定番のカレー

「さて、じゃあ早速やっていくかの!」

「おー。」

 乗りかかった船なので私も一応夕食作りを手伝うことにした。どうせ暇だし、流石にこの量を一人(一匹)で作らせるのは忍びなかったからな。

「今日はカレーを作ろうと思うのじゃ。」

「おいおい、昼に食べたばっかだろ。」

「お主はあれをカレーとやらだと言うのか?」

「いや、そうは思わないが……なんでまたカレーなんだ?」

「料理の王道といえばカレーじゃからの。」

「んー、まぁ、たしかに。」

「やはり王道なんじゃな。いろんなアニメなんかに出てくるので気になっていたんじゃ。」

「あれ、食べた事ないのか?」

「ないのう。わしは飲まず食わずでも生きていけるからのう。かといって食べれないわけではないんじゃが、飲食も多少は妖力に変換されるものでの。封印されている間は何も食わせてもらえなかったんじゃよ。」

「うわぁ、つまり久方ぶりの食事がアレかぁ……。」

「うむ……。正直、久しぶりすぎて食物が須らくああいう刺激物だったかと一瞬迷ったぞ……。その後すぐに意識を失ったので一瞬じゃがの。」

心境を察すると涙を禁じ得ない。とても可哀想。

「あと飲食が妖力になるってことは、あいつがあんな量食べるのは魔力が関係していたりするのか?」

「どうじゃろう。あれはただの健啖なだけじゃと思うぞ。」

「そうだよなぁ。私もあんまり食べるほうじゃないし。」

「お主はもっと食べた方がいいと思うぞ。貧相な身体じゃし。」

「おうよくも胸を見ながら言ってくれたな。」

「まぁまて、そう怒るな。貧乳も希少価値なのじゃろ?」

「お前は人のこと言えるのかよ。どうみてもちんちくりんじゃないか。」

「わしは今はこの姿じゃが、以前はちゃんともっと妖艶で豊満な姿をしていたのじゃぞ。」

「でもお前言ってしまえば化け狐なんだろ。好きな姿に化けられるんじゃないのか。」

「うぐ、まあそういうことじゃが……。元々わしらは人より遥かに小さい生き物じゃからの、自身の肉体を変化……俗に言う化ける行為は、元のサイズから離れるほどより多い妖力を使うのでの。今は妖力の温存の為子供にしかなれぬが、昔はその気になれば鬼ぐらいには化けれたぞ。」

 鬼って実在したのか。したんだろうなあ。こいつが言うぐらいだし。桃太郎や一寸法師なんかも実在したのかもしれないな。なんだかどんどん現実と空想の境界があやふやになってきた。

 普通の人間からすれば非現実の塊みたいな私が言うのもおかしな話だが、私が思っていた世界の輪郭がここ数ヶ月ですっかり瓦解して、認識がどんどん歪曲している気がする。目に見えているものが現実と認識できず、逆に空想が非現実だと認識できず。どちらが真実なのかもわからないまま、自我だけが暴走して、肉体と乖離をしているような、例えるならまるで宙に浮いたり、水中を揺蕩うような、そのような感覚が常につきまとっている。

 ところでそんな主観的現実は現在カレー作りの真っ最中だ。キャンプの炊き出しを彷彿とさせるような巨大な鍋に超能力で一瞬で切った具材を入れていく。

 私達は何もせずただ談笑しているだけだが、まな板上や鍋の中では着実に工程が進んでいく。何も知らない人が見たら一人でに物が辺りを飛び回るこの異様な光景に慄く気がする。

 ルーを投入すると、昼の劇物とはうってかわってなんとも美味そうな匂いが立ち込める。その匂いにつられたのか、魔法少女が階段を降りてくる音がする。

「あれ、またカレーなんだ。」

「ああ。大丈夫か?」

「全然大丈夫!私カレー大好きだし!」

 気持ちいいぐらいの笑顔をしつつ親指を立てる魔法少女。お前が好きなのは胃に入るもの全てじゃないのか、と思ったが口には出さなかった。

 さて、カレーも完成したので片付けを始めたわけだが、実は調理開始時から知覚できてはいたが認識するのをあえて拒んでいた物がある。

 魔法少女の家のキッチンはかなり大きく、私の家のようにまな板をシンクの上に置いて料理する必要などない。だからこそシンクのこれをどうにかしたくなかったのだが、洗い物となるとどうしてもこれを処理せざるを得ない。

 ……魔法少女が作ったカレーとは認めたくない刺激物と反応してドロドロに溶けた鍋と、先ほど焼いていたクッキー生地のボウルにへばりついて残っていた部分が混ざって何やらやばい色のスライム状の何かがモゾモゾ蠢いているのだ。

 シンクがなぜ溶けないのか疑問に思いつつ、彼女が生み出してしまったものをどう処理したものか考えている。というかあいつ毎回こんなやばいもの作っているのかと考えると、鍋とか毎回使い潰しているだろうしどうしてるんだろうかと思わなくもない。

 とりあえず魔法少女にいつも洗い物をどうしているか聞いてみた。

「うん?普通に洗剤で洗ってるけど?」

 お前はこれに洗剤をぶっかける勇気があるのかと思いつつ試しに洗剤をかけてみる。

 ……かけたところから元の鍋に戻っていくのを見て倒れそうになった。

 物理法則を完全に超越したまるで魔法のような光景に流石の狐娘も目を見開いている。なんかすごい顔してる。フレーメン反応みたいな。

 とにかく、ドロドロに溶けて蠢いていたスライムは洗剤のマジカルパワーで元の鍋に戻った。意味がわからない?私もわからない。多分夢でもみてるんだろう。とびきりの悪夢を。

 私の能力はあくまで私の想像力に依存するものだ。狐娘にも言われたが、私がしようと思ったことを実現させる能力。例外として時間に関わることはできないが、それ以外なら思いつく限りなんでもできるはずだ。

 対して、目の前で起こった事は私の想像を遥かに超えている。あのような事は私の能力では不可能だ。彼女、実はとんでもなく恐ろしい奴なのでは?

 狐娘も同じ事を思ったのか、青ざめた顔でプルプル震えている。頑張れ。奴が世界を破壊するのを止められるのは、お前だけだ。世界の命運はお前に託された。

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