第22話 リーゼVSバジル
「おいヒューイ!」
「余所見してて良いの?」
「ちっ」
一方でリーゼとバジルの戦いは続いていた。ヒューイがルキナに負けてしまったのを目にして、バジルは気にかけたようだ。こいつらが仲間思いであることが意外に思ってしまう。見た目に反して良い奴らなのかもしれない。
とはいえ戦いを吹っかけてきたのは本人たちなのだから、厳しいことを言えば自業自得とも言えてしまう。まぁ俺に出来ることなど、大人しく見守ることしかないのだが。
「別にここで止めてもいいけど?」
「ふざけるな。そんな訳に行くか。俺が勝って、そんで終いだ」
バジルが仕掛ける。態勢を低くしてそのまま掛ける。砂地に足を取られることなく、こいつも中々速い。だがリーゼはさらにその上だ。踏み込む衝撃で砂を浮き上がらせる。まるでロケットのように迅速な動きだ。
「俺はヒューイと違って、速さの競い合いには拘らねぇぞ」
バジルは叫ぶ。あっさりとスピードの競い合いには負けを認めたようだ。
けどバジルの遠慮のない動きが、勝敗は別だと言わんばかりの勢いを見せる。向かい打つべく、バジルは魔法を発動した。一瞬白く手元が光ったかと思うと、バジルの足元で何かが揺らぐ。最初は素早い動きによるものかと思ったがそうじゃない。太陽に照らされて生じたバジルの影が蠢いた。黒い影は大きくなり、やがて立体的に具現化する。膨らんだ影は分裂し、砂地へと降り立つ。複数の黒い犬が生まれたのである。
「黒妖犬ブラックハウンド」
詳細は俺に分かるはずもない。ただ数えて計六匹の黒い犬が現れる。唸りながら鋭利な牙を覗かせていた。
もしや俺に襲って来ないかと心配になるが、どいつも紅き眼でリーゼを獲物として見据えており、一斉にリーゼに襲い掛かった。
普通の犬なら、こんな砂地で大した速さで走れないんじゃないか。そんな考えは一瞬で打ち砕かれる。あくまで魔法で生まれた存在であり、普通とはかけ離れていた。リーゼにも劣らない速度を見せつける。
「これは前にも見たわ」
リーゼは跳ねるように襲う黒い犬に対し、開いた掌から炎を生み出して迎撃する。ガパッと大きく開いた口にも、リーゼは怯むことはなかった。
次々に炎で打ちのめされる犬は、その存在を保てなくなったのか。黒い塊となって再び影へと戻ってゆく。地面を辿りバジルの元へと帰って行くのが確認出来た。
最後の一匹をも攻略したリーゼに、バジル自身が仕掛ける。
「ならこいつならどうだ?」
伸ばした腕から再び影が捻出される。細く長く精製された黒い影は、徐々にその形を構築する。リーゼに襲いかかるのは黒い蛇の頭。長い舌を伸ばし、紅い眼でリーゼを捉える。しゅるりと素早くリーゼの体に巻き付いて自由を奪ってしまった。
「くっ」
「黒蛇ブラックヴァイパーは初めてだろ。まだまだこっからだ」
バジルは攻撃の手を休めない。動けなくなったリーゼに向かってもう一つ影を撃ち込む。膨れ上がった影は大きな獅子を象る。大きく咆哮する黒い獅子は、一直線にリーゼを襲った。
「いけ。黒獅子ブラックレオ」
「お、おい。あれはいくらなんでも」
先程の風と雷の戦いに比べれば、目の前の光景のやばさが伝わる。つい止めに入りたくなるが、すっかり観戦に回っているルキナに抑えられる。
「大丈夫。あれくらいじゃリーゼはやられないよ」
「え?」
ルキナは自信たっぷりに言いのける。目を離したその隙に爆発音がしたかと思うと、すでに戦いのほうには変化が起こっていた。
「こんなんじゃまだ、私には勝てないわよ」
「……っ」
いつの間にか、リーゼは自由の身となっていた。黒い蛇から脱出し、黒い獅子もその身は形が崩れ始めていた。あの一瞬のうちに何があったんだ。
「簡単だよ。リーゼが魔法で出した炎を爆発させたの。それであの蛇は消滅。襲ってきた魔獣にも同じ魔法で対処しただけ」
ルキナはあたかも簡単なように発言する。だが俺は耳を疑う。自由を奪った蛇を爆発させたって、それは自分へのダメージにも躊躇しなかったのか。現にリーゼはボロボロの状態だ。部分的な鎧ごと服は破れ、痛々しく映る。一方バジルは無傷だというのに、それでも優位に立っているのは依然リーゼほうだ。自身の魔法があっさり破られた為か、バジルの表情には苦悶の色が浮かび上がる。
「まだだ。俺が負けるか!」
「行くわよ」
それでもバジルは退かない。もはや意地になっているのかもしれない。
リーゼはそれに応えるように駆けた。炎をその身に宿し、手には精巧な剣を顕現する。接近戦を仕掛ける気だ。炎の弾を連射しながら距離を詰める。バジルも同様に黒い剣を生み出す。リーゼの剣とは対照的に禍々しいものだ。炎の弾をうまく避け、バジルも仕掛けた。バジルの背後に出現した数多の黒い剣が、一斉にリーゼを狙い撃つ。
炎の弾で相殺し、所持する剣で打ち払う。その隙にバジルが剣を降り下ろす。隙を狙ったというのに、リーゼは器用にも受け止める。その瞬間、リーゼの剣から放出された炎がバジルを襲った。
魔力による防壁で致命傷には届かない。だが問題は、視界を防がれたことだ。リーゼがその隙を逃すはずがない。怯んだバジルに向かって剣を払う。
「ぐあっ……」
一撃目はまともに受けた。二撃目はかろうじて受け止める。だがすぐに、三撃目がバジルの背後から生じる。
「くっそっ……」
最初にバジル自身が認めたリーゼのスピード。まともな剣戟で、バジルではリーゼの速さには追いつけない。何とか影を間に差し込み、さらなる追撃を防ぐ。が、それも力強い炎で剥がされてしまう。
「ああああぁあ!?」
「ぐっ」
バジルが叫ぶ。瞬間的に魔力を一気に放出し、衝撃を生んだ。さすがに飛ばされて無理矢理距離を空けさせられたリーゼも、これには僅かに驚いたようだ。
「はぁ、はぁ……」
けど、無茶な魔力の放出はバジルの息を上げさせた。緊急事態だったとはいえその反動だろう。この勝負、どちらに軍配が上がるのか俺にも分かってしまう。それでも、バジルは諦めない。
「……仕方ねぇ。使ってやる」
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