第15話 帰り道
苗は、深く息を吸い込んで、その感覚を全身で確かめようとした。自分が自分であることを。
「やっと出ていきましたか」
まるで自分のことのように、トリもまた安堵の息をついていた。それが、なんだか苗にはどこかくすぐったくて、思わず目を逸らしてしまった。
「はい……」それだけ短く答えてから、苗は人形師のほうに向き直った。「えっと……よかったですね」
「うん。でもこれは、本質的にはきっと俺の我儘だからな」
くい、と、人形の少女は人形師の服の袖を引っ張った。
「違う。二人の我儘だ」
「……そうだな」
二人が笑い合っていたのを、どこか微笑ましいような、安心したような気持ちで苗が見ていると、不意に人形の顔がこちらを向いた。
「ありがとう」
何故そんなことを言われるのか、苗にはわからないので、戸惑ってしまう。
「いや、でもあれは私じゃなくて……」
「あなたにそう言いたいんだよ。別に、おかしなことじゃない」
「そ、そうかな」
「うん、そうだよ」
苗の考えからすれば、この結果に至ったのは、彼女と人形師自身のその熱意が状況を動かしたのだと思うのだが。
誰のおかげか、それはともかくとして、この時この人形の少女の、最大の贅沢な我儘は叶えられるようにレールを敷いたのだ。本当の自分も失くさず、人間のようでありたいという願望も失くさず、一番大事なものも失くさないように。
それが、自分が自分でいるということなのだ。
それは、人形師の我儘でもある。
余計なことなのかもしれないが、苗は一言だけ言おうとした。頭の中に、人形が壊れて行ったあの瞬間が過っていったから。だから、どうか……。
「あなたはあなたでいてね」
人形の少女は静かに頷いた。
それに安心して、前にこの少女の体だった壊れかけた人形に、苗は何気なく目をやる。すると、その隣に、顔がウサギで体が人間の人形の姿があるのが視界に映った。まるであのちょっとつっけんどんで嫌味なウサギみたいだ、そう思ったと同時に、何故か頭の中に湊の姿が浮かんでくる。
「どうした?」
黙り込んで、じっとそのウサギの人形を見つめていた苗を、人形の少女は不思議そうに覗き込んでくる。
「あのね、最近知り合った小学生の男の子がいるんだけど……なんか、あのウサギの人形を見ていたら、急に思い出しちゃって」
「何で?」
「さあ、何でだろう。彼はウサギがとっても好きみたいで……トリさんのおかげで、私が拾ったウサギのことを、すごく心配してくれていたの。お茶会へ出かける前もうちに来てくれたんだけど……なんだか追い返すみたいな形になっちゃって、謝りたいなって」
「じゃあ、早く帰らなきゃ」
「うん」
急に疲労感が押し寄せてきた。帰ってゆっくり休んで、それから湊に会いに行こう。そう思って、トリと一緒にここを出ていこうと、彼の姿を探したが、どこにも見当たらない。あるのは、物言わぬ無数の人形の視線だけ。
「……って、あれ……トリさんは?」
人形の少女に尋ねると、彼女は首を捻った。
「さあ……知らない。だから、あの男はジョーカーのカードのように不義理なんだ。きっと、飽きたんじゃないのか。でも、いなくたって問題ない。どうせ何の役にも立たなかったんだ」
「そ……そうかな」
「そうだ。……あんな人のことより、あなたは、その少年に会いに帰った方がいい」
「うん……」
どこか心の隅に引っかかるものを感じていて、もやもやはしていたが、そこで、苗ははたと現実的な感覚に引き戻される。帰るとは、どうやって帰るのだ。それはもしかすると……。
「ちょっと待って……帰る時ってもしかして……」
「ああ、もちろん、ここへ来るときに出てきた長靴を使うが」
別に、どうということはなさそうに人形師は言うが、ティーカップやティーポットならともかく、誰かが捨てていった長靴の中に入って旅をするのは、だいぶ気が重くなる。出てきた時は何も知らなかったので、見て見ぬふりをすることも出来たが。
わかりやすいくらい、苦い顔をしていたのだろう。心配したように人形の少女が声をかけてくる。
「どうした?」
「いや、普通に歩いて帰れないかなって……」
