初めての授業

 次の日、昨日より30分以上早く家を出た私は、またもあの曲がり角で魔法少女にでくわした。

「おはよう。また会ったね。」

「また会ったねと言っても、どうせ学校で嫌でも顔付き合わせるけどな。」

「それもそっか。一緒に行く?」

「おう。」

 昨日初めて会ったばかりだと言うのに、なんだかもう十年来の付き合いのような気さえしてくる。私って、こんなに馴れ馴れしい性格だったっけ。それとも、彼女の人柄がそうさせるのだろうか。

 今日からいよいよ授業が始まる。中学の時の教師は「高校はレベルが違うからな、このままだとついていけなくなるぞ。」が口癖だったが、どんなものか。私は別に勉強が得意なわけではないので、入試なんかも絶対にバレないカンニング……家に置いてある教科書や参考書を超能力で遠隔で操作し閲覧する、なんかを使って切り抜けてきた。英語はてんでダメ。全然わからない。余談だが、人間の思考は言語によって行われるため、その人が習得している言語と語彙によって制約を受ける。外国人の思考は読めても外国語なので全然わからないし、語彙が未熟な子供の思考は凄く単純な言葉になる。

 一時間目は英語。朝一でつらい授業だ。第一、英語なんてわかんなくても日本から出なければあんまり困らないと思う。最悪、私なら英語話者を根絶できるし。しないけど。

 ふと隣を見ると、授業が始まってまだ5分、というか高校最初の授業だというのに隣の魔法少女は机に突っ伏して寝息を立てている。すごい度胸だ。だが、英語担当のおばさ……お姉さん教師は気づいていないようだ。というか、気づかないようだ。これも彼女にかけられた魔法のお陰だろうか。正直羨ましい。もしかしてこいつ、何をしても周囲の人は異常じゃないと認識してしまうんじゃないか?

 英語教師は初回の授業だからと、まずは自身の自己紹介をしたのち、全員になんらかのテンプレートが印刷されたプリントを配り、それに回答するよう指示してきた。なるほど、手元の紙には最上段にmy profileと書かれている。何を書けばいいか悩むな。曖昧な説明から私もあんまり先生の話を聞いていないのがバレそうだ。

 隣を見るとまだ机に突っ伏している魔法少女の頭の上にプリントが置かれている。こいつの前の奴は頭の上にプリントを置く時少しでも疑問に思わなかったのか。それとも、わかってて無視したのか。試しに脳内を見てやろう。どれどれ……「profileってどういう意味だろう……。」……お前、よくこの高校受かったな。

 なんとか埋めてプリントを提出する。隣の奴は結局最後まで起きぬまま、プリントも回収されずに頭の上に残っていた。

 英語の授業の次もその次もその次も、結局午前の授業はずっと頭にプリントを乗せたまま寝息を立てていた隣の魔法少女が起きたのは4時間目終了のチャイムが鳴った時だった。

「あー、よく寝た。」

 両手をあげてぐいーっと伸びをする彼女の頭からプリント類がバサバサと落ちる。何枚か拾ってやると、それらを受け取りながらお昼一緒に食べようと誘ってきた。

 断る理由も特に無いので、2人して弁当箱を持って校内の散策に繰り出した。明らかに彼女の弁当箱は私のサイズの倍はあったが、気にしないことにした。栄養が全て胸に行くタイプなのだろう。私は全て腹に行く。ちくしょう。

 敷地内はそれなりに広く、廊下の窓から見える範囲で確認した感じだと中庭には東屋も存在する。何処に行こうか悩んでいると、屋上なんてどうかな、と提案してきた。大体屋上は生徒は上がれないイメージがあるが、ここはどうなのだろうか。まぁ試しに行ってみるか、と階段を登っていく。若干息も切れつつたどり着いた屋上への扉は、案の定固く閉ざされていた。まぁ、正直私の前では物理的な障害物は全て障子の紙みたいなものだが。

