第16話 夜の冒険
その晩、苗はずっと鏡を見ていた。毎日見ているその姿。お茶会へ行く準備をしていた時に見たのと何ら変わりはない。それでも、こうして自分の目に映っているものが本当の姿ではないかもしれない。
苗はそっと、姿見に触れた。今は、すり抜けていくことが出来ない。
いつぞやは、その先はトリの部屋へ繋がっていた。もしかすると、この鏡が不思議な力を持っていて、苗の本当の姿を隠して見せているのかもしれない。
そう思って、鞄の中に入っている手鏡を取り出して自分の姿を映してみても、変わりはない。
「……そんなわけないか」
そもそも、今どんな姿をしているかは問題ではないのかもしれない。人間と狼の姿両方を持っている者、人間とヤギ、人間とウサギ、そんなふうに、人間の姿だって自分の一部、そういう人だっているのだから。
その奥に、この皮膚の下に、何が隠れているのか……。
そっと、自分の腕の上に、指を這わせてみる。触れてみたって、それは人間のものでしかないのはわかっている。
だから、実感は何もないし、信じられない。本当に、自分で葬り去り見ようとしていない自分が、どこかにあるのだろうか。
でも、湊が言っていたことが冗談なわけがないのも、なんとなくわかってしまう。
苗があの人形の少女を呼んだのだとしたら、それはやっぱり無意味なことではなかったのかもしれない。苗もまた、同じであるのなら。
彼女は、自分が人間のようにありたいと強く思ったから、本当の自分をどこかで見失ってしまった。じゃあ、苗はなぜ自分を見失って、ただの人間だと思っているのだろう。
彼女のように、人間でいたいと思ったからなのか。それは、もう半分の自分が嫌だったから。捨ててしまいたいと思ったのか。
醜くて、汚くて、忌むべきもの。
どうして、そんなふうに考えるのだろう。事実や根拠を一つずつ丁寧に拾っていった冷静な分析というよりは、直感だ。しかし、決して無視はできない直感。けれど、その直感が生まれる先を覗いてはいけないと、自分を止める自分がいる。それがまた、その直感の正しさを裏付けてしまっているような気がするのだ。
そうやって思考が暗闇の中に足を引っ張られそうになりながら、鏡とずっとにらめっこをしていたら、気が付けば午前二時を過ぎている。
今日が何年何月何日なのか、自分が何時間鏡に向かっていたのか、そういう時計の時間は、本当は意味がない……今自分が立っているこの世界でもそうなのだろうか。
それでも、もしも自分が何か別の生き物なのだとしても、この世界は唯一の真理など持たぬとしても、今までの生活をここでぱったりやめてしまうことも出来ない。何も、苗の中では今までと変わってはいないのだから。
だから、翌朝になればいつも通り大学へと通学した。月曜日だから、一限から授業がある。駅までのいつもの道を通り、いつもの電車に乗り三十分、そして、駅から十分弱の道のりをまた歩いて行く。
そして、学校の敷地内に入ったところで、同級生の女の子に会った。親友というほどには親しいわけではないけれど、こうして会えば挨拶くらいはする仲の人。
「あ、三ツ橋さん、おはよう」
「おはよう」
普通の挨拶。そう、苗のことを知っている人は、こうして何気ない挨拶をしてくれるし、自分も何気ない挨拶を返す。いつもと変わらない日常。毎日繰り返してきたこと。
席に着いて授業を聞いていても、誰も何も不思議に思わないし、当たり前のことだ。夕方になればコンビニのバイトにも行く。
何も、おかしなところはない。
けれど、次第に、違和感がないことに違和感を覚え始めている自分もいた。ただ、これは自分に違和感を与えないようにしているだけの世界なのでは。
そんなふうにも考えてしまうのは。
「私の頭は、おかしくなっているのかな」
バイトの帰り道、ふと立ち寄った誰もいない夜の公園のブランコに座り、苗は一人そんなことを呟いていた。
誰も聞いていないから口に出して言えること。夜は怖いけれど、でも、優しい。そんな独白もそっと優しく包んでくれる。