「どうしてそんな必要がある?ここをくぐれば一瞬だぞ」
「そうだけど……あ、そうだ……ほら、引っ張ってくれる人がいないと、どこへ出て行っていいかもわからないし」
「それなら心配ない」
「え?」
人形師は、手にした小さなメモ書きをひらひらと振って見せた。そして、それを苗に手渡す。そこには、一言の殴り書きがあった。
あなたを長靴の中から引っ張り出すために先に帰っています。
トリの書置きだ。
「なんだ……それでいなくなったんだ」
どこかで、また突然において行かれたのだという気持ちがあった。きっと、引っかかっていたのはそれだったのだ。でも、そうではなかった。
本当に全くつかめない、ジョーカーのカードのような男だ。
メモ書きを見つめながら、安堵の深い息をついた苗を見て、人形の少女は呆れたように言った。
「わからないな……あんな男に一体何を期待する。不毛なだけだろうに」
「うーん……何なんでしょうね」
「それならもっと、さっき言っていた少年のことを考えてやればいいのに」
その言葉には、何も反論しようがない。たとえば、湊とはそんなに親しいわけでもないし、彼のことをそれほど知っているわけでもない。そう言うことも出来ただろうが、それはトリだって同じなのだ。
どちらのことが大事だとか、そういうことさえない話。
トリにも湊にも、自分は悲しそうな顔をさせてしまった。はっきりしているのは、ただそれだけだ。
「確かに」だから、曖昧にほほ笑んでそんな言葉で濁すしか出来ない。「もう行かなきゃ」まるで逃げるように、苗はそう言った。
二人は、長靴の前まで苗のことを見送りに来てくれた。人形の少女が最後にくれた言葉は、まっすぐ苗を射抜いてくる。
「どうかあなたも、自分でいて」
ここに立って、その言葉を受け取っている自分。はたしてそれは本当なのだろうか。何をもってして真実というのだろうか。
ふと頭上を見上げると、空が白んで夜が明けて行こうとしている。そんなことで時間を確認しようとしても、きっと無駄だ。事実は何も意味を成さない。
睡眠も取っていないのに、眠気がないのは、不眠症の兆候ではなく、本当に必要としていないことがわかる。眠れと言われれば、きっと眠れないこともないのだろうけれど。そう、食欲と同じように。それも、時間というものの概念のせいなのか。
それならば、確かなこととは何だろう。この少女が、いつしか自分が人間であると思い込んでしまうように、そう思えばその人にとって事実など簡単に変わってしまう。ある日、目が覚めたら知らぬうちに苗の事実というものも、あっさりひっくり返っているかもしれない。
自分が何年生きていて、どうやって生きてきて、何を見て、何を思ってきたのか。
本当に、それは『真実』なのだろうか。
怖くなる。それを身をもって知ったこの少女だからこそ、苗にくれたその言葉は、苗の持っているもののどれよりも重かった。
苗は二人に手を振ってから、自分の中の抵抗感を何とか振り払い、長靴の中へ手を突っ込んだ。
また、暗闇以外何もない空間に吸い込まれていく。ぐしゃぐしゃと丸められて。いらない感情や余計な思考も、そうやって丸めて捨てられたらいいのに。そんなことを、どこか冷静に考えてしまうくらいの余裕が、今度はあった。
そう、本当に闇以外には何もない。音も何も。だから、相変わらずどこへ向かって歩いて行っていいのかわからないのだ。
トリは本当に、そこからまた手を差し伸べてくれるのだろうか。ただこうしてぼんやり待っていても駄目なのだろう。呼ばなければ。
トリさん、私はここです。その手で、引き上げてください。
そう口に出して言おうとしたその瞬間だった。人形師のアトリエへ行った時と同じように、闇の中に突然、一本の腕がにゅっと現れたのだ。
呼んだら、本当に来た。
「ありがとうございます」
苗は小さくそうつぶやいて、その手をしっかりと取った。すると、ぐいっと信じられない力で引っ張られていく。
ぼんやりと、それから、徐々にはっきりとして聞こえてくる、街の音。人の声や車が通る音に、流れている音楽。出口の感触が、近づいている。
