第23話 切り札
バジルからプレッシャーみたいなものを感じる。一体何なんだ。周りの反応を見てみると、ルキナも驚いているようだった。
「凄い魔力を溜め込んでるね」
横になっているヒューイと介抱するマックスは、バジルに向かって叫ぶ。
「バジル! それは……」
「止め……ろ……! それは、使うなっ」
「うるせぇ! 今使わなくて、いつ使うってんだよ!」
だがバジルは聞く耳を持たない。おいおい、俺完全に置いてけぼりなんだけど。何かをするつもりなんだろうけど、リーゼは本当に大丈夫なのか。つい心配してしまうが、当のリーゼはと言えば、悠然とただ待ちに徹する。その何かに真正面から立ち向かう心積もりのようだ。
「いいわよ。思う存分、力を出し切ればいい。私はそれでも絶対に負けないから」
「いくぜ!」
バジルの体が何かに包まれる。黒く禍々しいオーラみたいなものだ。まさかこれが魔力というものなのか。いや違う。魔力でも間違いではなさそうだが、俺はすぐに考え直す。魔力を含んだ影だ。それが、今までは比べ物にならないくらいに増大した。
「黒ブラックの巨神兵サーヴァント」
膨らんだ影は形作る。それだけなら以前と変わらない。問題は、その大きさだ。バジルのすぐ頭上に浮き上がる魔人のような物体。見上げるような巨人の上半身が、鎧を纏った姿で具現化していた。人一人なんか片手で掴めるだろう。そんな強靭の腕が、拳を作ってリーゼを襲う。
「っ……」
躱すリーゼ。しかし軌道を読んだはずの腕は、有り得ない動きを見せる。本来人間の関節では不可能な動きで腕が蛇のように伸びたのだ。リーゼを追尾した拳は見事にリーゼを捉えて殴り付ける。
「速い……」
ルキナが零す。確かに速いと思った。ただでさえ馬鹿でかい攻撃だというのに、その動きはリーゼを捉えてしまうほど瞬間的だった。
そんな拳が二つに増えてリーゼを打ち抜く。マシンガンのように小さなリーゼを狙って砂地に大きな穴を開けて行く。
「はぁ、はぁ……」
しかしその一方でバジル自身は疲労していた。ヒューイとマックスが止めたように、何かしら体に負担をかけているのかもしれない。
「このっ!」
ギリギリで躱しながらリーゼは炎の弾を撃ち込む。しかし黒い巨人には小さすぎるのか呑み込まれてしまう。攻撃としては全く意味を成していなかった。
拳に向かって瞬時に手にした剣で対抗する。しかし、まるでそこに実体がないかのように剣は通り抜けてしまう。
「すり抜けた?」
「多分、実体を持つ時とすり抜ける影と切り替えられるんだと思う」
俺の疑問にルキナが答えてくれる。けど問題はリーゼがそれに気付いているかどうか。いや、それに対抗できるのかどうかだ。
「大丈夫。リーゼも気付いてるし、策もある。伊達に勇者の娘じゃないし。でも問題は……」
リーゼは剣をあっさり引っ込める。すぐさま攻撃の手を切り替えたあたり、確かに気付いたんだと思う。そして、リーゼは炎を撃つ。拳の弾幕のなか、先ほどの炎の弾なんか目じゃないくらいに膨大な炎だ。
けど、それでも黒い巨人には効かない。剣と違いすり抜けているのと違う。
「ただ単純に、攻撃の規模が足りない。少しでも魔力を溜める時間があれば別だけど、あの攻撃の嵐じゃあ難しいかも」
「そ、それじゃ……」
大ピンチじゃないか。巨人の攻撃は休まない。常に躱すことを義務付けられているこの状況では、魔力を溜めることが難しいらしい。まともに拳を受けたリーゼが吹き飛ばされる。だが、すぐに態勢を立て直すリーゼの表情は、ボロボロだというのに笑っていた。
「私も、使うしかないか」
風が吹き荒れる。大気が揺れる。これはいつぞやに見た怪奇現象だ。リーゼの体も朱きオーラを纏い、力強い何かを感じる。この後何か嫌なことが起こる。そんな気がしてならなかった。
「はぁ……っ……何する気か知らねぇが、させるかよ」
黒い巨人はさらに大きく膨れ上がった。より巨体化した拳が、より速リーゼへと振られる。
「リーゼ!?」
叫ぶ俺の目の前で、凄まじい衝撃で視界が覆われた。爆発でも起きたかのような威力で、砂が噴水のように立ち上った。
どうなったんだ。いつの間にか立ち上がっていた足は、リーゼの元へと動いていた。
数秒程だろうか。ようやく視界が晴れると、目の前の光景に驚愕した。
リーゼは無事だった。バジルも、黒い巨人も健在だ。ただ注目すべきは、二人の間に割り込む一人の人間の存在だ。正確には、リーゼの腕を掴み、背中越しに黒い巨人の拳を片手で受け止めていた。
誰なんだこいつは。あまりに意外な光景に俺が動けないでいると、マックスが俺の疑問を解消してくれた。
「ロベルト先生……」
「あかんな二人とも。いくら闘技場とはいえ、使っていい魔法とそうでない魔法があるやろ?」
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