そう、誰も聞いていない。そのはずなのに。
「そうですかね。あなたが狂っているのか、世界が狂っているのか。それとも、狂っているなんて言わなくて、あなたが本当のことに気付いただけなのか」
不意に隣から聞こえてきた声。左を向くと、隣のブランコにいつの間にかトリが座っていた。
「トリさん……」
「どうも、こんばんは」
「こ……こんばんは」
呼んではいないはずだ。そのはずなのに。でも、心のどこかでは思っていたのかもしれない。トリに会いたいと。
そこで苗は思考を慌てて打ち切った。そんなことを考えてはいけない。全部彼に筒抜けになってしまう。
でももう遅かったようだ。彼はにやにやと口元を歪めて、笑いたいのを堪えている。苗が睨み付けると、彼は一つ咳払いをしてごまかした。
「こんな挨拶にも、今のあなたはぐるぐると思考が何周かした結果、不自然に感じてしまうんでしょうね」
「本当に、人の心を覗き見るのは、マナー違反ですよ」
「すみません。でも、僕が望むと望まざるとに関わらず、あなたの心が勝手に流れて来るので」
「なんか、それって、スイッチとかないんですか?」
「スイッチ?」
「そう、オンオフできるような。人の思考には、知ってほしいことと知られたくないことがあるんですよ。だから、知ってほしいことだけを口にして伝えるんです」
うーん……と、トリは一応ながらも考えるふりくらいはしてみせる。本当は、そんな素振りを見せなくても、返ってくる答えは同じなのだろうが。
「でも、そんなスイッチはない……んじゃないですか」そして、最終的には開き直る。「まあ、僕と一緒にいるからには、しょうがないことと思ってください」
しかし、毎度毎度同じようなやり取りを繰り返して、それでもまだ恥を捨てきれない。どうしたって、素っ裸で街を歩け、と言われたら全力で抗いたいのと同じようなものだ。
そんなことを考えていると、トリはにやりと笑いながら、つぶやいた。
「なるほど、それは上手い例えだ」
じろりと、もう一度苗はトリを睨み付けて嗜めた。そんなことを気にしている場合でもないのだ。もしかすると、トリのその能力は迷惑なだけではなくて、今の苗に何か力を貸してくれることもあるかもしれないのだから。
苗が少しだけブランコを漕ぐと、きぃ、と、軋んだ音を立てる。
「本当のことって、何なんでしょうね。唯一絶対の真理なんてないのだとしたら、私が信じた主観こそが真実だと思いたいけれど、でも、私自身が本当だと信じていることさえも疑うべきであるとするならば……一体何を信じればいいんでしょう」
トリもまた、ブランコを一度漕いだ。
「そうですね……だったら、あの少年の言ったことだって信じなければいい」
「え……」
「彼は本当のことだと思って言っていることだとしても、それは本当に本当のことだという真理もないんですから」
「へ……屁理屈ですか」
口をへの字に曲げた苗がそう訊ねるも、彼は悪戯っぽく笑うだけだ。
「理屈もないんだから、屁理屈もないでしょう」
「ああ……もう余計に何だかわからない」
「僕なら親切に答えを教えてくれるだなんて、思ってたんですか」
頭を抱える苗に放たれた彼の一言は、やはり優しいとは言えず。でも、彼が薄情だからそう言っているわけでもないことがなんとなくわかるので、やっぱりこの人はジョーカーのカードだと、苗は思ったのだった。
そして、期待をしていた自分に恥じてしまう。だから、理不尽だとわかっていながらつっけんどんな物言いになってしまった。
「わかっているくせに、訊きますか?」
「すみません」
「……別に、いいですけど」
そこで謝ってもらったからといって、何がどうなるわけでもないのだから。
本当のこととはいったい何を指して言うのだろう。今まではシンプルだった。現実に存在するもの。それだけを本当のことと言った。
でも、それを壊されてしまったら、どこを見ていたらいいのだろう。自分はどこを見ているのだろう。