一気に視界が明るくなったと思ったら、急に車が忙しなく行き交う大きな通りへ出る。何人もの人が通り過ぎて行く。どうやら、大きな通りのマンホールから苗は出てきたらしいが、そんな奇妙な光景を誰も気にしてはいない。相変わらず、無関心な人々。
そのはずなのに。
ああ、これが日常だ。苗は、ほっとして力が抜けそうになった。あんなに、息苦しいと思っていた世界なのに。
そして、自分をここへ引っ張ってくれたトリの姿をそこに探そうとしたが、どこにも見当たらない。確かに、彼がその手で導いてくれたはずなのに。
それなのに、どうしてまた姿を消してしまったのだろう。まるで、苗のことを避けるかのように。
わかってほしがっているくせに、わからせようとしないし、助けてくれたくせに姿を見せない。本当に、彼が何を考えているのかわからない。
肩を落としていると、後ろから、不意に誰かに服を引っ張られた。誰だろう、と、驚いて慌てて振り向くと、そこには湊の姿があった。いつものようにキャップを目深に被って、表情は良く見えないが、彼はどこか遠慮気味に言った。
「……な、苗さん」
「え……湊くん」
どうして、湊がここにいるのだろう。
驚きが勝って、苗は失意の底から這い出ることが出来たものの、出た先は混乱の波の中で、どう泳いでいいのか戸惑って溺れそうになっていた。
しかし、声をかけてきたはずの湊の方も、なぜか戸惑っているように見えた。目を合わそうとせず、言葉が、もつれながらしか出て来ないのだから。
「あ……あの……偶然苗さんを見かけたから」
「そ、そうなんだ……」苗はどこか探るような視線を湊に送ってしまい、そして、探るように尋ねてしまう。「湊くんは、何か用があったの?」
「まあ……そんなところ。でも……もう帰るよ」
「そう。じゃあ、一緒に行こうか」
「うん」
どこからこんなにぞろぞろと湧いてくるのだろう。不思議にさえ思うくらい、たくさんの人々が街を行き交っている。その間を縫うように、二人は歩き出した。しかし、こういう場合は体の小さな湊の方がすり抜けて行くのが上手く、どんどん先へ行ってしまって、はぐれそうになる。
大人の方が置いて行かれるとは、情けない。
あるところで、ぴたりと足を止め、彼は振り返って自分の手を差し出した。
「手を繋いでいればいいんじゃない」
「う、うん」
その手を取った苗は、少しばかり複雑な気分になった。これでは、どちらが引っ張っていくのかわからない。
それですっかり委縮してしまったのもあるが、苗は何を話していいかわからないまま、ただただ足を運んでいた。湊も何を言うわけでもないので、なんとなく気まずい。
でも、何か話題を、と必死に頭の中で探っていくうちに、苗は動揺のあまり大事なことをすっかり忘れていたことに気づかされた。
そう、どのみち戻ってきたら湊に会いに行こうと思っていたのに。伝えなければいけないことがあるのに。
「あ……あの……」
「何?」
「この間はごめんね。せっかくウサギのことを心配してうちに来てくれたのに、追い返すようなことしちゃって」
「いいよ、だって、苗さんはあの時用事があったんでしょう。僕も前もって連絡もせずに行っちゃったのがいけないし」
「ありがとう。君は優しい子だね」
ふい、と、湊は顔を背ける。もしかすると、照れ臭かったのかもしれない。
「ずいぶんお洒落をしているから、大事な用事なのかなって思ったし。……楽しかった?」
「楽しい……」
そう尋ねられても、何とも答えられなかった。楽しいよりも、驚きの方が強かったかもしれないし、もしかするとそれを楽しんでいた自分もいたのかもしれないし、それでも、よく見知った世界に戻ってきて安心している自分もいる。
どう説明したらいいだろう。
彼に本当のことを話したって、きっと頭がおかしくなったのだと笑われるだけかもしれない。彼が気にかけていたウサギは、本当は半分人間だったなどと。そのウサギにお茶会に誘われたからこんな格好をしているのだと。
しかし、ここで不自然に話題を逸らしたって、聡い少年である彼は、余計不審に思うだけだろう。もう、完全に嘘をつくことは出来ない。
