超能力者と幽霊と狐娘

「そうだと思うよ。」

「うわっ、びっくりした…。」

「あぁごめんごめん、君に取り憑かせてもらったよ。そうすると思考も分かっちゃうもんだから、つい。」

 急に頭の中に穂萌さんの声が聞こえてきて思わず口に出してしまった。他の人の耳に届く前に音波自体を消したけど。

 この人、こういう芸当もできたのか……。

「出来るよ。ハルアキにはいつもやってたからついやっちゃった。ごめんごめん。」

「え、いつから私に取り憑いてたんですか?」

「教室の前。面白い奴が来たなあと思って、手近な君を選ばせてもらったよ。お陰で色々聞けて面白かった。」

「えぇ……。私のプライバシー0ですか……。」

「君が言えた義理じゃないでしょ。」

「確かにそうですけども……。」

「はは、詭弁だから。ごめんね。今度からは許可とるよ。多分今回で憑依されてる時の感覚わかっちゃっただろうし。」

「いや、全然気づかなかったです。」

「そう?ハルアキはいつも『憑依されてるとムズムズする』って言うんだけど。」

そのムズムズするがいまいちピンと来ない。ってこのモノローグも聞かれてるのか。

これまでは私が誰かの思考を覗く立場だったから、覗かれてる人はこんな気分だったのかなと思った。が、そもそも私の場合相手が覗かれてることを知覚される事はまずないのでこんな気分にはなるはずがないと帰結した。

「そうだね。」

やっぱり全部聞かれてた。ちょっと恥ずかしい。

「そういえば楓先生とはどういった関係なんですか?」

「ん?幼馴染だよ。」

「いや、それ以上に。何かありますよね。」

「……うん、あるよ。」

「差し支えなければ教えて頂きたいのですが。興味本位なので嫌なら結構ですが。」

「……そうだね、勝手に取り憑いた詫びもあるし教えてあげるよ。……私は10歳の時に死んだんだけど、私自身は厳密には死んでいないんだよね。」

「それは幽霊という意味でですか?」

「いや、そうじゃなくて。私の死因は事故死なんだけど、その時一緒にハルアキも巻き込まれて。私は頭を潰されて即死、彼女は内臓をぐちゃぐちゃにされて。それで私の臓器のいくつかを彼女に移植したんだよね。ドナーチェックとか一切してないし、本当はダメなんだろうけど一刻を争うと言うことで断行したらしい。まぁ運び込まれた病院が酉家のところだったから、人体実験的な側面もあったんだろうね。そんなわけで奇跡的に彼女は生き延びて、私は幽霊に。でも私の体のいくつかのパーツは今でも彼女の中で生きているってわけ。」

「人体実験って……酉家ってそんな物騒な事してるんですか?」

「してた、が正解。今はもうしてないよ。……酉家が今の医学薬学を急速に発展させたと言われているけど、それはそういう理由もある。全部能力を使って隠蔽してるけどね。」

「それで人類に寄与しているわけですけども……複雑な心境になりますね。」

「まぁとにかく、私とハルアキは文字通り一身同体……あ、心の部分を体の身ね。脳内イメージだとこういう冗談が伝わって楽。っと、私達は混ざってしまったから、私は魂が混濁してこんな猫みたいなツートンカラーになっちゃったわけ。」

「げ、もしかして脳内イメージ伝わっちゃいました……?」

「ばっちり。」

「……なんだか申し訳ないです。それで、生前は違うんですね?」

「こっちも悪いし言いたいことはわかるから気にしないで。あとはうん、全部金髪緑目。オッドアイでもオッドヘアーでもないよ。私の双子の妹が居るから、私も普通に成長してたらああなっていたのかな、って思ったりもする。」

「へぇ。一度お会いしたいですね。」

「そのうち会えるんじゃないかな。そのうちね。……っと、そろそろ授業が始まるし私はこれで。じゃあね。」

 すぅ、と体から何かが抜けるような感覚とともに穂萌さんが居なくなる。肩の荷が降りるとはこういう感じなのだろうか。

 穂萌さんはというと、どうやら教室を出て行く楓先生に取り憑いたようだ。

 ……敵に回すとかなり恐ろしい存在に思えるよなぁ、穂萌さん。私に取り憑けるというのもまた恐ろしい。狐娘にはそういった存在が避けてくるから今まで見てこなかったんだとまで言われたし、仮にもそう言われる私にあれこれ好き勝手できるって一体何者なんだあの人。

 とりあえず、ふと気になったので狐娘にテレパスで聞いてみよう。

「さっき、1つの体に二人分って言っていたよな。あれって楓先生のことか?」

「ん?ああ、違う違う。やけに禍々しい存在を感じたのでの、最初は楓だと思ったんじゃが……。」

「楓の中にもう2人おった。アレに取り憑かれておるから楓は夕月の干渉を受けなかったんじゃろうな。」

「もう2人?穂萌さん以外にも居るのか?」

「そういうわけではない。その穂萌とやらが更にもう1人内蔵している、そうじゃな、入れ子と言えばよいかの。そういう感じじゃ。」

「あー、マトリョーシカみたいな感じか。」

「それが一番近いかの。それでその内蔵しているのが問題で、正直穂萌単体でも半生き霊なのでかなり強い部類の霊じゃが、内蔵している奴の方がその比ではない。恐らく、数年前までこの街におったあの悪霊じゃろうな、あの規模は。」