「これは、夢じゃないのはわかります。でも、現実なんですか?」
「現実と、現実でないもの……価値に差はありますか?こうして、少しは真理というもののカーテンの端がめくれて垣間見えている状態で、まさか、現実というものが唯一価値のあるものだなんて言い出さないですよね。もう、現実かどうか、というところに基準を置くのをやめないと」
「それも……そうですね」
しかし、自分が生きているのは現実であり、それに縋ってそこに立っている。今だって、そのつもりでいる。そこ以外に、自分がどこにいるというのか。そんなことを考えようとしても、頭がおかしくなるだけだ。
それとも、もうおかしくなっているからこんなことになっているのか。知らない間に、自分は自分を失っていって、知らない場所にいた。そんなことになっているのならば。
もしかすると、ただ自分がおかしくなっていることを知るだけ。それだけだったら。
手が震えていた。怖い。どこで何を間違ってそうなってしまったんだろう。
ふと、その手の震えを宥めるような、柔らかいトリの声が耳に入って来る。
「間違ったんじゃないですよ」
「でも、そうじゃなきゃ……」
ちかっと空で何かが一瞬光ったような気がした。飛行機だったのかもしれないけれど。でもそれは、ほんの小さな希望にも見えた。
トリが微笑んだから。
彼は、そっと言った。
「また、散歩しましょうか」
「え?」
「今までの夜空の散歩とは違う、ちょっとした冒険です」
「今度は涙の池の中でも泳ぎますか」
ちくりと突いてやったつもりだが、トリは顔には笑顔を張り付けたままで、さらりと何事もないかのように受け流す。相変わらず、すっとぼけたようにこんなことを言うのだし。
「それは面白い冗談ですね。僕も、ちょっとした冗談を言ったつもりなんですけどね」
「いちいち冗談がわかり辛いです」
「もっと人生を楽しんだ方がいいですよ。……はい、口を開けて」
苗は、もうわけもわからず、言われるままに口を開けた。すると、そこにぽいっと何かが放り込まれた。それは、ちゃんと食べていいものであることは、舌で感じられる濃い甘さでわかっていた。じわじわと溶けて行く。
そして、そっと噛んでみた。
「チョコレート……」
そう呟いた瞬間、パンっ、とトリが手を打った。すると、どんどんと、苗の目に映る周りの景色が大きくなっていく。いや、そうではない。自分が縮んでいるのだと気づいたのは、苗を覗きこんだトリの姿が巨人に見えた時だった。
「な……何をしたんですか」
「小さくしたんです」
「いや、それはわかりますけど……そんなことも出来るんですか」
「ええ、出来ますよ」
「だからって、なんでこんなこと……」
トリは苗の疑問に答えることはなく、ひょいと彼女をつまみ上げた。また、ぐるぐると目が回りそうになって、バタバタと暴れまわるけれども、まったくどうにもならない。そして、彼の掌の上に乗せられる。
「とはいえ、ちょっと……ほんのちょっとだけ盛って話をしていることは謝っておいた方がいいですかね。実際は、僕の力というよりは……うーん……そうですね、でも、そこは問題ではないですよ」
「問題ですよ!」
「いいえ、それよりももっと大きな問題が。後ろを見てください」
苗が背を向けていた方向、トリにとっては正面にあった遊具の雲梯の上で、カラスが目を光らせていた。明らかにこちらを狙っている。確かに今の苗は、彼らの餌としてはちょうどいい大きさになってしまっているかもしれない。
「いや、でも……多分美味しくはないから……」
そんなことを言って、帰ってくれるわけはない。あれはきっと、普通のカラスだ。半分は人間であるものが変身しているわけではないだろう。
カラスとは、そこまで鷹のように素早い生き物であったか。そんなことを考える暇もなかった。気が付いた時には、苗はトリの手の上ではなく、カラスの嘴に銜えられ宙を飛んでいた。
「ええーっ!」
