第2話 怨霊ノ巣窟(前編)
超常現象対策課は普通の官公庁や市役所とは違い、辺鄙な隠された場所にある。表向きにできない任務が多いというのもそうだが、もう一つ大きな理由がある。
予算がないのだ。祖父曰く、警察関係の経費をごまかして運営されているのだが、大っぴらに経費を計上する訳にもいかないので、必然的に安い土地に拠点を構えているとのことだった。よって今しがた門をくぐった超常現象対策課本部は、一応市内ではあるものの最寄り駅はバスしかなく、周囲を木々で囲まれた場所にあった。運転免許証を持っているため、今後の通勤のことを考えると車の購入を考えた方が良いかもしれない。
入ったばかりだというのに、安月給の中での車両維持費のやりくりにため息が出そうだ。
エントランスの受付には、一人の女性が座っていた。この人は確か、採用試験の日にも見かけた気がする。
「あの、今日から新しく入ることになった天神です」
そう声をかけると、女性はキーを叩いていたデスクトップ型パソコンのモニターから顔を上げた。
「新しい人ね。私は葛葉日登美。よろしく」
そう言って彼女はにっこりと笑った。
「よろしくお願いします」
「仕事の割り振りと連絡取次が私の仕事なの。事務仕事全般って感じかな?」
二十代中頃だろうか。落ち着いた雰囲気の優しそうな人だ。セミロングに伸ばしたダークブラウンの髪がグレーのスーツによく似合っている。
「早速だけど、今日から研修行ってもらうことになっているから」
「研修ですか」
何をやらされるんだろう。悪霊用の札を書いたり、陣を描く練習なら家で祖父に習いながら少し予習をしてきた。役に立つといいが。
葛葉はにっこりしたまま言った。
「いきなりだけど、実地訓練よ。俗にいう心霊スポットに行ってもらうわ」
「心霊スポット」
いきなりハードル高すぎやしないか。視えるということもあって、なるべく心霊スポットの類には近寄らないように生きてきた。仕事でそういう現場には行くことに対しては多少なりとも覚悟があったが、まさか配属早々、今日行くことになるとは思わなかった。
学生時代、やむをえなくそういったいわくつきの場所に関わってしまったことも何度かあったが、あまりいい記憶ではない。
「そこって、出る場所ですか」
「もちろん。依頼内容としては廃校になった校舎に地縛霊が出るらしくて。それをどうにかしてくれってことらしいよ?」
葛葉は立ち上がって僕を手招きした。
「ついてきて。とりあえず皆への顔合わせと、君と組む人への挨拶もあるから」
葛葉に連れられて行った先は広いワンフロアのオフィスだった。しかし人はまばらで空いている席が目立つ。
「現場に出ている人が多いから、今居る人だけ紹介するわね」
そう言って葛葉は一番奥の席に近づいていった。そこには試験官を務めていた、確か光善寺という名前の男性が何かを書類に書き込んでいるところだった。明るく脱色した髪やセルフレームの眼鏡は今時のおしゃれな男性というイメージだが、広いデスクの上に置かれたネームプレートには『課長』の文字が刻まれていた。
「天神さんが来ましたよ」
葛葉の言葉に顔を上げた光善寺はこちらの姿を見ると破顔した。
「いやぁ、よく来てくれたね。嬉しいよ」
「よろしくお願いします」
光善寺は俺の近くによって来ると、頭を下げている俺の肩をバンバンとたたいた。
「君のおじいさんは有能だったからね。君にも期待しているよ」
「そうだったんですか、恐れ入ります」
「あっ、テンジンだ」
背後から聞こえた声に振り向くと、内代ノエがニヤニヤと笑いながら立っていた。
「今日からよろしくね」
俺の手をつかむとぶんぶんと振る。いつぞやできなかった握手は彼にとって絶対必要なものらしい。ただ、見かけの元気さに反して手は氷のように冷たかった。
「ノエ、そのへんにしときなさい困ってる。申し訳ないね」
光善寺がやれやれという顔をしながら言った。さっき自分が俺の肩を容赦なく叩いていたとはノーカウントらしい。
「で、あともう一人紹介しとかなきゃいけない人がいるんだけど。あータバコ休憩行っちゃったかな。呼んできて、ノエ」
