最後の3分間
PeaXe
ドラゴン練成?!
立ち上る湯気。
黄色い液体。
甘くてしょっぱい香り。
それは見るからに、コーンスープ。
なの、だが。
「とかげの~肝と~トンボの角~それからそれからクリオネの牙~にイノシシの触手をこうしてドッボーン♪」
今言った物であろう何かを、お鍋にボチャボチャ投入する少女、エクレーシア。
色も香りもコーンスープなのに。
一体。
何を。
「作っとるんじゃお前はぁああ?!」
「ふごぅふ!」
容赦なく横から入れられた蹴りに、少女が数メートル離れた壁へ吹き飛んだ。
しかし問題ない。
彼女は頑丈なので。
「何するのさ~!」
壁に激突した彼女だが、けろっとした様子でぷんすか怒り始めた。
容姿としては金髪美女なのだが、子供っぽい言動で浮いた話の1つも無いちょっと残念な13歳の女の子だ。
そんな少女に対し、蹴りを入れた張本人である少年、ポルタ。
赤くボサボサの長髪を後ろで纏め、細縁のメガネをかけた同じく13歳の少年だ。
彼はしっかり者だが、少々言葉がキツイ。そして根っからのツッコミ気質の苦労人だ。エクレーシアのお世話係でもある。
他称だが。
「まず何箇所かツッコみたいけどまず言わせて?! 最初の材料以外実在しないじゃん、何、トンボの角とかクリオネの牙とかイノシシの触手って! 俺らに何の恨みがあって、何で謎の物体Xを作り出そうとしているわけなのさぁあああ?!」
「物体Xとは失礼な! れっきとしたお料理じゃないですか。コーンスープのレシピに、そう書いてあったんだから仕方ないじゃないですか~!」
何故最初にそこを指摘するのかは置いておくとして。
エクレーシアは薄汚れた紙を取り出して、内容をあらためる。そしてやっぱり間違いないと大きく頷いた。
ポルタの顔面にシワが増える事など、全くお構い無しである。
「よーし、そのレシピとやらを見せろ」
「うぃっす~」
「……本当に書いてあるし?! え、誰から貰ったコレ!」
「雑貨屋のお兄さん」
「あの嘘吐きは忘れろよ、何度騙されたよ、俺達?!」
雑貨屋のお兄さん、こと、嘘吐きで有名なイケメン。
彼は売るものには嘘を吐かない代わりに、会話は常に嘘を混ぜるというかなりの変人で有名なのである。
「というか、あと3分くらいかき混ぜれば、完璧になるよ~?」
「どうやってこの意味不明な材料を集めたのかを知りたいが……」
「え? そこらへんを探せばいたよ? 取り出すのが気持ち悪かったですけど……」
「うわ、リアルな話を聞きたくない奴だ」
想像するだけでスプラッタな光景が浮かんできたので、ポルタはそこで思考を切る。
それから、恐る恐るコーンポタージュ(という名の物体X)を覗き込んだ。
『ケタケタケタ』
―― パタン
そして蓋を閉める。
「……落ち着け、俺。これは幻聴だ。きっとそうだ。魔法の無いこの世界において、喋るスープなんて存在しない。聞き間違いだ」
―― パカッ
「がうー」
―― パタン
「ちょっと待って。今何がいた?」
「いや、私に聞かれても~。そもそも見ていないですし~。でも、今変な声が聞こえませんでした~?」
のんびりと話しながら、埃をはたいて近付いてくるエクレーシア。
ポルタは顔を引き攣らせながら、震える手でもう一度、蓋を開けた。
「がぅう~」
赤い鱗、太く逞しい牙、くりくりした大きい黒の瞳、二足歩行できそうなぷくぷくした身体つき。
ついでに黒く短い角と、かわいらしい翼がちょこんとある。
「ありゃ、かわいいドラゴンちゃんじゃないですか~」
「いや何で自然と抱っこしてんのお前」
「かわいいは正義です~」
「がぅ?」
「そういう問題じゃないだろ……」
ツッコミに疲れたのか、ポルタの語気は、いつもの威力をなくしている。
この世界には魔法が無い。
当然、モンスターなどもゲームや小説の中にしかいない。
ドラゴンなどという、ファンタジーそのものと呼べる静物は、いない。
「どうするの、コレ」
「ポチをコレ扱いしないでくださいよ~」
「犬じゃないからな? ドラゴンだぞ? そんなダサい名前はすぐ改名しろ。というか、そもそも付けるな!」
「えぇ~……」
「飼えるわけがないだろ、こんな架空動物」
「ちゃんと育てます!」
「そういう問題じゃなーい!」
「がぅう~?」
―― などという。
エクレーシアによる魔の練成式から、5年の月日が経った頃。
2人は、国立魔導学校なるところに通っていた。
いつ入学したのか?
