第34話 寮長

一息ついた頃、モンスターの様子がおかしい。シュウウという妙な音と共に、モンスターの体はみるみるうちに小さくなってゆく。何処までも縮んでいく体は終いに、子猫の程の大きさになってしまった。





「えぇ?」





 驚いてしまい声を上げる俺。だが仕方ないと思う。あれだけ巨躯だった体が、今や簡単に持ち上げられる大きさになったのだ。





「これが本当の姿って奴か?」





そう考えると、これだけ小さな子猫がボロボロというのは、何とも痛々しく映る。ただリーゼが俺の考えを訂正してくれた。





「両方でしょ。気を失ったからなのか。魔力が尽きたからなのかは分からないけど。今の小さな姿も、さっきの大きな姿も、この子の姿に違いはないわ。まあ運びやすくなったから大助かりね」


「でも、これってベルサーガって魔獣でしょ。数もそんなにない珍しい個体だよね。うーん、私の使い魔にしたいな」





 そうか。こいつ珍しいのか。この世界の生体なんかまるっきり分からない俺には、少しだけ興味深い話だった。ルキナが物欲しそうにぼやくのも分かる気がする。


珍しいばかりではない。命がいくつあっても足りない、さっきまでの姿では考えなかっただろうが、小さくなったモンスターは普通の子猫と変わらず可愛く見える。ずっとこの姿であるなら、もしかしたら俺も飼いたくなっているかもしれない。





「駄目に決まってるでしょ。既に誰かが飼ってるそうなんだから」


「はいはーい。それでその飼い主は?」





ルキナに尋ねられるが、いまいち俺の記憶には残っていない。正直それどころじゃなかった。





「いや分からない。チェルシーに聞かないと」


「じゃあその子は治療して、いったん保護しないとね」


「あ、じゃあ私が面倒見るね」


「お好きにどうぞ。じゃあその子は任せるから。それよりチェルシーたちも医務室に連れていかなとね。見たところ別状はないみたいだけど。一応診てもらったほうがいいかもしれないし」





 ルキナは颯爽と子猫を抱いてしまう。リーゼは気絶中の学生の安否を確認してそう言った。一番頑張ってくれたチェルシーも問題ないそうで、俺はほっと胸を撫で下ろす。





「本当に助かったよ」





二人が来てくれなかったら、どうなっていたか分からない。俺自身も、チェルシーだって。そんな思いから、二人に改めて礼を口にした。頭で考えてでの言葉ではなく、先に声に出ていた節がある。


そんな不意に近い言葉は、リーゼもルキナも、一瞬目を丸くさせるくらい意外だったようだ。





「別に。ていうか、それだけ?」


「それだけって?」





どういう意味だろう。もしかさて、たったそれだけで礼をしたつもりなのかって意味か。そうは言われても、俺金なんか持ってないしな。


俺の疑問に答えは返ってこなかった。リーゼもルキナも、互い顔を見合わせるだけだった。一向に意味が分からず首を傾げていると、ルキナから諭すような声色で宥められる。





「いいよ気にしなくても。それに、私たちだけじゃないよ。チェルシーや皆を助けられたのは、ラルク君も頑張ってくれたからなんだから」





俺は鼻をすすった。決して泣きそうになったわけじゃない。こんな風に褒めてくれたことが皆無だったわけでもないし、頑張って良かったなんて思ったわけでもない。絶対だ。





だというのに、ルキナはニンマリとした表情でからかってきた。





「あれ〜、どうしたの?」


「あ、いや、何でもない」





ただでさえ硝子のようなメンタルなのだ。弱いところは見せられない。遊んでいるルキナに、リーゼが皆を医務室に運ぶよう促したところ、突如凄い音ともに天井が崩れてしまった。





「え、何?」





びっくりしてしまったのは、天井が崩れたのもそうだが何と人が降ってきたのだ。





「チェルシー!!?」





 振ってきた途端に大声で叫ぶのは小柄な女の子だった。金髪紅眼のまさにロリッ娘。チェルシー以上に幼い出で立ちである、メイド服の女の子が一目散にチェルシーのもとへ駆けてくる。


 今度は何だ。というか誰だ。そんな思いを向けるのだが、腰を下ろしてチェルシーを抱える姿は、心底心配しているのだと伺えた。


 年齢から考えると妹さんかもしれない。似てないけど。





「あぁ、まさかと思って来てみれば。こんなになってしまって……バカだよあんたは」


「あの……チェルシーは無事みたいだよ」





 泣き始めてしまったのでつい口を挟んでしまった。これで少しは落ち着いてくれるかと思ったのだけど、少女は俺を見るやいなや、キッと強い眼差しを向けてきた。まさかそんな反応をされるとは思ってもみなかった俺は少々たじろいでしまう。





「え?」


「あんた誰ね? 見覚えないけど。まさかこの娘をこんなにしたのは……」





 何だか不穏な空気になってしまったので、慌てて否定した。





「ち、違う違う。これはその……何とかってモンスターにやられたというか。リーゼとルキナも説明してあげて……って何処行くんだよ」





 えらい静かだなと思ったが、二人は何といつの間にか遠い位置まで離れていた。





「そろそろ授業始まるから行かないと」


「そうだね。私もこの子を治療してあげないとならないし」


「あ、この不良娘共! またお前らか!」





 ようやく二人の存在を認識したのか。少女は随分とご立腹だ。何だか様子がおかしい。アドルゥス以外には怖いもの知らずであるリーゼとルキナが、まるで逃げようとしているなんて。





「あの、君はいったい……」


「あん? 私を知らんのか。私はここの寮長兼チェルシーの母親だ」


「えぇ?」

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