「出社してすぐ煙吸いに行くなんて優雅だよねー」
そう言いながらノエは扉から廊下へ面倒くさそうに歩いて行った。
「ごめんね天神君、急に現場仕事なんて」
「いえ、祖父から現場仕事が主だということは聞いていますから」
この課の仕事は安楽椅子探偵のように謎解きするようなデスクワークではなく、現場に乗り込み情報収集をして、時には霊体や怪異に対して体当たりにも近い戦法で挑むような泥臭い現場仕事である、と祖父は言っていた。例えるならば、やくざ相手の刑事のような仕事だとも。
「本当はもっとゆっくり研修してほしかったんだけど、人手足りなくて。外注してた先の人が行方不明になっちゃったもんだから」
「そんなに危ない案件扱ってたんですか」
思わず口から出てしまった俺の言葉に光善寺が苦笑した。
「僕たちが扱っていた案件が手に負えなくてね。仕方なく外部の人に頼んでみたんだが、ダメだったようだ」
あっさりとそう言うが、怪異に巻き込まれて人が消える、しかも専門家とあってはかなり問題なのではないだろうか。
「助けに行ったり、とか」
「あの人たち以上の腕を持った人が今部署にはいなくてね。行ってもミイラ取りがミイラになるだけだ」
光善寺の言葉に、さっそくこの仕事の闇を見てしまった気がした。俺は、ここでやっていけるのか?
家の蔵には怪異関係の書物が充実していたし、ここに入ることが決まってから祖父から仕事についての話も聞いている。それなりに準備はしてきたつもりだったが、専門家ですら生存が危ぶまれるような仕事に放り込まれて、果たして自分のようなちょっと怪異が見えるレベルの人間が生き残れるのだろうか。
「天神君、そんな心配そうな顔しないで。今日はゴリラも一緒に行ってくれるから安心だよ」
「誰がゴリラだ」
光善寺の言葉に、今ちょうど扉から入ってきた巨漢の男が唸った。筋肉質でいかにも柔道か何か武術をたしなんでいそうなその佇まいは、立っているだけで威圧感があった。
「関目浩三だ」
そう言って差し出されたごつい手を握る。この課では握手が流行っているのだろうか。
「テンジンだよ」
関目の後ろから顔を出したノエが俺の代わりに紹介した。
「履歴書見たから知ってる。よろしくな天神」
「はい、よろしくお願いします」
とりあえず、この人と一緒なら物理攻撃系は大丈夫そうだ、と少し安堵した。
「じゃあ顔合わせも済んだし。仕事の話に戻ろうか」
光善寺がくいっと眼鏡を上げて言った。
「おっけー。俺と天神、二人で行けばいいの?」
ノエが手を挙げて聞いた。
「そんなわけないだろう。新人に任せきりで、お前に逃げられたらどうする。お目付け役がいるから関目も一緒。仕事の詳しい話は話してあるから関目から聞いて」
光前寺が話終わらない内に、当の関目がノエの後ろからパーカーの首元をひっつかんだ。
「ほらお前ら二人行くぞ」
「締まる締まる」
ノエが手足をばたつかせながら引きずられていく。
「大変だろうけど。頑張ってね」
光善寺がにっこりと笑って手をひらひらと振りながら言った。
現場には公用車を関目が運転して向かうことになった。ノエが慣れた様子で後部座席に乗り込み、俺は関目の横の助手席に座る。
「天神、免許持ってるか?」
「はい、持っていますが」
ほとんどペーパーだ。
「それじゃあ運転の練習しといてくれ。そのうち二人で行ってもらうことになるから」
「はぁ」
やはり車の購入を考えなくてはいけないのか。駐車場代、維持費諸々。合わせていくらくらいになるんだろう。
「関目さん、今回の仕事の詳細、教えていただけませんか」
ひとまず今やるべきことに集中する。事前に詳しい説明を聞いていなかったため、何が必要なのかもわからないまま来てしまった。とりあえず刀は背中に背負ってきたが、札や封印具の類といったものは持ち合わせがない。
「今から行くのは古い公立小学校だ。とはいえ十年前に廃校になってから長い間、倉庫として民間に貸し出されていてな。一応セキュリティやら修繕やらはされていてきれいなものだが、一つ問題があった。そこで自殺した教師の霊だ。タバコ吸っていいか?」