「苗さん!」
トリが自分の名前を叫んでいる声が、どんどん遠くなっていく。
「こっ、このっ!」
ジタバタと暴れると、カラスも少しは体勢を崩して、空を飛ぶ軌道がふらふらと揺れ出す。まだ、こんなに小さくなっても無力ではない。腕を振り回したら、なんとか嘴の真ん中くらいに当たった。何回かそれを繰り返しているうちに、カラスの方も鬱陶しくなってきたのだろう。相手が抵抗する煩わしさに耐えてまで捉えるべき獲物でもないと判断したのか、口をパカリと開き苗を離した。
ついに、カラスの嘴から逃れることが出来た。だが、苗はその後のことまでは考えていなかったのだ。それはすなわち、宙に放り出され、このままでは、地に落ちて叩きつけられてしまうということを。
苗は自分を呪った。
いくら混乱していたとはいえ、どうしてこうも後先考えられないのか。さようなら、私はまだこの世に未練があるのかもしれないけれど。美味しい食べ物、行きたい場所、なりたいもの……いろいろあるけど。
今の私が私でないのなら、どの道それは遠くなってしまったのだから。
そんなことを本当に考えている余裕があったわけではない。でも、ぎゅっと強く目を瞑って、それくらいの覚悟はしていたはずなのだが。いつまでたっても地面に当たった衝撃はやって来ない。
恐る恐る目を開けてみると、ふわりと、空で浮いたままでいることを知った。気が付けば、トリが自分の真下にいる。
それで納得した。まさに魔法のような彼の不思議な力のおかげで助かったのだ。その力が本当は何なのか、未だにわからないけれど。
ペテンのように思えなくもないけれど、本当にその力のおかげで助かった。
複雑な思いを抱えながらも、少しずつゆっくりと、苗はトリの手の中に降りて行った。
「我ながら、ナイスキャッチ」
「あ……ありがとうございます。良かった……」
一気に力が抜けてしまう。へたりこんだまま、動けそうにもない。
「こういうハプニングは冒険らしくて結構と言えば、物語のようで素敵ですけど。でも、実際問題としては、道々こういうことがあっては面倒ですね。それでは……」
そんなものがいつどこから出てきたのかはわからないが、彼はいつの間にか足元にあった鳥籠の扉を開け、そこに苗を推し込めるようにして入れた。そして、がちゃりと扉は閉じられてしまう。
何が起きているのかわからない。
「こんなもの……どこに用意してあったんですか」
「さあ、どこでしょうね」
きっと、ここにあったかどうかは関係ない。無くたって、どこからか出してくることが出来るに違いない。白を黒にひっくり返したりもする、この人はそういうジョーカーのカードなのだ。
トリは苗が入った鳥籠を持ち上げて歩き出した。不思議とそんなに揺れない。きっと、ちゃんと運び方に気を使ってくれているのかもしれない。
小さくなると、景色はよく見えなくなる。大きなものだらけで、視界が塞がれるからだ。道端に生えている草も、石ころも。
ここは、家の近所の公園。知っている場所なはずなのに、大きさが違うだけで、全然違うものに見える。
「これで、れっきとした散歩です。言ったでしょう、今までの夜空の散歩とは違う、ちょっとした冒険だって」
トリは、ひょいと持ち上げた鳥籠を覗きこんで、どこか嬉しそうにしていた。
「私はただ運ばれているだけですよ」
「籠の中の鳥ですね」
「と……トリはあなたの方でしょう」
「僕は鳥ではないと前にも言ったでしょう」
なんとなく、苗は居心地が悪くなってきた。そわそわして落ち着かない。いつもと違う景色、いつもと違う速度、その所為だろうか。
いや、それだけではないのは何となくわかってはいるが。
苗はそこからわざと目を背けるように、もっと現実的な問題へと目を向けた。
「でも、わざわざこんなことして、どこへ行こうっていうんですか」
「普通には行けないところです」