「開いてないかー、残念。」

「開けようと思えば開けられるけど。」

「うーん、どうしてもっていう程じゃないし。見つかったら怒られそうだし、いいかな。」

 高校生活最初の授業を今のところ全て寝ている奴のセリフか、と思いつつも階段を降りていく。登る途中でわかったが、どうやら校舎は階毎に学年が分かれているようだ。いきなり屋上へ行こうとして、立ち入れなくて結局帰ってきた一年生を見て、上級生が「わかる。」みたいな目をしているのが視界に入ってくる。うぅ、ちょっと目立ってしまっただろうか。

 結局、教室に戻り席で食べる事にした。途中で自販機でパック飲料を購入し、席に戻ると柏台が声をかけてきた。

「あの、私も一緒していいかな?」

「いいよ。」

「うん。」

「ありがとう。2人は、中学校が一緒だったの?」

「いいや、昨日会ったばっかり。」

「えぇっ、凄く仲が良いみたいだったから、てっきり。」

「まぁ、そう見えるよな。」

 やはり周囲からも仲が良さそうに見えてたらしい、ほんと昨日出会ったばっかりとは思えないな。

 軽く談笑しつつ夕飯の残りを詰めただけみたいな弁当を食べてると、 柏台が少し躊躇ったのち、箸を置き、口を開いた。

「ねぇ、あなた、魔法少女…なんだよね。」

「うん、そうだよ。」

「お願い、力を貸して欲しいの!」

「うん?」

 箸を持ったままの魔法少女の手を両手で握りしめて懇願する柏台。突然のことに鳩が豆鉄砲を食らったような、漫画表現でよくあるような顔になっている魔法少女。

「えっ、まぁ、その、いいけど……。内容によるかな。」

「ああそうだよね、まずは説明しないとね……。私ね、2歳年上、つまり今3年生の姉がいるんだけど……去年の秋ぐらいから次第に引きこもりがちになって、この春休みで完全に引きこもっちゃったの。3年生だし進路のこともあるし、お姉ちゃんが急にああなっちゃって心配で……。それで、お姉ちゃんを助けて欲しいの。」

「おーけー、ちょっと待ってくれ。お姉さんが引きこもりになったのを治すために、なんで魔法少女に頼るんだ?」

「そんなの、あんなに真面目で優秀だった非の打ち所がない完璧超人のお姉ちゃんが引きこもりになったのは悪い何かに取り憑かれたかなんかしたからに決まってるからじゃない。」

 疑問を投げかけた私の目を真っ直ぐ見て、毅然とした態度でキッパリと言い切った柏台。お前はまともな奴だと思っていたのに。

「うん、そんな事ならまぁいいよ。」

「本当!?ありがとう!お父さんとお母さんはお姉ちゃんのことで毎日喧嘩ばかりしてるし、とても困ってたんだ……。」

 パァァ、と笑顔になる柏台。背も低いがそれに見合った童顔で、美少女と呼べる類の彼女の笑顔は、私でも魅力的だと感じる。

「それで、いつにする?」

「急で悪いんだけど、今週末とか、どうかな……?一刻も早く解決したくて。」

「別に暇だしいいよ。」

「うぅ、重ね重ねありがとう……。」

「決まりね。後で住所教えてくれたら、今週末訪ねるから。」

「うん。あ、じゃあ連絡先交換しよ。」

 スマホを手際よく操作し、QRコードを表示する柏台。それを同じく手際よく読み取り、無事に交換が終わったようだ。

「あぁ、じゃあついでに私達も交換しとくか。まだだったし。」

 慣れていないので多少手間取りながら私もQRコードを表示して見せる。

「なら私もいいかな?」

「全然構わないよ、よろしく。」

「こちらこそ。」

 魔法少女と柏台と連絡先を交換し、一気に友達が増えた私のアカウント。2人とも可愛らしいアイコンと名前をしているが、私だけその辺のブサイクな野良猫の画像に本名だけで女子力のかけらも感じられない。今度、それっぽく変えようかな……。

