第13話 新しい体①
「ここが工房だ」
人形師にそう言われて、近づいてよく見ると、窓際に人形が飾ってあるのが見える。まるで、外から来る人を見張っているかのように感じられ、一瞬たじろいでしまった。それを、またトリが面白がってくすくすと笑うのだ。
「大丈夫です。あれは本当にただの人形ですよ」
「わ……わかってますけど……」
そこで、人形師も苗のことを笑って馬鹿にしてもおかしくはなかったが、彼はなぜか誇らしげに言うのだ。
「確かに、俺の作品は妙に生々しく、人間よりも人間らしい、そう言われることもある」
「何ですか、それ、さりげなく腕自慢ですか」
からかうように言うトリに、人形師はさらりと答える。
「そうだが」
この人はさすがに、苗と違ってトリにとってはあまりからかい甲斐のない相手のようで、つまらなそうにして、それ以上トリは何も言わなかった。この二人は、何か噛み合わないようだ。
けれど、噛み合わないことさえ人形師は気にしていないようだった。敢えて嚙み合う必要などないと思っているのだろうか。
「さあ、入りたまえ」
人形師は扉を開けた。中に入って電気を点けると、苗の目はすっかり暗闇になれてしまっていたのか、眩しくて思わず細めてしまった。目が眩む。
目に入ってくるのは、大きなテーブルが二つ。一つは作業台で、一つはその他の生活をするためのテーブルだろう。トリはそこにバスケットを置いたので、苗もそれに倣ってティーポットと壊れた人形を置いた。
部屋中のそこかしこにずらりと並んだ人形。出来上がっているもの、途中のもの、そして、まだ形にはなっていないパーツ。窓から見えたものはほんの一部だった。
たしかに、彼の作る人形は生々しい。たくさんの視線が一気に突き刺さってくるようだった。そして、言い出しそうだ。何しにこんなところまで来たのだと。あまり歓迎はしない調子で。しかし、興味津々に。
「こ……この子たちはみんな、これからどこかへ行先が決まっている子たちなんですか」
苗が質問すると、人形師は自分が手にしていた人形を、そっと撫でた。
「いや、この人形と同じように、もう役目を終えた子もいるし、どこにも行かない子もいる」
「どこにも行かない?」
「いろんな事情があって、生まれてきても引き取られなかった子」
「そういうことって、あるんですか」
「あるよ。大概は、注文してきた人間の不義理だけど。でも、しょうがなかった……そういう運命もある」
よく見ると、壊れているわけではないが、どう見ても新しくはなく、色がくすんできている人形もいくつもある。壊れてしまっている人形も。それぞれに、人間と同じように彼らには生まれてきてから辿った物語があるのだ。だからこそ、生々しい。
「注文に応じて作っているんですよね」
「ああ、基本的にはね」
「じゃあ、このティーポットの中の彼女の体を作ったのも……誰かからの依頼があったからなんですか」
「そうだね」
そこで言葉を止めたまま、それ以上人形師は何も言おうとしない。ひょこりと苗の顔を覗きこみながら、悪戯っぽい笑みを浮かべてトリが訊ねて来る。
「気になりますか?」
「ええ……まあ。どうして、彼女があの場にやって来たのか、というのもありますし」
そこで初めて気が合ったかのように、トリと人形師は目を合わせた。無言で何かの会話をしているように。だから、苗は余計に気になるのだ。
しかし、その後、人形師は話題をそこで打ち切る適当な理由とばかりに言うのだ。
「でも悪いけど、昔話をしている時間はない。彼女のための新しい体を作らなくては。気まぐれにそのティーポットの中から抜け出してしまう前に」
「急ぐのなら、ここにいくつも人形があるのに」
そんなトリの発言に対して、人形師は怒ったのか呆れたのかはわからないが、眉間にしわを寄せ、スッと目を細めた。
「それは、彼女のための物じゃないだろう。だから、彼女はきっと住みつけない。わかっているくせに」
「言ってみただけです」
不思議だ。時計などどこにも見当たらないのに、針が進む音がする。時間など全く無関係なように思えるこの場所ではあるが、嫌でも時間というものを意識させられた。無限ではない、有限であることを告げている。急げ、急げ、と。