急な問いかけに後部座席のノエが抗議した。
「未成年に配慮してよね」
「そうだったな、悪かった」
関目はため息をついて続けた。
「音楽の教師だったんだが、生徒からのいじめにあったらしくてな。音楽室で首をつっているのが見つかったそうだ。そしてそれからというもの、その教室で同じように首を吊った生徒が一人出た」
「引きずられた、ってことでしょうか」
一人の自殺者が出たのを機に、その場所で自殺が続くという話は多い。死んだ人間とその場所がもともと持っていた性質が掛け合わさると、その場自体が死を誘因しやすい場所に変容してしまうことがあるらしい。
「そうだろうな。そしてその後、なぜか体育館での不審死が数件続いた。こちらは事故が多かったが、まぁ問題ではあるわな。その一連の事件を受けて、学校はとうとう閉鎖に追い込まれた」
「浄霊できなかったんですか」
普通の死者の霊なら、正しい手順で弔いさえすれば、大抵のものは浄化できる。なかなか霊や怪異に関する事物に結び付けて、霊能者や能力者に依頼するという発想自体が普通に生活していると思い浮かばないため、対処が遅れてこじらせることはあるが。
「あぁ。場所が悪くてな。そこは元々沼地で、それを埋め立てた土地だった。水はけの悪い場所は悪い気が溜まりやすい。それに加えてその小学校が建つ前は墓地として利用されていた」
「それは、まずそうですね」
元々墓地であった地域など、いわくつきの土地は売れにくい。そのため国や市が買い取って公共施設や学校等を建ててそのあたり一帯のイメージ改善を図るという事例は多い。しかしそれと実際に浄化しきれるかどうかはまた別の話だ。深く土地に根付いた強い思念や異形の類といったものが土地が姿を変えてもなお、生きている人間に影響を及ぼすという話は聞く。それが今回は、教師の自殺をきっかけに死の連鎖という形で噴出したんだろう。
「どうするか、策はあるんですか?」
「俺たちで地縛霊を見つけ出して、ノエに気を引いてもらう。その隙に俺が封印する。天神は見てるだけでいい」
「分かりました」
「ただし、何が起こるかはわからない。俺もいつも助けられるとは限らないから油断はするなよ。万一はぐれたり危険が迫ったときは、一旦学校の外まで退避しろ」
柔道と剣道で培った基礎体力。逃避スキルには自信がある。
「了解です」
「どうしようもなくなったら、これ使って」
後部座席に座ってからずっと、携帯でゲームをしていたノエが身を乗り出し、俺に何かを押し付けた。
「これ、数珠?」
ブレスレット型に小さな水晶の球が連なっている。視線をずらすと、その横のハンドルを握る関目の手首には俺が貰ったのと同じ透明な水晶のブレスレットが光っている。よく見ると、パーカーの袖で半分隠れていはるが、ノエの手首にも同じようなものがはまっていた。ただそちらは紫水晶でできているようだった。
「そう、数珠。結構効くよ。それはめた手で怪異を掴むと相手にダメージ入るから」
「そうか、ありがとう」
「どーいたしまして」
ノエは再び後部座席に戻ると、再びゲームに没頭している。
「現場で作業する人間はそれつけることになっている。大事にしろよ」
関目の念押しに頷いて、その数珠を手首にはめた。硬質な水晶が肌に触れて冷たい。
「見えてきたぞ」
そう言われ、フロントガラスの向こう側へ視線を移す。
「これ、まずくないですか」
遠目からでも判る。まがまがしい黒い霧が校舎を覆っていた。
「思ったより、ひどいことになってんな」
関目はため息をついた。
「ノエ、天神のことよく見てやれよ」
「んー、わかった」
上の空な返事が後ろから返ってきた。
「よし、鍵あけてくるから車の中で待ってろ」
関目がハンドルを切り、校門の前へと停める。そして車から降りると、鍵をポケットから取り出し、南京錠を外した。両手で押すと、きしんだ音をたてて鉄パイプでできた校門が開いた。関目が再び運転席に乗り込み、車はタイヤを回転させ、校門の内側の一面に敷詰められた砂利の飢えを、音を響かせながら入っていく。