「あの悪霊と言われてもわたしには全く見当がつかないのだが。」

「この街にはかつて交通事故で死亡した女児の霊がおっての。そのこと自体は悲しいが結構あることなんじゃが……。10年もの間地縛霊として存在していたそれは、初めは人の憐憫を、そして下衆な連中が下手な怪談の題材にしたことで人々の恐怖を吸収し、気づけば酉家でも祓えないようなものにまで成長していたのじゃ。」

「なんでまたそんなことに。」

「インターネットの普及というのは恐ろしいものでの。わしら妖怪やお化けなんかは人が向けてくる感情のベクトルを存在エネルギーにして存在しておる。……なまじ奴は『人々の同情を買いやすいこと』、『どっかの誰かが作った彼女を基にした怪談が流行ってしまったこと』、『彼女が写った写真が本物の心霊写真としてインターネットにばら撒かれたこと』が連鎖して日本だけでなく世界中の人から感情のベクトルを向けられてしまったのじゃ。そうなってくると存在する力が強すぎてただ存在しているわけにもいかぬでの。周囲にいる霊も片っ端から取り込んで同化していってしまうんじゃよ。引力によって1つの岩から巨大な星が出来るようにの。」

「ただ巨大化しただけならそんな脅威になるとも思えないんだが……。」

「別に大きさが巨大化したわけではないぞ、比喩じゃ。見た目もサイズも子供のままじゃよ。……それで彼女はその小さな体に霊を取り込みすぎたんじゃ。大抵の人間は死んでもすぐ成仏するが、霊として残っているような奴はよっぽど強力な未練があるかなんらかの理由でこの世との繋がりが残っているかの2つなんじゃ。勿論前者の方が圧倒的に多く、そういう未練は大概恨み言じゃ。そんな呪詛の塊みたいな霊を何体も取り込んでしまったせいで、彼女自身もどんどん歪んでいってしまったようじゃの。きっかけは憐憫で巨大化した霊じゃ、そういった負の感情とは親和性が高すぎる。堕ちる時は簡単に落ちてしまったのじゃ。」

「私にはまだピンと来ないんだが、どれだけ強かったんだそれは?」

「そうじゃのう、魔法少女の育成が再開されたぐらいには、かの。」

「……ちょっと待て、魔法少女は確かに何かと戦う事に備えてたみたいな事を言っていたが、その相手って幽霊だったのか?」

「そうではない。元々魔法少女と呼ばれる連中は異世界からの介入を受けた者達じゃ。異世界の野心家がこちらの世界を侵略しようとしたようでの。それを止めようとした異世界の良心派が対抗措置としてこの世界の適性がある……この場合は持っている魔力量が高い奴じゃな、そいつらを人為的に魔法が使えるようにして防衛させたのが魔法少女じゃ。」

「とうとう異世界まできたか……。」

頭痛くなってきた。そのうちパラレルワールドまで出てきそうだ。

「まぁそのメカニズムに目をつけたのが酉家での。何かに活かせないかと考え、技術自体は見て盗んで持っていたようじゃ。……そして、インターネットが産んだ怪物の危険性を認識した酉家は、急遽その対処のために見よう見まねで魔法少女を育成し始めたようじゃの。魔法も結局はお主の超能力やわしの妖力と同じ力で動いておる。幽霊にも効くだろうて。」

「インターネットにより簡単に世界中の人間の感情のベクトルを集められるようになってしまった現在、第2第3の強力な悪霊が現れかねない……酉家はそう思ったってことか。」

「そうじゃろうな。酉家の奴もそう言っておった。」

「……お前、やっぱり酉家と仲良いんじゃねえか。」

「勘違いするでない。確かに酉家の友人はおるが、酉家全体で見ると嫌いじゃ。」

「はいはい。……それで、その悪霊は結局どうなったんだ?魔法少女が倒したのか?」

「それがのう、そいつが起こしたある事件の後になぜか消えてしまったんじゃよ。さっきまでわしも何故消えたのか見当もつかぬぐらいには突然じゃった。」

「さっきまでは、って事は今はついているんだな?」

「うむ。簡単な事じゃよ。穂萌に飲まれたんじゃ。」

「ん?さっき穂萌さんの方が弱い的な事言ってなかったか?」

「普通なら、な。ただ、その悪霊と穂萌に上下関係が最初からないとすれば?」

「……そういう事か。正直ちょっと察してた。」

「察しの通りじゃ。その悪霊も穂萌なんじゃろう。先程感じたことから推察するに、穂萌は事故でなんらかの繋がりを楓と持った。しかし同時に楓と繋がりを持たないもう1つの穂萌も生まれてしまった。その繋がりを持たない方と持つ方が、最終的にまた1つになったという感じじゃろうな。」

「……すごいなお前、確かに本人がそんな事言っていたよ。」

「まぁ、流れを見れば繋がりの有無はわかるしの。それに気配も似ておったのでの。」

「これで1つ疑問が減ったよ、ありがとう。」

「お主に礼を言われるとなんだかこそばゆいの。……ところで、当てられとるぞ?」

「え。」

 とっくに授業は始まっており、本当に当てられていた。

 魔法少女は相変わらず既に寝てて役に立たなかったので狐娘に解いてもらい事なきを得た。

 こいつ、数学できるんだな……。

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