一分一秒も惜しい、そんな様子で、人形師は道具が散乱している作業台の前に座ると、何も言わずに手を動かし始めた。その動きは繊細で、丁寧だ。
何度何を作ったとしても、正解などわからない、そんなふうに言っていたのに、手はまるで全てを知っているように、迷うことなく鮮やかに動いていく。
子供のころからそうなのだが、何かが少しずつ形を成して出来上がっていく光景を見る度に、苗は不思議な気持ちになる。それを作る手には一体どんなからくりがあるのだろうかと。神様は、その手にどんな魔法を与えたのだろう。
カチコチ、カチコチ、時計の音だけがこの場に響く。誰も一言も発さない。今はただ、言葉は人形師の集中力を阻害するものでしかないのが苗もトリもわかっているから、じっと黙ってその作業をひたすら見つめていた。
でも、本当は物音に阻害されるような集中力ではないのは、見ていてわかる。全神経が、もう自分の指先にしか集中されていない。きっと、嵐が来て窓を軋ませても、地震が来て地が揺れても、彼は気づきもしないだろう。
実際に、そんな職人が実際に目の前にいると、その気迫に何も言えなくなってしまう。だから、本当のところは、苗もトリも気を使って喋れないわけではなかったのかもしれない。
「出来た……」
人形師がそう言う声が聞こえてきたのは、どれほど時間が経った時だったかはわからない。針が進む機械の音がするだけで、この部屋に時計そのものの姿が見当たらないのだから。
作業台の上に座る人形は、隣にあるひびの入った人形を、そのまま新品として作り直したものであった。この肌と言わず服と言わず色の褪せていて古い人形も、かつては頬も唇も鮮やかに紅が差されて、生き生きとしていたのだろう。あの魂のようなものが入っていなくても、動き出しそうに。
ティーポットの中に、あの彼女はまだ本当にいるのかどうか、わからない。あれから、中で何かが動いている様子は、全く見られない。
「ティーポットの蓋を開けて」
人形師にそう言われて、苗は急いでテーブルの上のティーポットの蓋を開けた。何も入っていないし、何かが出てきた様子もない。だから、苗は一瞬焦った。もう、人形に宿っていた彼女は、どこかへ消えてしまったのかと。
しかし、ほどなくして、カタカタと音を立てて、人形は動き出した。ちゃんと、彼女は再び人形に宿ることが出来たのだ。まだ新しい体に慣れないのか、立ち上がろうとして、よろよろしている。
苗は、ほっと息を突いた。
本当は、川辺で見た時のように、光ってその存在が見えるわけではないのだろう。そういえば、トリが言っていたではないか。目には見えないけれど気配は感じる、それが彼女たちのような存在なのだと。
「気分はどうだい?」
妙に甘ったるく優しい口調で、人形師は動く人形に語り掛ける。答える人形の声は、どこかぎこちなかったが。
「悪くない。でも、馴染まない」
「そのうち慣れるよ。前の体の時もそうだったじゃないか」
「忘れたよ」
「まあ、もう記憶も化石になるくらい遠い昔の話だからな。それに君は……すっかり何もかも忘れてしまっていたんだから」
「それは……本当に申し訳ないと思っている。でも、あの体から抜け出して、今はちゃんと自分が何者かわかっているから。……今度はどれくらいもつの?」
「君の扱い方次第だ」
「じゃあ、お上品におとなしく過ごすことにする。長持ちするように」
「そうしてくれ。そうそうしょっちゅうこんなことが起こると、身も心ももたないからな。こんな思いはあまりしたくない」
一気に気が抜けたのか、人形師は椅子の背もたれに身を投げた。人形は、そんな彼をじっと見ていた。
「そんなに、私がいなくなるのが嫌だった?」
「そりゃあそうだろう」
「ならいいの」
「そりゃよかった」
そこで、人形の顔がくるりと苗の方を振り向いた。
「ねえ、あのレモンタルトはまだある?」
「あ……えっと……」苗はヤギが持たせてくれたバスケットを開けた。ちゃんと入っている。一切れだけだけれど。「あるよ」
「食べたい」
ひらり、と、彼女は作業台の上から飛び降りて、とことことテーブルまで歩いて来た。そして、椅子に腰かけて、バスケットの中を覗き込む。
