオォォォ……」なんて悲痛な声まで聞こえてきた。異世界どころではない。スプラッタホラーも良いところだ。





「ちょ、なんだこれ……」


「お前が誰かは知らんが、ゆっくりと私の魔法を味わうがいい」





これも魔法なのかよ。何でもかんでも魔法ってカテゴリーにしとけばいいわけじゃないぞ。どういう魔法か分からんが、とりあえず怖すぎる。黒々とした地面から青白い腕が一斉に生えてきた。ゆらゆらと動き、俺に向かって伸びるように生え続ける。





「う、うわ……」





足がもつれそうにながらも、後退するしかない。しかし、俺の背後も黒い空間へとなり替わっており、背後からも同様に腕が伸びてきた。闇のなかから伸びる手は、猫の首を持つように俺の襟首を掴まれてしまう。抵抗も虚しく、勢いよく後ろに引っ張られてしまった。





「ぐおっ」





掴まれた瞬間強く引っ張られたので、怖いという


感情より先に、痛いという思いだ。そのまま俺は後ろに倒れ込んでしまう。すると、黒い空間は消え失せて、さっきまでいた寮の廊下だと分かる。





「たたっ」


「ラルク君平気?」





声に反応して見上げると、いつの間にかルキナがいた。どうやらさっき引っ張られた手はルキナだったようだ。





「少しやりすぎですよ。メドレーヌさん」


「あんたにだけは言われたくないよ。リーゼロット。邪魔しないでほしいね」





怒りが収まらないメドレーヌ寮長は、今にも何か仕掛けて来そうだ。対してリーゼが牽制に入っていた。





「お怒りになるのは分かりますけど、今はチェルシーたちを手当てするのが先なんじゃないですか?」


「ぅ、ぐっ……」





痛いところを突かれたようで、寮長は怒り心頭から一転、苦渋に満ちた表情となる。





「……仕方ない。そこのガキにお灸を添えるのは今度にしよう。見たことないがそいつ何者だ?」


「ラルク・レッド・グリーヴス。寮長なら聞き覚えのある名前では?」





俺の代わりにリーゼが答える。





「……あるな。モーリスから聞いてる。私の寮に新しく入るんだとか。ま、それならいつでもお灸は据えられるか。私の寮に入るんだ。楽しみにしとけよ」





寮長は不吉な笑みを浮かべると、再び黒いモヤのようなものを体から放出する。それは器用にも、チェルシーや学生たちを覆い隠す。寮長本人も黒いモヤに包まれたあと、全員その場から消え失せてしまった。





「え、だ、大丈夫なのか。あれ?」


「問題ないよ。メドレーヌさんの魔法は便利だから、皆を医務室まで運んだだけだよ」





ルキナに教えられて、俺はようやくホッと息をつく。いや、しかしとんでもない寮長がいたもんだ。目をつけられてしまったようだし。まさに前途多難である。まぁそれは、この世界に来てからか。





「そういや、二人とも。助かったけど、俺だけ置いて逃げたのは酷くないか」





寮長の恐ろしさを知ってか、リーゼとルキナは真っ先に逃げていたことを思い出す。





「それは仕方ないよ。寮長の魔法は外からは脆いんだけど、内は堅固で脱出が難しいから」


「そうなんだ」





出来ないとは言わないあたり、やっぱこの二人凄いんだなと思えた。





「それにリーゼは……」


「うるさい。余計なこと言わなくていいから。案内するべきところも終わったし、そろそろ戻るわよ」


「はいはい」





ルキナが言おうとした、リーゼは……の後は何だろう。気にはなったが逆鱗に触れそうだったので止めとくことにした。

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