それに、今日見てきたものを、冒険譚のように誰かに話したい、そんな気持ちもどこかにあったのかもしれない。
苗は蹴り出すように踏み出した一歩から、ぽつぽつと語り出した。
「信じないかもしれないけどね、私……狼人間や、猫人間や、ウサギ人間、ヤギ人間、それから、人形に宿った眼に見えない存在、不思議な力を使う人たち……そういう、おとぎ話の世界のようなものを見てきたの」
「うん」
湊は短くそう言っただけで、苗の話を否定はしなかった。その一言が、肯定なのかどうかもわからないけれど。少なくとも、頭から撥ね付けようとはしていないのは確かだ。嫌悪を示すわけでも、狂人を諫めようとするわけでもない。
あるいは、もしかすると、逆にそういう話に喜んで飛びついてくるということも、子供ならばなくはなさそうだけれども、そういうこともない。
かといって、無関心なわけでもなさそうだ。ただ、苗の言っていることを、事実として受け止めているだけのようだ。ごく冷静に。
「本当の人間なんて、この世にどれほどいるんだろうね。みんな、人間のような顔をしてそこにいるけれど、その皮の下にはきっと違うものが隠れている人が溢れているよ」
普通なら、子供の豊かな空想の物語、それで済まされるだろう。しかし、今の苗にはそれが子供の冗談には聞こえないのだ。まるで、世界の真実を捲って見せられているような気分になってしまう。
実際に、人間の姿をすることもある人間でないものを、今日は何人も見た。ああいう人は、きっともっといると考えるのが自然だろう。それに、絹江が言っていた。警察のお偉方にも人獣はけっこういるのだと。
もしかしたら、こんな発言をしている湊だって……。
「あの……湊くんは……」
「もしかして、僕も本当は人間じゃないんじゃないかって?」
繋いでいる手は、暖かく、よく知っている人間の手。それでも。苗は自分の中で、血がどんどん引いていくのを感じた。ぎゅっと、握っている手に力を込めてしまう。どこか、遠いところへ行かないようにと。
「ま、まさかね」
「僕は熊だよ。ヒグマ。まあ、まだ子熊だけどね」
「じょ……冗談よね」
もう、そんな言葉も容易に笑い飛ばせない。恐る恐る湊の様子を窺うけれど、彼の表情は変わらない。真剣に言っているわけでもなく、冗談でからかっているわけでもない。ただ、何でもない天気の話なんかをする時と同じ。
そんな顔をしたまま、ぽつりと彼の口から落とされた言葉。
「冗談だけど」
「な……なんだ」
それでもまだ、動悸は治まらない。きっと、繋いだ手を通してそれは湊にも伝わってしまっているだろう。トリのように心が読めなくても。
「でも、純粋な人間の数の方がきっと少ないのは、本当だと思う」
「そう……なの?」
「うん。僕だって本当はこの目で見てきた。だから、苗さんの話には何も嘘がないってわかる」
自分はちゃんとここに立って、いろんなものを見てきたのだ。夢ではなく。その事実が、改めて苗の中に染み込んでくる。じわじわと。
気が付けば、また湊の手を強く握り過ぎていたのだろう。苗の手の中で、彼の手が少し動いた。
「ところで、さっきからちょっと手が痛い」
「あっ……ごめん」
「いいけど、別に」
「なんか、今日はいろんなことがあり過ぎて、ちょっと頭が追い付かないところがあって、ぼーっとしちゃうの」
湊は、少しだけ俯いた。長く伸びる影に、隠れてしまおうとでもするかのように。そして、彼の声もまた、アスファルトに吸い込まれていくようにくぐもっていた。
「無理もないけど……全部嘘じゃない。それに僕は熊じゃないけど、ただの人間でもないよ」
「え……また……そんな冗談を」
「それは、嘘じゃない」
苗は、思わず繋いでいた手を離してしまった。まるで、自分が世界からそれで手を離してしまうかのように。
「じゃあ、何なの?」
「それは、苗さん次第」
「どうしてよ。あなたが何者かが私次第だなんて、そんなことあるわけない……」
「そりゃあ、自分の世界は自分のものだからだよ」
「え?……自分の世界って……じゃあ、やっぱりこれは夢のようなものなの?」