そんな彼女を見ながら、トリは自分のお腹の辺りに手を当てて言った。
「そういえば、お腹空きましたね」
「どれくらい時間が経ったんでしょうか」
時間の感覚が、本当にわからなくなっている。たった一時間くらいにも感じられるし、もう何年も経ったかのような疲労感もある。
「三十七日ですよ」
「えっ、三十七日?」
「そうですよ、気付いてませんでしたか?陽が三十七回昇って沈みました」
「そんな……あ……でも、そんなに経っちゃってるなら、この料理……」
もう駄目になってしまっているだろうと思ったが、見た目はまだ出来たてのように新鮮な色をしていて美味しそうだ。だから、苗もこのトリの言葉を、なんとなく受け入れざるを得なかった。
「いや、大丈夫でしょう」
「そう……ですかね」
「ええ。三十七日、という時間は時計の針が示したに過ぎない時間です。なんで、この部屋には時計がないと思いますか?」
「どういうことですか?」
「意味がないからですよ。……まあ、考えるより実際食べてみればいいんですよ」
トリはバスケットからサンドイッチを取ると、ぱくりとかぶりついて、美味しそうにそれを味わっていた。人形の少女も、レモンタルトをバスケットから出して頬張っている。
目を瞬かせてその光景を見ていた苗に、少女は言った。
「食べれば。美味しいよ」
「う……うん」
苗もバスケットからスコーンを一つ取り、一口食べてみた。全く何も問題はない。むしろ、ほろほろサクサクで美味しい。三十七日も経っているはずなのに。
時計の針の時間がどれほど経ったのかは、問題ではない。なるほど、理屈はわからないけれど、それをはっきりと苗は体感した。
バスケットの中身が無くなるのはあっという間だった。一つの問題が片付き、お腹も満たされると、急に気が抜けてしまう。
落ち着いて来ると、思考がいろいろ回り出し、気になることも出てくる。
人形が食べ物を食べた場合に一体どうなるのか。常識というものをこの場合考えてはいけないのだろう。今日苗が目にしてきたいろんな物事のように。それでも、その仕組みと理屈はどうしても気になってしまう。
そこで、人形の少女に声を掛けようとして、苗は気づいたのだ。それよりも先に気にするべきことがあったと。
「そういえば……お二人のお名前は?」
「言ってなかったっけ?」
「はい」
ぽん、と、人形の頭に軽く手を乗せて、人形師は言う。
「彼女はコトハ」
それを払いのけながら人形は言う。
「彼はコトハ」
「え……っと……」
それでは、どちらのことをどう呼んでいいのかわからない。偶然に同じ名前なのだろうか。それとも、からかわれているのか、はたまた、わざわざそうしたのか。
苗の口には出していないそんな疑問に答えるように、人形の少女は言った。
「私は、彼の名前をもらったから」
「そうなんだ……」
「何でもよかった。名前がないと、呼ぶのに不便だから、それだけ。でも、好きよ、この名前。彼のことを呼んでいるうちに気に入ったの。だからもらった。最初は、私のことを呼ぶのは彼ではなかったから、何も問題なかった。今はそうね、多少は不便もあるかもね。でも、多少こんがらかるくらいの方が面白い。まあ、笑えない場合もあるけど。この人なんて……」人形の顔は、トリの方を向いた。「わざと間違えたりする」
トリは、心外だなぁ、と言わんばかりに肩をすくめた。
「僕が間違えるんじゃないですよ。僕がどちらかのことを呼んだ時に、そちらが勘違いしているんです」
「屁理屈。結局遊んでいるだけだ」
「だったら、僕があなたにもっと素敵な新しい名前を付けましょうか」
「断る。絶対趣味が悪い」
「失礼な……」
二人の会話を聞いていて、苗の頭の片隅に、ふっと浮かんでくる。切り札にも、陥れるものにも化ける、まるで人をからかっているかのようなトランプのカード。
それはまるで、トリのようではないか。そう思うと同時に、口に出していた。
「ジョーカー……」
「え?」
「いや、彼女の話じゃないんですけど……でも……もしもトリさんに新しい名前を付けるとしたら……ぴったりの名前じゃないかって」
「ジョーカー……が、ぴったりですか?」
トリはどこか残念そうに眉をハの字にしていたが、苗は構わずしっかり頷く。