7歳の頃らしい。
らしいというのは、本人達の記憶が曖昧だったからである。
何せ、感覚では魔法など、知らないはずなのだから。
「つまり。ポチが生まれて3分の間に、世界が作りかえられていた、ってわけだ」
「「「えぇ~……?」」」
世界の変革を担う存在。
それが、ドラゴン。
世界の概念を変える、魔法そのものと呼ばれる生物。
それを生み出す者と導く者。
彼等だけが「変革」前の記憶を持つ。
以上。
どこかのお偉いさんの本から抜粋。
「エクレーシア先輩が生み出す者……」
「今じゃ薬学者の新星だからな。何故か」
「ポルタ先輩が導く者ですか?」
「竜騎士の称号を貰ったからな。何故か」
「がぅ~」
結局ポチという名前が定着してしまった、例のドラゴン。
それをどうすれば良いか困っていた所に、大量の魔法学者を名乗る者達が詰め寄ってきたのは記憶に新しい。
あれよあれよと言う間に、ポチが懐いてしまったエクレーシアとポルタは有名になってしまった。
「ごめんな、ポチ。お前の名前を変えられなくて」
「がぅ? がうぅ~」
別に良いよ、という声音で答えるポチは、ポルタに擦り寄った。
今では超仲良しさんだ。
母とも言えるエクレーシアよりも、ポルタにより懐いてしまったので。
何より、エクレーシアの扱いに苦労する、仲間、同士として。
「後輩諸君。いつ『最後の3分間』が訪れるかわからない。魔法なんてものが無いはずの世界で、ドラゴンを練成するなどとという、珍事件並みの出来事がこの先あるかもしれない。適応能力は鍛えておけ」
「がぅ」
(((言葉が重い)))
ドラゴンについて聞きに来た後輩達に教え終わると、ポルタはポチを撫でながら、もう変わってしまった世界を眺める。
魔法が生まれた事によって、この世界は、根本的に変わってしまった。
慣れ親しんだ風景が、1つ残らず消えてしまった。
知り合いだった者の大半がいなくなってしまった。
これまで積み重ねてきたものが、全て無に帰ってしまったのだ。
「ま、お前に会えた事自体は良かった。ポチが生まれた状況は、かなり仰天物だが」
「がぅ」
一鳴きしたポチは、再びポルタに擦り寄った。とっても仲良しである。
すべすべの鱗を撫でて、ふと思う。
変革の後、消えなかった者の1人が、急に脳裏をよぎったのだ。
「……そういえば、雑貨屋のお兄さんって、結局何者だったんだ?」
ポチ練成のきっかけとなった雑貨屋。
そういえば、と思い出す。
俺は彼の名前を知らないな。と。
「まぁ、いいか」
「がぅ~」
もう一度撫でて、今日も一緒に遊ぶ。
それが、日課だから。
いやはや危ない、危ない。
たった5年でまた『最後の3分間』が起こっても、つまらないじゃないですか?
最短記録ですよ~!
ふんふふふ~ん♪
最後の3分間 PeaXe @peaxe-wing
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