死線

 いや、3人分というにはあまりにも1人だけ量が多いのだが、もう見慣れたので3人分と認識できるようになった。

 メニューはカレーのようだ。母親が作ってくれたカレーを食べた記憶はわずかしかないが、具材だらけで非常に食べづらかった記憶はある。決して不味くはなかったのだが。

 一方、目の前にあるカレーは具は程よい量で、実に美味しそうだ。ああ、実に美味しそうだ。見た目は。見た目だけは。

 普通、カレーなら、匂いでカレーだとわかるはずなのだ。階段を降りている途中で気づくことも可能だろう。そこまでいかずとも、ある程度近づけば匂いでわかる代物だ。

 しかし、私はこれを目で見て認識するまでカレーだと思わなかった。それほどまでにこの目の前の料理が放っている香りは奇妙なものなのだ。見た目は完璧なカレーなだけに余計に異質さを際立たせており、好奇心よりも恐怖を感じる。

 改めて匂いを嗅ぐと、決していい匂いではない。というかこれ、刺激臭がする。食物からしていい匂いではないと思う。いやこれ本当に食べて大丈夫なものなのか。なんだか脳が本能で拒否しているのか、目の前のカレーライス(仮)にモザイクがかかって見える。

 恐る恐る顔を上げると、狐娘も同じような表情をしている。

 私が下を指差すと、ブンブンと首を振った後、無理無理とジェスチャーを送ってきた。わかる。私もこれは口に入れたくない。

 そんな私達をよそにこの異常物質を作り出した張本人は美味しそうに食べている。その様子を見る分には大丈夫そうだが……。

 狐娘も同じことを思ったのか、私達は目を見合わせ、そして思い切って同時にそれを口に入れた。

 ……宇宙が見えた。この世の真理を垣間見てしまった気がする。チカチカと視界が明滅した後暗転し、やがて霧が立ち込めると同時に明るくなってきた。あ、おばあちゃんが川の向こうで手を振っている。いや待てうちの祖母は両方とも健在のはずだ。誰だあのばばあ。ばばあに思いっきり中指を突き立てると、私は現実で意識を取り戻した。

「ハッ!?」

 飛び起きるとそこは見知らぬ天井だった。と言っても真っ白な部屋ではなく、どうやら魔法少女の家の中のようだ。

 なぜわかったかというと、先程縮地で運び入れていた荷物が大量にあるからだ。

 隣では部屋の主、狐娘が魘されている。

「うぅ、嫌じゃ、わしは働きとうない……知ってるのじゃ……人間は皆おかしいのじゃ……毎日毎日仕事づくめで辛い辛い言いながら生きているのはおかしいのじゃ……やめるのじゃ……わしは働きたくないのじゃ……やめるのじゃ〜……。」

 どういう夢?走馬灯?幻覚?を見ているのだろうか。ロクでもないものなのは確かだが。

 あれは……食べ物ではなかった。もはや兵器である。何をどうしたらあんな物質になるのか皆目見当もつかない。化学が苦手だからかもしれないけど。

 そんなものを美味しそうにモリモリ食べていたあいつは本当に人間なのかと疑問に思いつつ、狐娘の頬をペシペシと叩いてみる。起きない。指でつんつんしてみる。プニプニして気持ちがいい。そして起きない。つまんで引っ張ってみる。おお、伸びる伸びる。

「んぅ……?」

やっと起きた。

「ここは……冥府か?」

「浮世だよ。人の顔見て死んだと確信するな。まだ死んでないぞ。」

「すまぬ……お主も一緒に死んだと思っての。はっきりとかつて死んだ兄弟が見えたしつい……。」

「いや、まぁ確かに死んだと思っても仕方がないなあれは。私も誰か知らないババアが見えた。」

「なんじゃそれは……。」

「まぁとりあえず、生きてはいるみたいだな。今何時だ?」

 この部屋には時計がない。ニートには必要なかったのだろう。

 私の部屋の時計を遠視したところ、昼の3時だとわかった。だいたい2時間ぐらいぶっ倒れていたことになる。

「やれやれ、とんでもない目に遭った……。」

「全くじゃ……ん?」

「どうした?」

「なんだか、体が軽いのう。」

ぐいぐいと体を捻る狐娘。

「ん、確かに。スッキリした気分だな。」

 真似して同じような動きをすると、確かにいつもより身体が動かしやすい気がする。疲労回復というか、基礎筋力が上がってるというか。ゲームでいうとHPが回復してさらに最大値も少し上がってる感じか。よくわからないが。

「まさかアレの効果か?」

「そうとしか考えられぬが……。」

「うーん、でもこの効用の為にアレを食うのは……。」

「死んでもごめんじゃな……。」

「下手したら死ぬけどな……。」

 2人で複雑な心境になりつつ下に降りると、魔法少女がクッキーを焼いていた。

「あ、2人とも起きたんだ。おやつに焼いたんだけどクッキー食べる?」

 全力で拒否した。差し出してきたクッキーが何故かモゾモゾ動いているのが見えたからだ。

 あいつ実は「太陽を消す」以外にこういうやばい料理を作る魔法も持ってるんじゃないか?

 これからここに住むことになる狐娘は、毎食ああいうのが出てくるかもしれない可能性にカタカタと震えている。ご愁傷様。

 ちなみにあいつの脳内では私達は疲れで倒れたことになっている。残された危険物は一人で処理したようだ。実際他人が作った手料理に対して失礼な表現ではあるのだがあれに対しては処理という表現が正しいだろう。

「そ、そうじゃ!ただ住まわせてもらうのも気がひけるし、料理ぐらいはわしが作るぞ!」

 脂汗を流しながら打診する狐娘に、脳内で話しかける。

『お前料理できるのか?』

『いや、正直やったことはないが、アレよりかはマシじゃろう……。』

『まぁそうだな、少なくとも命の危険を感じる代物は作らないからな……。』

 流石自称大妖狐、突然のテレパスにも全く動じない。それどころじゃないからかもしれないが。

「えー、大丈夫だよ。それに私、かなり食べるし。他人にあの量作らせるにはちょっと……。」

 ものすごい量を食べてる自覚はあったんか。そこに驚きだ。

「いやいや大丈夫じゃ!満漢全席だろうと余裕じゃ!大船に乗ったつもりで任せてくりゃれ!」

 身振り手振りで大袈裟にアピールする狐娘。見た目が子供だけにとても微笑ましいものになっている。ただこいつ、余裕で私達より長く生きているんだよな……。

「得意料理ってあるのか?」

 長く生きているんだし、私たちが知らない料理の方が得意そうだなと思った。

「ハンバーグじゃな。」

予想とは裏腹にかなり現代的で俗世的だった。

「うーん……それじゃあ申し訳ないけどお願いしようかな。」

「任せるのじゃ!命と腕によりをかけて作るぞ!」

 腕まくりをしてアピールしている。命をかけているだけあって必死だ。必ず死ぬと書いて必死だから演技でもないが。

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