魔法少女宅

 眼が覚めると、時計は9時を指していた。昨日の仕事が思ったより長引いてしまい少々夜更かししたため、つられていつもより起きる時間が遅くなってしまったようだ。

「うっわ、すごい寝癖。」

洗面台の鏡には、寝起きで酷い顔をした私とそれ以上に酷い寝癖が映っていた。手を使うより楽なので超能力で水や洗顔料や櫛やドライヤーを動かし、少しは人に見せられる頭になった。

 着替えて身支度を整えると、20分になった。学校がある日はたびたび無理して食べるが、基本的に私は朝はあまり食べられないため休日は朝食なしの方がほとんどだ。まぁつまり、何も食べないまま魔法少女の家に向かった。

 魔法少女宅までは5分かからなかった。予想通り、かなりご近所さんだったようだ。数分早いが、表札を確認し、一応チャイムを押す。……反応がない。仕方がないので、誰かに見られてもいいようにカバンから鍵を探すふりをして、超能力で鍵を開け、ドアを開けた。

 中に入ったものの魔法少女宅は2階建てで、彼女の部屋がどこにあるかはわからない。とりあえず2階かな、と2階に上がると1つだけ扉が閉まってる部屋がある。廊下の突き当たりだ。それまでは、全て扉が開いている。閉まっている扉に向かう途中開いている扉を覗き見ると、トイレ以外は全て何もなく、空っぽだった。

 最後の扉を開けると、そこが魔法少女の部屋だった。思っていたよりも片付いており、部屋は小綺麗にまとまっている。机と本棚、意外にもちゃんとしたパソコンデスクにベッド。なんだかいい匂いがするし、全体的には美少女らしい部屋といえば美少女らしい部屋である。

 ベッドにはすぅすぅと寝息を立てる魔法少女がいる。とりあえず、言う通り持ち上げて落とす前にほっぺたをつっついてみる。モチモチしててやわらかい。しかし、全く起きる気配はない。こうなると、もっとイタズラしたくなってしまう。布団を少しまくると、寝間着がはだけてデコルテが露わになっている。こうしてみるとやはり大きい。貧相な身体がコンプレックスな私としては正直嫉妬も覚える。気づけば、衣服の上からでもわかる巨大な双房に手が伸びていた。もにゅ、と心地よい感触がする。私のそれとは残酷なほど違う感触だ。

 それにしても、乳房を鷲掴みされているというのに目覚めそうにない。無防備すぎるし眠りが深すぎる。仕方がないので、手を離し少し離れると言われた通り10cmほど持ち上げ、落としてやる。ドシン、とベッドの上で跳ねた。

「うわぁ!?あっ、おはよう……。」

「おはよう。よく眠れたか?」

「うん、おかげさまで……。ちょっと待ってて、支度してくるから。」

起き上がった魔法少女は当然の事ながら髪を結んでいなく、長髪をそのまま下ろしている。普段は二つ結びにしているため、見慣れないその姿と服装で、初対面のような錯覚を覚える。と言っても別に出会ってそんなに日が経っているわけではないけども。ただ、紛う事なき美少女である彼女の無防備な姿は、同性から見ても煽情的に感じた。

 トットッと階段を降りていく音が聞こえる。魔法少女が身支度をしている間暇なので彼女の部屋を見渡す。衣服の類は1階にあるのだろう、この部屋にはクローゼットが見当たらない。改めて見ると小綺麗というより、全体的に殺風景な部屋だ。それもそうか、こっちに戻ってきたばかりだと言っていたしな。確かに、部屋の隅には開けられていないダンボールもまだ置いてある。本棚も空っぽでよく見ると埃を被っており、おそらく彼女が帰ってくる前からそのままここにあったものなのだろう。

 いやでも目につくのがパソコンデスクだ。普通の画面に加えて、机上に斜めにもう一枚画面が置いてある。パソコン自体も彼女が使うにしてはかなり大きく、本当に彼女のものなのかと疑いたくもなる。部屋全体の絶対数が少ないとはいえ散見される物はどれも女の子らしいファンシーなものばかりであるのに、この一角だけ異様な雰囲気を放っている。

 私も詳しいわけではないが、あんなにしっかりとしたパソコンはネットの広告でしか見たことがない。ゲームでもやる用なのだろうか。確かに彼女の部屋にはゲーム機はおろかテレビすら見当たらないが。しかし、ゲーマーだとすれば逆に家庭用ゲーム機がないというのも少し変だ。他に持ってそうなイメージもある。私はゲームはほとんどやったことがないので完全な偏見だし、わからないが。

  パソコンの前でにらめっこをしていると階段を昇ってくる音が聞こえた。支度が整ったのだろうか。足音が近づき、そして「お待たせ。」と魔法少女が戻ってきた。

 可愛い。戻ってきた彼女を見た率直な感想がそれだ。

 普段は二つ結びの髪を今日はストレートにおろしている。その代わり普段はしていないカチューシャをしており、それがまた何故か腹が立つほど似合っている。服装もどこぞのお嬢様が来ていそうなワンピースにコート、そしてサイハイソックスで絶対領域を作っている。

大人びた印象の彼女に対し、私なんて中学生のような服装だ。適当なTシャツにアウター、それにハーフのデニムとハイソックス。並ぶとより子供っぽさが際立つ。確かに先月までは中学生だったけども。発育も芳しくないけども。くそう。

 こんな時間だし朝はいいかな、と2人して朝食を摂らずに駅へ向かう。普段学校へ行く道とは正反対だ。

 慣れていないと簡単に迷いそうな住宅街を進んでいくと、少し開けた道に出る。この辺りの幹線となる道路で、休日だけあってなかなか混んでいる。あとはこの道を行けば駅まで着く。バスもあるが使うかどうか迷うような距離だ。

「どうする?」

バス停に親指を向けながら訪ねてみる。正直、どっちでもいいから任せたい。

「うーん、別にいいかな。急いでるわけじゃないし。」

「じゃ、歩くか。」

まだ冬の寒さを残すかのような風が時折吹くものの、春の陽気は暖かい。駅までの道のりはむしろ心地よい散歩となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る