酉家
「やり直し。」
「なんと!?完璧ではないか!」
「どこの世界に巫女服でほっつき歩くやつがいるんだ!」
「ここにおる!」
「お前だけだよ!!」
流石にその格好だと悪目立ちするし私がツレだと思われたくないから一緒には行かないと諭すと流石に渋々了承してくれた。
狐娘がパチンと指を鳴らすと巫女服が青白い炎に包まれた刹那に普通の洋服に着替えていた。最初からやれ。
改めて出発。流石に人が居るところにテレポートするわけには行かないのでちゃんと行く。
本当に長年封印されていたのだろう、街並みを見てほぅ、へぇ、なんて横でつぶやいている。
「やはり珍しいか?」
「そうじゃのう、ここらも昔は田畑が並ぶ緑豊かな場所だったはずじゃが……時代は変わったのう。」
「そりゃまあ、おそらく何百年と経っているしな……。」
「それでもここ100年ぐらいは尋常じゃないぐらい変わっておるよ。人間もずいぶん進歩したの。何かあったらすぐわしらのせいにして勝手に恐れていた頃が懐かしいわい。」
「今や科学の時代だからな。その分科学から外れた私の超能力や魔法なんかのオカルトの類は信憑性を欠いたわけだが。」
「そういえばお主、随分人目を気にしておるようじゃの。それだけの力を持ちながら、言うなれば影でこそこそと生きているように感じるぞ。」
「それで間違っちゃいないさ。」
「なんだかもったいない気がするのう……。」
「人間社会で生きるためには、人間の枠を外れちゃいけないんだよ。私の力は間違いなく脅威だし、絶対に面倒な事になる。それならいっそ隠し通す方がいいのさ。」
「うーむ、酉家の奴らのように好き勝手やってるのもおるのに。」
「そういえばずっと気になっていたんだが、酉家って何だ?」
ちなみに今の会話は全てテレパシーでやり取りした。
それはさておき、狐娘が度々口にしている酉家。この世界には酉家グループという製薬会社を主体とした巨大財閥があるが、そこと何か関係があるのだろうか。
「お主も流石に酉家グループぐらいは知っておるじゃろ?」
「まぁ、流石に。あの会社が医学薬学の進歩を100年早めたと言われてるしな。」
「そうその酉家なんじゃよ。あそこは元々ここらの領家での……。酉家の始祖がお主のように先天性の能力者で、以降代々何らかの能力を持っておる。奴らはその能力を用いて政治と祭事、二つの『まつりごと』を取り仕切って一帯を支配しておったんじゃ。今ではそれをビジネスに利用してなし上がっているようじゃがな。」
「マジか、知らなかったな……。その始祖はどんな能力だったんだ?」
「あやつの事ならとてもよく知っておるが……。そうじゃな、簡単に言うと運命を操る能力じゃな。」
「何だそれ。」
「説明が難しいのじゃが……未来予知と過去改変とでも言うべきかの。大局を意のままに操れる能力とも呼ぶべきか。まぁ、仔細は選べなかったようじゃがの。」
「待ってくれ、全然わからん。」
「うー……例えばそうじゃな、酉家が1000年続くように運命を弄った、ってところかの。」
「つまり、今の酉家はかつて始祖が栄えるように能力を使った結果で、どのように栄えるかまでは選べなかったって感じか?」
「その通りじゃな。ちなみに、以前は酉家は陰陽師として名を馳せておったのじゃ。流行病なんかは実際に悪鬼羅刹の仕業だったりした頃じゃの。今では医学薬学に長けており、加持祈祷めいたものに見せかけた化学的に正しい治療行為を行なっていた、なんてことにしておるが。」
「それで製薬会社、か。」
「うむ。人間が爆発的に増えて医学薬学の需要は尽きることはないからの。元々頭が非常に切れる連中ではあったが、その本領が如実に現れていると言えるのう。正直あやつらは能力なんて無くても大成しておったと思うぞ。」
「能力者でしかも天才って事か。なんだか羨ましいな。」
「お主も非常に恵まれていると思うがの……。」
「いや、私は頭は良くないからな。頭が良かったらもっとうまく人生立ち回っているさ。少なくとも今両親と絶縁状態で一人暮らしなんて事にはなっていなかっただろう。この能力で得た物より失ったものの方が多いんじゃないかと思うほどには。」
「贅沢な奴じゃのう。その力を行使すればなんでも手中に収められるじゃろうに。」
「いや……私が欲しいのは、私の能力じゃ絶対に手に入らないものなんだ。それは他の如何なるものでも代えが効かないし、価値も決して額面で表せられるものじゃない。むしろ表そうとした時点でそれは価値を失ってしまう、そんなものなんだ。」
「……なるほどのう。お主も所詮は人の子と言う事じゃな。」