湊は、キャップのつばの下で、目だけを苗の方にゆっくりと向けた。
「夢だとか現実だとか、本当の真実っていうのはそれだけじゃないんだし」
「君は何を知っているの?」
また彼は苗から顔を背けてしまう。
「それは、苗さんが自分でわかろうとしなきゃ。それより、苗さんこそ、自分のことを本当は人間じゃないかも、なんて考えてみたりしないの?」
「何を言って……」
あの人形の少女のことを思い出してみる。彼女は、あの体に限界が来るその時まで、自分のことを人間だと信じて疑っていなかった。だったら、自分だってそうかもしれないという可能性を、どうして否定できるだろう。
もうとっくに、『事実』の価値は打ち砕かれてしまっている。そんなことは、今日思い知ってしまったのに、どうして自分が思っている自分が真実などと言えるのだろうか。
それを考えたことはなかった。いや、考えてしまっては、自分が崩れ去ってしまうから、考えることを避けていたのかもしれない。
自分よりも、他人の方が自分のことが見えている。そういうことだって、あるかもしれない。
「ねえ、湊くん……」
「何?」
「君には、私がどう見えている?」
彼は、少し考えるように、小さく唸った。答えは、とてもシンプル。
「苗さんは、苗さんだよ」
「それって、あまり答えになっていないじゃない」
「でも、それ以外に他にどうにも言い様がないよ。だってそうでしょう、天使でも悪魔でも、トロールでもユニコーンでも、ウサギでもネズミでも、ツキノワグマでもチベットスナギツネでも、何だって苗さんは苗さんなんだから」
何であろうと苗は苗。それは確かにそうだ。だが、今しがたはっきり見せられた。あの人形の少女が、自分が何者かを忘れてはいけないと、あがこうとしているところを。
だから、苗だってそれを軽んじて捨ててしまおうとしてはいけないのだ。きっと。
「それでもやっぱり……私は人間なのか、ハリネズミなのか、ウミガメなのか……それを知っている必要はあると思うの」
「うん、それは大事だよ」
「だから……教えて」
しかし、足元を崩されるような正論でもって湊は突き放す。さっき、手を離してしまった罰であるかのように。
「でも、僕がこうだと言ったら、苗さんはそれを鵜呑みにして信じるの?他の人には違うように見えているかもしれない、なんてことも考えもせずに」
「そういうわけじゃ……」
「だから……教えられないんだよ。苗さんが、自分で見つけなきゃ」
自分が知っていると思っているものの本当のことをどれくらいわかっているのだろうか。
今歩いている道は、知っている景色。ちゃんと、一つ一つの家が違う顔をしていて、自分がどこにいるのかわかる住宅街の道。どの道をどう行けば、親友の家へたどり着くかわかっている。湊の家がどこなのかは知らないが、真紀の家はもうちょっと先だから、彼の家もまたもう少し先であろう。
だが、突然に湊は言い出す。
「もう、ここでいいよ」
「え……でも、真紀の家の近くなら、もう少し先でしょう」
「大丈夫、本当は一人でだって平気。だって、僕はただの人間じゃないってさっき言ったでしょう」
「それでも……」
「それは、僕が見た通りのただの子供じゃないっていうことだよ。それに、よちよち歩きの赤ん坊でもないんだから。……だから、心配しなくていいよ」
苗が返事をする前に、彼は駆け出して行ってしまう。気が付けば辺りは暗くなり始めている。もともと、しっかりした子だとは思っていたけれども、そんなことは関係なく、小学生の子が一人で歩くには、不安があるだろう。
それでも。
「大丈夫かな……」
そんな苗のつぶやきは、むしろ空々しく響くだけだった。
もしも本当に彼がただの子供ではないとするならば、いったい何なのだろう。それもまた、時が来れば教えてくれるのだろうか。
苗が、自分の正体を知る時が来たら。
正体。そんなことを言われても、自分は自分でしかないのに、何だというのだろう。
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