最後の歌

囲会多マッキー

第1話

卒業式の日、私は最後の合唱をしたかった。何も考えずに、歌を歌いたい。もし、その願いが叶う時は私が死ぬ時だろう。これは、私の最後の歌。また、テレビ通話での参加になってしまうのだろう。


3月前半の事だ。いきなり退院が許可され、何年かぶりの帰宅。久しぶりすぎて家よりも病院の方が落ち着くくらいだった。


「お母さん、私、なんで退院なの?」


弥里みさと⋯⋯治ったのよ」


「⋯⋯そうなんだ。じゃあ、明日から学校に行って良いんだね?」


「それは⋯⋯」


やっぱり、私は死んでしまうのだ。だから、ターミナルケアを選んだのだろう。でも、私は最後まで闘いたかった。何があってもこの世を後悔したくなかった。


「やっぱり、私死ぬんだね?」


お母さんは黙ったままだった。しかし、私のために迷っていてくれている。私は、何も言わずに部屋に戻った。


「弥里……」


「なに?」


「……いや、何でもないの。来週から、旅行にでも行かない?」


「うん、いいよ」


まだ死というものへの実感が湧かなかった。だが、この病気に負けたという悔しさが込み上げてくる。私はこのまま負けてしまうのか。今まで、何にもまともに勝ったことがなかったのに。あの作品の続きが読めなくなってしまう。


しかし、「これからは最後の夢を叶えていきたい」と思う。続きを読めなくなるのは悔しいが、私にはどうしようもない。両親は私を色んな所に連れて行ってくれた。もちろんすべて楽しかったが、心が満たされることはなかった。


私は何がしたかったのだろうか。それは未だに分からない。何もできなくなる前に何がしたいかを見つけるためにも学校に行きたかった。たとえ、私がそれで死んだとしても構わない。家についてしばらくしてから、お母さんは覚悟を決めて話してくれた。


「この前の答えだけど……。ええ、そうよ、あなたはあと少しで……」


ありがとう。あの時、話してくれなかったら私はこの不安を死ぬ間際まで抱えることになっていた。


「……やっぱりそうなんだ」


「ごめんなさい……」


「やっぱり、私学校に行ってくる」


「弥里……?」


私を止めようとするのはもちろんわかる。あと少しの時間しか生きられないこのボロボロの身体を心配していることも。お母さんは無言でクローゼットから制服を持ってきただけだった。最後だからこそ、普段の生活をさせたかったのだろう。


次の日から学校に行き始めた。周りは私が来たことに動揺を隠せていない。おそらく、彼らには私が病気でもうすぐ死ぬということが分かっているのだろう。


「弥里……!」


「……ごめん、誰?」


「あ、そっか……これじゃあわからないよね……」


咲月さつき……? もしかして、咲月なの?」


彼女は私の幼馴染だ。以前にあった時とはまるで違う。明らかにパソコンに詳しいような人間だった。


「私ね、ライブスタジオをやりたいと思っているの」


「なら、なんで……?」


「え? あぁ、このパソコンのことね」


いつの間にかに、お互いにやりたいことを話し合っていた。しばらく話してもいなかったが、いつも話していたかのように……


私は卒業する前に死んでしまう。だから、私は咲月に最後の頼みごとをしていた。



「卒業式の日にお願い。これが最後のお願いだから」


今まで、いつも振り回してきた私の本当に最後の願いを聞いてくれるとは思ってない。しかし、彼女はいつものように笑顔で「わかった。これが、最後だからね?」と言って引き受けてくれたのだ。


———ありがとう。こんな私に付き合ってくれて。




春の訪れを感じ始めたころに、私は弥里の家にとある封筒を届ける。これが、彼女の本当に最後のお願いになるとは思っていなかった。本当は届けたくない。このお願いが終われば、本当に弥里が死んでしまう気がしたからだ。


「咲月ちゃん……?」


「あ……」


私は何も言えなかった。言いたくなかった。でも言わなくてはいけない。最後の願いをかなえてあげなければいけない。それはわかっていた。でも、言えない。


「まぁ、こんなところじゃアレだから上がって」


「は……はい」


家に入ったのも何年ぶりだろうか。懐かしいにおいがする。弥里のあの匂いが。私は、手に持っていた封筒とケースに入った一枚のコンパクトディスクを渡した。


そのディスクの中には、三分間程度の彼女の歌が入っている。そして、封筒の中には彼女の今までの日記が記されていた。

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最後の歌 囲会多マッキー @makky20030217

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