第7話 過去とこれからとアカデミー

「ま、そういう反応だろうな」





 アドゥルスは俺が驚くことを想定していたらしい。マーブルさんも似たようもんだ。俺は食い入るように尋ねた。





「ど、どういうことですか」


「実を言うとな。お主が来る前にも転生した者がいたんじゃ。前世の記憶が多少残っており、今のお主のように、自分は死んだはずだと言っておった」





 俺以外にも転生した奴がいたのか。まさかそいつ、ハーレムでも築いたのか。先を越されたような思いで嘆く俺だが、そんなことは問題じゃなかった。





「輪廻転生という考えがある。生きとし生けるもの、全てのものは死ねばまた、何かしら命あるものに生まれ変わるとな。別の世界から転生したからといって、人間であることに変わりはない。前世の記憶がある者、それも異世界からだ。物珍しいのもあっただろう。皆が凄い凄いと持て囃した。それが、始まりだった」





 最後に力強く凄むマーブルさんに只ならぬ気配を感じる。ぞくっと背筋が凍ったような思いだ。





「どういう理屈かは未だに分からない。その者の前世は、魔法が存在しない世界だったらしい。だが転生した者は、この世界において魔法を使えたのだ。それも、圧倒的な力だった。敵う者はおらず、並ぶ者すらいなかった。最初のうちは暴れまわる魔族を倒したりもしてな。その者こそ勇者だと誰もが疑わなかった」





 何だ。良い奴じゃないか。そいつは勇者になって魔王を倒したんじゃないのか。けどそれは、俺の先入観とも言うべき狭き価値観だと、マーブルさんの重い口ぶりが告げた。





「しかし、それこそが間違いだった。じきに転生した者は欲にまみれて好き勝手な残虐を行った。気に入らない者は殺し、街をむちゃくちゃにした。女子供も関係ない。誰も敵わないのだ。奴の強さが、自己的な独裁に拍車を掛けていた」


「そ、それで、どうなったんですか?」


「力ある者が手を組み、転生した者を討ったのだ。今はもう、平和なものだ」





 何とも言い難い話だ。今の俺と同じ様に転生した奴がいて、自業自得とはいえ殺されてしまうなんて。





「つってもそれは昔の話。お前には関係ない話だ。ここまではな」





アドゥルスが付け加える。そうだ。所詮は過去の話だ。





「そう。アドゥルスの言う通り今はもうそんな輩はいない。いや、そうさせたというべきか。転生者は他にもいたのだ。全員が力ある者ではなかったが、転生者なのは間違いない。皆が再び転生者による独裁を恐れ、転生者というだけで全員投獄、いや、殺されてしまった者もおると聞く」





段々とこの世界の有り様が分かってきた。つまり俺も転生者だとバレてしまうと……。





「つまりお前も、転生者だと知られると投獄、悪くて殺されるかもしれないってことだな」





何故か笑い飛ばすようにまとめるアドゥルス。他人事だと思ってか酷い反応である。俺はようやく、事の重大さを理解し始めた。





「マジ……か?」


「マジじゃな」


「……」





重い話なのに何処か軽い二人に頭を悩ませる。いや、俺がマジって言葉を使ったせいもあるけど。というか、今更だが日本語が普通に通じてることにびっくりだよ。





「折角転生したのに、こっちの世界でも良いことがないのか」


「悔やむにはまだ早い。むしろ俺に見付けてもらったお前はラッキーだ」





 変わらず笑い飛ばすようにアドゥルスは言葉を添える。本当にラッキーだったら、俺は今頃勇者か魔王にでもなってるだろ。





「とりあえずマーブル。こいつはアカデミーにぶち込む。それでいいだろ」


「それはいいが、どうやってだ? 転生者だと身の上分からずだろ」


「何、まだ戦災の子供もいる時代だからな。前に拾って弟子にしたとでも言うさ」


「そういう人を騙くらかすことにかけては頭の回転が早いな」


「おう、天才だからな」





 勝手に二人で話が進んでるが、一体どういうことなのか分からん。ちゃんと説明してくれと言おうとしたところ、アドゥルスは颯爽と挨拶していた。





「んじゃ、助かった。マーブル。また何かあったら来るから。酒も程々にな」


「もう来んでいいぞ」


「つれないねぇ。まぁ俺だってこんなところ来たいわけじゃねぇが、事情が事情なら仕方ないんだよ。頼りにしてるぜ六英雄」


「ふん」


「ちょ……」





 その言葉を最後に、またもや視界がぐちゃぐちゃと混濁した。おまけに自分の体が浮いてるような感覚が、微妙に居心地悪い。数秒程経つと、ドスンとまた尻餅をついてしまった。





 着いた場所は最初の草原か。二回目の感覚だったし、一回目の時と違って草があった分少しは尻の痛みもマシかもしれない。いや、それでも十分に痛い。尻餅をついたまま腰を落としている俺に、そばで直立していたアドゥルスが口を開く。





「ま、これからやることはいっぱいあるからな。忙しくなるぞ」


「いやいや、結局転生者だとバレたらヤバイことしか分からなかったけど」


「この世界を知らねぇなら学ぶしかない。お前は今日から此処に通うんだよ」





 アドゥルスが振り向くのに釣られて、俺も顔を向けた。撤回しよう。戻ったわけではなく、また別の場所に来たようだ。驚く俺の目の前には、草が刈り取られて綺麗に舗装された土の上に、見上げる程そびえ立つ大きくて立派な門があった。映える紅き門に、金の装飾が施されている。いったいおいくら万円で作ったのかとまず考えてしまう。





「ようこそ、アルテミスアカデミーへ」

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