 そうこうしているうちに次の授業が始まりそうな時間になり、予鈴がなる。詳しくはまた後で、と別れ午後の授業に臨む。正直、午後の授業は苦手だ。私だって人間だし、食事を摂れば眠くなる。超能力というチートを使わなければ学力は平均程度な私にとっては午後の講義は眠気を誘う難解な本に等しく、肉体的にも精神的にも眠りに誘われる条件が揃っている。つまりだ、結局睡魔に屈した私が目覚めたのは、本日最後の授業が終わった後だった。魔法少女の事をとやかく言う資格はないなと自嘲しつつ、まだ中学の復習みたいな内容で退屈だったから仕方ない、と自分への言い訳もしておく。最後の授業はぶっ通しで寝てたが。

 ちなみに私は超能力で他者の認識に介入できるため、教師には私は真面目に授業を受けていたように認識されていたはず。

「あー、よく寝た。」

 昼と全く同じ事を言いながら私と一緒に起きた魔法少女は、結局今日一日中寝ていた。学校に来て食事か睡眠しかしていない。入学早々遅刻とか洒落にならない、と言っていたやつとは思えないな……。

「お前、高校生活早々寝通して大丈夫なのか?一応ここ、進学校だし。」

「大丈夫、高校レベルならとっくに理解してるから。」

「え?」

「私、魔法少女だし。それぐらい当たり前に理解して覚えてるようじゃないと、魔法なんか使えないから。」

「えぇ……って事はつまりだ、仮に今大学入試受けても通れるような感じって事か?」

「そうだね。多分殆どの大学は余裕だと思う。」

 しれっと言ってくれる。ブラフの可能性もあるが、この目は嘘を付いてない目だし、何よりこいつの心も自信満々だ。多分本当なのだろう。……今度から、テストの時はこいつに助けてもらおう。

「ん?でも、じゃあなんで入試でトップじゃなかったんだ?ほら、新入生代表挨拶ってトップのやつがやるもんだろ?」

「あぁ、あれね、私断ったから。面倒くさかったし。」

「マジか……。」

 衝撃の事実である。柏台もまさか自分が繰り上がりで新入生代表挨拶を頼まれたとは思ってなかっただろう。

「あ、ほら机寄せないと。掃除しなきゃ。」

「そうだな。」

 今日全ての授業が終了したので、毎日の清掃の時間が始まる。班分けもまだされてなく、暫定的に出席番号順で掃除場所が分けられてるが、私と魔法少女は同じ場所で、中庭の掃除だ。

「中庭の掃除って、何すればいいのかな?」

「昨日のHRで先生が言ってたぞ、中庭は基本的に掃き掃除。落ち葉とかだな。」

「なるほど。じゃあ行こっか。」

 校舎は各クラスがある本棟、理科の実験室や音楽室がある科目棟、食堂や図書室や文科系の部室がある文科棟、あとは第1、第2体育館と運動部の部室棟が存在しており、更にそれらを繋ぐ渡り廊下によりあみだくじのような形をしている。

 本棟を出た私達は、指定された本棟と文科棟の間の中庭に向かった。途中、玄関で掃除用の竹箒とちりとりも回収してある。

「それにしてもこの学校、結構広いよね。」

「そうだな。校舎を取り囲むように存在するマラソン用のトラック、1周1km有るって言うし。」

「う、って事はマラソンの授業あるのかな……やだなぁ。」

「にしてもほんと広いよな。後で探検してみるか?」

「それいいね!行こう行こう。」

「んじゃま、さっさと終わらせちゃうか。」

 中庭にはあまり木が生えておらず、綺麗に整っているが、それでも風に飛ばされてきたのか桜の花びらが僅かに散乱している。超能力使えるなら一瞬なのにな、と思いつつも真面目に終わらせた。

「よし、こんなもんかな。戻るか。」

「そうだね。」

 教室に戻ると、教室の掃除組だった人達が頑張ったのか、既に机も元の位置に並べられていた。担任の桜城先生も既に居て、教壇でSHRの準備をしているようだ。

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