「一番目撃率の高い三階の音楽室を見に行く。もしそこに居なければ体育館だ」
シートベルトを外しながら関目が言った。
「判りました。体育館はどこに?」
ドアを開き、砂利の上に降り立つ。昼間だというのに肌寒い。薄手のコートを着てくればよかった。
「校庭の左端。あそこだ」
校舎の角を曲がり、関目が指さした先に朽ちかけた体育館があった。校舎とは屋外の渡り廊下でつながっていたが、その上の屋根になっているトタンは一部外れており、腐食してボロボロになっている。体育館自体もかなりの年季が入っており、錆の赤い筋が流れるようにして、かつて白かったであろう壁を覆っている。
「雰囲気あるねー」
ノエは気楽そうな声で後ろを歩きながら言った。
「そうだな。体育館だけは完全に使われていないから、改装もしていないらしい」
天神は説明しながら土足で校舎の入り口から足を踏み入れた。中は倉庫として使うために改装したというだけあって、意外と新しい。しかし黒いもやのようなまとわりつく煙はそこかしこに漂っている。
「この辺も結構雰囲気悪いですね」
そう言うと関目は微笑んだ。
「やっぱりお前敏感だな。このくらいだったらちょっと力持ってても大体の人間は気づかない。ただそれが今日と出るか吉と出るか」
「どういうことですか」
「悪霊の巣窟に飛び込むからな。あんまり敏感すぎるのも考え物かもしれないってことだ」
「覚悟はしています」
「考えるのと実際見るのとでは違う違う」
俺の前に回り込み、後ろ向きに歩きながらノエは意地悪くそう言った。
「見たことないわけじゃない」
「へぇ。まぁそうだよね。テンジンなら向こうから寄ってくるか」
その言葉に、過去に寄ってこられた悪霊や怪異の類についての記憶がよみがえった。
「判るのか?」
「なんか、おいしそうって言うのは判る」
そう言って笑うノエ。色素の薄い瞳に見つめられ、なぜか背筋にぞくりと悪寒が走った。
「ノエ、おとなしくしてろ」
「はいはい」
関目にいさめられ、ノエはくるりと背を向け、二階に続く階段の方へと歩き出した。二階の雰囲気は一階よりも重苦しく、暗かった。窓から光が入ってきているはずなのに、空気に吸収されているみたいだ。
「天神、大丈夫か」
「はい」
ハンカチで口を押える。腐臭のようなものが漂っている。
「なんか、においますね」
「嗅覚でも捉えるタイプか、珍しいな」
関目が後頭部を掻きながら言った。
「さすが天神一族だね」
ノエはポケットから出した飴を口に放り込んだ。
「知ってるのか、俺の家のこと」
「君のじいさんと俺入れ違いだったから噂でだけど。関目は天神のじいちゃんに教えてもらったりしたんだっけ」
「あぁ。俺が入った頃の課長でな」
「そうだったんですか」
祖父はあまり仕事のことは家では話さなかったが、優秀な職員だったと光善寺は言っていたし、祖父のかつての同僚だった友人からもそんな話を聞いている。彼は時々家に遊びに来ては、二人で囲碁をしたり話をしていた。また今度来たらその時代、二人の居たころについて詳しく聞いてみよう。
「ん、あれじゃない?」
ノエが立ち止まり、二階の廊下の先を指さした。そこには子どもの影がある。黒く塗りつぶされたかのようにシルエットしか見えないそれは、こちらをじっと見ているかのようだ。
「こんにちは」
ノエがそう言って、迷うことなく近づいていく。距離を詰められるにつれ、その黒い子どもの影は後ずさった。
「一緒に遊ぼうよ」
ノエがそう言って手を広げると、影は走って三階への階段を駆け上がっていった。
「断られた」
振り返ってノエがそう言うと、関目は苦笑いした。
「怪しかったんだろ」
「近いもの同士仲良くしようと思ったのに」
そういう割には気にした風もなく、ノエは影が消えた階段を見る。確かにノエの年齢は中学生ほどだ。さっきの影と大して大きさは変わらない。
「追いかける? この先音楽室だよね」
「あぁ。お前と天神はそのまま行ってくれ。俺は逃げられると面倒だから、このまま階段上がって三階の廊下から行く」