「察しがいいな。私は化け物だけど同時に人間だよ。それ以上でもそれ以下でもないさ。」
「ふふ、そう言うところまであやつによく似とるわ。」
自嘲気味に笑う私を見て、懐かしむような慈しむような目を向けてくる狐娘。なんかムカついたのでジト目で返す。
「誰だよ。」
「昔の知り合いじゃ。ずっと前、わしが唯一友と呼んだ人間にとてもよく似とる。」
「そうかい。そいつもロクでもない奴だったんだろうな。」
「ほう。何を根拠に?」
「類は友を呼ぶって言葉知ってるか?」
「確かにそうかもしれんのう!」
狐娘がかんらかんらと笑う。想定外の答えに調子が完全に狂わされてしまった。バツが悪いのでそっぽを向いていると、いつのまにか目的地に着いていた。
「着いたぞ。本屋だ。」
「おお、ここが本屋か。確かに見る限りでは本が大量に売っているのう。」
本は殆どが電子化され紙媒体も通信販売が主流となった現在でも、紙の本を並べた店の需要は一定数存在している。そう言った人たちのために今でもいくつかの本屋が残っている。
「お前の知る本とは色々変わったぞと言いたいところだったが、普通に部屋にライトノベルが散乱していたし知っているか。」
「まぁの、あそこの最大の娯楽は本じゃったからの。インターネットが出現する以前は。」
「封印されていた割には随分満喫していたようだが、あんな場所になんであんなに物が?」
「それは単純に酉家の奴が持ってきていただけじゃよ。あそこではわしは妖力を使えなかったしの。」
「あんな廃墟にか……。」
「まぁ、酉家じゃからの。造作もないことじゃ。」
「さっき言っていた能力ってやつか?」
「いや、物理的に運んでいただけじゃ。流石に月に一度ぐらいの頻度じゃがの。」
「その仕事やらされる人、何やってるんだろうって自問しないのか……。」
「ずっと同じやつが運んでいたからの。特にそういう様子はなかったぞ。」
「ずっとって、じゃあそいつ人間じゃねえだろ……。」
「そういうことじゃな。……お、この本なんか良さそうではないか?」
電子書籍の時代の今でも、こうした紙の本の需要はあるがその中でもこういうレシピ本は人気が高いのかかなりの数が置いてある。
そんな中から一つを選んだ狐娘が持つその本の表紙には、『サルにも出来る!簡単レシピ』と書いてあった。
「お前狐だろ。」
「そこ関係あるか!?」
「冗談。タイトルこそあれだが、中身はかなり良さそうだな。レシピ量自体は少し物足りないから、今後別の本を買うことにはなるだろうけど……入門には丁度いいんじゃないか。」
「そうじゃろ?では、これを買って帰るとするかの。」
「……で、お前金持ってんの?」
「そうじゃった。わし、無一文じゃった……。」
こちらが心配になるほどにしょんぼりしている。お前、無一文なのか……。
「無いなら私が出すよ。引っ越し祝いでもなんでも理由付けはともかく、金には困っていないしな。」
「……ふむ、お主もなかなか能力を悪用しているみたいじゃの……。」
露骨に悪い顔をしてニヤリとこちらを見てくる狐娘。これはあれだな、お主も悪じゃのう、ってやつだな。
「お狐様ほどでは。」
「うむ。よきにはからえ。」
「それじゃ帰るか。いくぞ。」
本を手に取ってそのまま店を出ようとする私を見て、不思議な顔をする狐娘。
「ん?勘定はせんでいいのか?」
「いいんだよ。この店ももうキャッシュレスになったし。」
「キャッシュレス……?」
「あぁ、なんというか、本一冊一冊にタグ付けされていて、持って店出ると勝手に口座から清算してくれるんだよ。昔は万引きっていう窃盗が多発してたらしいけど、この技術が導入されてからは無くなったらしい。」
スーパーやコンビニで導入されたこの技術はあらゆるものにマイクロタグを埋め込む技術を確立させ、あらゆるものが一括管理されるようになった。ちなみに率先して実用化させたのは酉家グループである。
「いやはや……時代は変わったのう。」
帰路で感慨深そうに唸る狐娘。若輩者の私にはこれが普通なので永きを生きる者の目にはどのように映るのかは分からない。そういえばこいつ、一体何年生きているんだろう。流石に聞きづらいので聞かないけども、そのうちわかるだろう。
帰りにスーパーにもより夕食の材料を買い揃えてから魔法少女宅に戻ってきた。バカみたいな量買ったのでスーパーと帰路で周りの人からめちゃくちゃ見られた。恥ずかしいのでその人達の記憶消しといた。どこから噂が広がるかは分からないからな。うん。
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