「はい」
すると、けらけらと少女の笑う声が響き渡った。
「いいね、それ」
ますますトリは不満そうな顔をして、抗議をする。
「でも、ジョーカーのカードはなんとなく不義理な感じがしませんか」
「だからだ!」
そう叫ぶように言って、少女はまた盛大に笑った。そんな彼女の笑い声に乗っかるように、人形師がぼそりと呟いた。
「自分が義理堅い人間だとでも思ってたのか?」
「僕ほど義理堅い人間もそうそういないですよ」
「自分でそう言うやつほど不義理な人間は実際いないよ」
そんな人形師の言葉を援護して追い打ちをかけるように、人形の少女が言った。
「私、知ってる。あのお茶会にそこの彼女を連れて行くって言ってたのに、その前にいなくなっちゃったでしょう」
「ああ……それは……」
トリは言葉を濁して、明らかに困った顔をする。人形だから、少女の表情は変わらない。だが、これが人間の体であったならば、きっと自分の優位を確信した薄笑いを浮かべていただろう。
「言えないのか?」
「言い訳をする不義理はしません」
「やっぱり屁理屈好きの不義理じゃない。ジョーカー……って本当に今から呼ぼうか」
ちくりと突き刺そうとしても、トリにとってはまったく痛手にもなっていないのは明白だった。涼しい顔をしたままだ。
「好きに呼んでください。僕の名前よりも、考えなきゃいけないのは、あなたの名前でしょう」
「いいんだ、コトハで。いまさら違う名前で呼ばれてもしっくりこない」
「でも、変えたっていずれ馴染みますよ。前の名前の方に違和感を覚えてしまうくらいには。呼び名なんて、それくらいいい加減なものです」
すっくと立ちあがった人形の少女は、とことこと足音を高らかに響かせながら、トリのところまで歩いて行った。何をするのかと思えば、脛に蹴りを一撃。
「名前は、ただ一つの私のもの、なの。……わかった、ジョーカー?」
もう一発、彼女は蹴りつける。脛を押さえながら、トリは穏やかに微笑んで見せた。それでも、腹の中で噴火しそうなマグマを必死に押さえつけているのは、はっきりわかる。
「これは失礼しました。だけど、僕のことはお好きに呼んでいいですよ」
「どうせトリっていう名前だって、偽名だよね」
「嘘だとか本当だとか、そんなことに意味はありません」
皮肉だろうか、この言葉は。
けれど、それを真正面から受け止めて、人形の少女は腕組をし、鼻を鳴らした。
「私、あなたのこと苦手。嫌いっていうのとは違う、苦手。だから、ジョーカーという名前があなたにぴったりだっていうのにも、とても頷ける」
「俺も苦手だ。自分の心は絶対に見せようとしないから、何を考えているかわからない」
コーヒーを飲みながら、人形師までもが同意をする。苗にとっては、それは意外だった。確かに、人形師はトリと噛み合っていないというのがなんとなく見て取れたが、そんな正面を切って苦手だと言うような類のものだったのか。
「嫌い、じゃなくて、苦手……ですか」
苗の問いかけに、二人のコトハは同時に頷いて答えた。
「ああ」
「そうだよ」
気持ちいいくらい、すっぱりと切り付けるようだ。
けれど、苗にはわからない。
そりゃあ、あのお茶会の場ではわかりたいのにわからせてくれいないことを、もどかしく感じもしたし、からかったり、はぐらかしたりして、全く本当の姿を見せようとしないトリに、困惑させられたり腹を立てたりすることはあるけれども、だから苦手だと思ったことはなかった。どこかで、そうやって彼に振り回されることも、それはそれで楽しいと思う自分がいたことも、否定できない。
でも、それをどう受け取るかは、やはり人それぞれ違うのだろう。
トリのことをそういうふうに思って正面から投げつける人にショックを受けているのか、それとも、トリに振り回されるのが嫌ではないという自分に気が付いたことにショックを受けているのかはわからないが、とにかく、苗は胸の内にある黒いざわめきで落ち着かなくなった。
トリ自身は、目にゴミが入ったほどにも思っていないようであるが。
「好き放題言ってくれますね」
「まあ、本人にはっきり言った方がいいこともあるよな」