「了解」
ノエが俺の手を掴んで引っ張る。
「いくよ、テンジン」
「あ、あぁ」
いくらこの仕事に年齢は関係ないとはいえ、こんな幼い子どもにこんな仕事をさせていていいのだろうか。掴んでいる手は小さく、力も弱い。
「テンジンってさ」
「何?」
「なんでこの仕事しようと思ったの?」
ちょうど俺が考えていたことと同じことをノエも考えていたらしい。
「祖父がやってたから、っていうのもあるけど。やっぱり俺、色々絡まれやすくて」
階段を上りながらぽつぽつと話した。
「自分でどうにかできるようにしようと思って。俺のせいで周りが巻き込まれたりもするし」
「ふーん、まじめだね」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「俺? 俺かぁ。仕方なくって感じ」
「仕方なく?」
こんな中学生みたいな子どもが、怪異相手の仕事に就いて働かなければいけない事情なんてあるのか。
「金銭面、とか」
「それもあるけど。まぁ色々」
そう言って濁したノエは立ち止まった。
「ここ、音楽室だ」
階段を上がり切ってすぐ、目の前に古びたスライド式の扉があった。外側からは特に異常を感じない。
「関目さんはきてないな」
「おっさんだから階段上るの時間かかってるんじゃない」
失礼なことをノエはしゃあしゃあと言いながら、音楽室の扉に手をかけた。
「おい、いいのか」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
そう言いながら勢いよく開け放つ。
「何もいないね」
「そうだな」
音楽室の中には机と椅子が無造作に壁際に寄せられ、大きなグランドピアノが一台残されている。古びた木造の部屋で、きしんだ床の音からすると、この部屋は改装されていないみたいだ。
「ん? いーもんみっけ」
ノエは床に落ちたトライアングルを拾い上げた。傍に落ちていたスティックではじくと、透明な音が空間に広がる。
「トライアングルか。久しぶりに見た」
「そうだよね。学校くらいでしか見ないもん」
ノエは何度も鳴らしながら教室の中を歩き回った。
「ここ、怪しい」
「え?」
「音がこもって聞こえる」
ノエは再びトライアングルを鳴らした。確かに布に包まれたかのようにくぐもった音しか聞こえない。
「霊魂とか、そういうのの濃度が高い場所って音がこもって聞こえるんだよね。というわけで」
そう言いながらノエは床板をトントンとつま先で叩いた。
「この下だね」
「何があるんだ?」
「まぁ見てなよ」
床の板の隙間に、さっきまでトライアングルを鳴らすのに使っていた金属のスティックを差し込んだ。古い床板はきしみを上げていたが、揺さぶられ、てこのように持ち上げられると暗い隙間を広げた。
「床板、はがしてみて」
ノエの指示に従って、床板のささくれが手に刺さらないように注意しながら、その隙間に指を差し込む。そして力を籠め、細長い床板を一枚はがした。その瞬間、強烈な腐臭と黒い霧が立ち上り、思わずせき込んだ。
「これ、なんだ?」
横の窓から差し込む光に照らされ、床板の下の空洞が少し見えた。何か壺のようなものが木で蓋をされて、その中に置かれている。
「これが根源か」
俺の言葉にノエは首をひねっている。
「その割に力感じない。素人が作った呪いか何かだ」
「そうか?」
床板をはがしたところから、まだ黒い霧が立ち上っていた。しかしノエは首を振る。
「うん。お手製の呪具、しかもあんまり正確じゃなかったから、この土地の持つ瘴気も相まって、本人も呪いに呑まれたみたい」
つい、とノエは色素の薄い瞳を教室の前方に走らせて言った。
「そうでしょ?」
途端にグランドピアノがジャーンと不協和音を立てた。びくりと身体を震わせその方向を見ると、グランドピアノの天板がゆっくりと押し上げられており、その下から女の顔が今にものぞこうとしていた。
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