まともな答えが返ってくることを期待する方が馬鹿なのかもしれない。それでも、心がいちいち振り回されている。まるでペテン師にいいように操られているように。これには、トリが持っている不思議な力は関係ないのであろうが、全て、彼は自分の思うように事を運んでいるようにしか思えない。不可能に見えることも。
「トリさんには、出来ないことってないんですか」
「そりゃあ、ありますよ。全知全能の神、というわけじゃないんですから」
「たとえば?」
「たとえば、心は読めても、操ることは出来ない。それは御法度というやつです」
「なるほど。でも、出来ない、というのは、無理だという意味じゃなくて、やらない、ということなんですかね」
「なかなかいい質問です。……でも、残念ながら、ただ無理だ、というだけですよ」
「そうですか……」
トリは、道に迷うことなく進んで行く。どうしたら行きたいところへたどり着けるのかをちゃんと知っていて、道も途切れることもないようだ。どこへ行くのかはわからないが。
ふっと、苗の中に疑問が湧いて来る。
「あのお茶会に行った時みたいに……私が道を作らなくてもいいんですか」
「いいんですよ。すでにできている道……あなたはきっと知っているはずの道だから」
「え……」
それはまた、自分が知らない自分を突き付けられているようで、また頭がぐるぐると回り始め、眩暈を起こしそうになった。相変わらず、トリはなるべく揺すらないようにそっと運んでくれているというのに。
そんな苗の気を紛らすためだったのだろうか。トリは唐突に鼻歌など歌い出した。その言葉がどこの国の言葉なのかもわからないし、ましてやこの世に存在する言語なのかもわからないので、苗は知らない歌であったが、どこか懐かしい感じがしたのはなぜだろうか。
そして、ふと歌が途切れたかと思ったら、彼はふふふふっ、と笑い出した。
「何ですか?」
苗が訊ねると、彼はもう一度笑う。
「普通に一緒に歩くのとも違って、これはこれで楽しいですね」
「そう……ですかね。……何でわざわざこんなふうに小さくしたんですか。むしろ面倒なことの方が多い気がしますけど。それに、さっきのような危険を避けるにしても、鳥籠に入れなくても……」
「物事にはちゃんと意味があります。小さくしたことに関しては後でわかるでしょう。でも、鳥籠に入れなくてもいいだろうという主張に関してお答えするとすれば……」
そこで、一度不自然に言葉が切れた。
「何ですか?」
トリは苗と目を合わせようとせずに、ひたすら前だけを向いて歩きながら言った。
「理由の一割が、何かに入れた方が移動が速い、ということと、二割が、お菓子の箱や虫籠よりはいいんじゃないかということ……残りの七割を、包み隠さず正直に言うならば、趣味です」
「しゅ、趣味?」
「ほら、あれですよ。ポケットの中に入れたいとか、鳥籠の中に閉じ込めておきたいとか」
「え……えっと、それはどういう意味ですか」
苗はどう反応していいのかわからなかった。その意図を、どう受け取ったらいいのか。図々しい解釈をしてしまいそうになるが。
でも、まさか……。
そんな苗の思考を読んで、ほんの少しだけ気まずくなったのか、トリは誤魔化すように咳払いをした。
「そんなに深く気にしないでください。冗談です」
「冗談……ですか」
「はい。だから、ちょっとした遊び心」
「そればっかりですね」
「まあ、ジョーカーですからね」
苦笑しながらそう言ったっきり、トリはそのあとずっと黙っていたし、苗も何を言っていいのかわからない、そんなぎこちない時間だけが流れて行った。
助かったのは、その時間がそれほど長くは続かなかったことだ。
「着きましたよ」
ある瞬間にそう言ったトリは、鳥籠を地面に置いて、苗を外に出した。そこでまず初めに目にしたのは、人間の大きさではとても通り抜けられない、聳える塀に不自然についていた扉。けれど、今の苗の大きさならちょうどいい。
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