人形師のその一言で、苗は納得してしまった。苦手、という言葉の裏にある心を。
おかげで、黒いざわめきが、急に色めいて来た。とくん、と、きちんと脈打って血が流れるように。
それは、つまびらかにするものでもないのかもしれないけれど、でも、正しく伝わるべきだ。
だから、苗は口に出していた。
「それは、裏を返せば、わかりたい、っていうこと……ですよね」
その言葉に、人形師は困ったような顔をした。そして、どこかそれを誤魔化すようにコーヒーをまた一口飲む。
「はっきり言うと照れくさいから、わざと濁したのに」
「あ……ごめんなさい」
「まあ、でも、どっちみち言っても言わなくてもトリにはバレているだろうけれど」
「わ、私もそうなんですけど……どうしたらいいですかね」
「それを、出来てない俺に相談されてもな」
「そうですよね……」
「まあでも、そういう気持ちだけでも相手がわかっているなら、どうにかならんこともないんじゃないのかな」
「そ……そうですかね」
「多分な」
彼のような愛情表現もあるのだと、苗は内心ほっとしていたけれど、人形の少女は釘を刺すように言い放つ。
「私は本当にただ純粋に苦手だ。何で、ここに来た」
「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですか」
トリの態度は、きっと彼女のことをからかっているように映るだろう。だから、余計に反感を買うのだ。
「あなたは、この場に必要ない」
容赦なく言葉のナイフで切り付けて行く少女を止めるように、苗は慌てて割って入った。
「わ……私が一緒に来てほしかったから。だから、トリさんはそれをわかってくれたから、着いて来てくれたの。きっと、そういうことなの」
「何で?」
「何でって……」
理由を聞かれても、はっきりとは答えられない。明確に言葉にできるものがそこにあるわけではないけれど、それでも、苗が彼に一緒に来てほしいと思ったのは確かだ。トリはそれをわかってくれていたのだ。ただそれだけのこと。
何故だろう。もしも、あのお茶会の場所まで行くことも、トリが一緒だったなら、あそこまで迷わなかったのではないかというような気がしたのだ。だから……。
それをどうしてなのかといわれるとわからないが。
あれこれはっきりとした理由を考えていて、苗が言葉に詰まっていると、人形師がにやにやと笑いながら言った。
「そりゃあ、訊くだけ野暮ってもんだろう」
「ふーん……」
人形の少女はよくわかっていないようだったが、苗には、人形師が言わんとしていることがわかってしまった。
急に、体中が熱くなってきてしまう。そして、ふにゃふにゃと力が抜けて行くが、苗は必死にそれに抗うように、ぶんぶんと首を振った。
「いや、あの、ち、違います……そういうことじゃなくて……」
しかし、もう遅い。苗の頭の中にその思考が浮かんでしまった時点で、トリにはもうわかってしまっているのだ。
彼は、にやにやと笑っている。
「へぇ……」
「だから、違いますってば」
「でも、僕は僕のことを否定する人がいたって気にしませんよ。苗さんのように受け入れてくれる人がいてくれるから」
彼は、にこにこと機嫌良さそうに笑って言う。苗の本音を、この人はわかっているようでわかっていなくてわかっているから、ややこしいし、口で言うことなど最早ただの体裁でしかなくなるが、それでも苗は必死に繰り返した。
「そうですか……で、でも……そういうことではないですから」
「はいはい、わかりました」
「それに……私だって、誘ってもらえたので、人形を作るところを見たいという好奇心で来ただけで……この場所で何か役に立てるかと言えば、そうじゃないのはそうだし……」
謙遜というわけではない、ただの事実を述べただけのつもりだったが、人形師はその言葉に首を横に振った。
「いや、そうでもないよ。何で俺があなたをわざわざここに連れてきたと思う」
「え?」
「一緒に探してほしいんだ」
「何をですか?」
「彼女の仲間。ここにいるとは思うんだ。時折、何某かの気配を感じることがあるし」
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