過去

「魔法少女やってます。よろしくお願いします。」


 は?と、思わず言いそうになる。私が怪訝な目で見てるのにも気付かず、ぺこりと一礼して、席に着く。いやいや、冗談よりもっと言うべきことがあるだろう。そう思って周りを見渡すと、誰一人気にしていない様子だった。その状況にますます混乱する。

 そうして彼女の事は私以外気に留めぬまま次の人が自己紹介を始めた。自分の番が近づいている事を意味していたが、私はそれどころじゃなかった。やがて自分の番が来たが、混乱してた私はそれに気づかず、隣の自称魔法少女に

「どうしたの?順番来てるよ」

と肩を叩かれ、慌てて立ち上がった。それからは出来るだけ平静を取り繕い、名前、出身中学だけ告げ、1年間よろしくお願いします、と簡潔にまとめて着席した。

 それから、続けて1学期の委員会決めが始まる。首席の柏台が先生に委員長を任せられ、本人もそれを承諾したため、早速黒板に出て決める必要がある委員会を手際よく書いている。おそらく、中学校以前からこういった委員長を務めてきたのだろう。が、本人の背が低いため、書かれてる位置も低く、若干見えづらい。やがて、ある程度委員が決まっていくと、隣の席から手が挙がる。

「はい、私、保健委員やります。」

「わかりました、えーと、保健委員は魔法少女っと……。」

 マジかよ。柏台、お前は今自分が口にした言葉に少しでも疑問を抱かないのか。もしかして、魔法少女が名前なのか?しかし、私が今朝聞いた名前は決して「魔法少女」ではなかった。またも混乱する私を尻目に、周りからも

「魔法少女だし保健委員にピッタリだな。」

「魔法で治してくれそう。」

なんて囁き声が聞こえてくる。なんだ、私がおかしいのか?私が間違っているのか?

 そんなこんなでなぜか何事もなく委員会決めも終了し、教科書が配られ、色々なプリントを受け取ると今日の学校は終わった。

 周囲が和気藹々とざわつく中、隣の魔法少女が話しかけてきた。

「ね、これから時間ある?もう少しお話しない?」

聞きたいことは山ほどあるしちょうどいいので二つ返事で了承し、近くのハンバーガーチェーンで昼食がてら話す事にした。

スタイルに自信がない私が横にいると対比効果でこいつのスタイルの良さが尚更際立ってなんか腹たつな、などと思いながら適当に今後の事についてとか会話してるとハンバーガーチェーンに着き、注文をして席に着く。店員も若干引いてたが、そのジャンボバーガー4つは本当に食えんのか。

「あなた、超能力者だよね?」

既に3つ目のジャンボバーガーをペロリと平らげた魔法少女に単刀直入に言われた。

「……なんでわかった?」

額を汗が伝う。

「だって私魔法少女だもん。」

答えになってない。

「ちょっと待てって、魔法少女ってことはあれか、魔法の力的なやつでわかったのか?」

 十何年生きてきて、自分以外の普通の人間じゃない存在を見たのは初めてだ。長らく忘れていた恐怖という感情が、じわじわと背筋から登ってくる。

「んー、いやなんとなくかな。私魔法使えないし。」

「え?」

「昔から私の直感って当たるのよ。テストでもヤマ張ったとこ必ず出るし。」

「いやいや……魔法が使えない魔法少女ってただの少女じゃん。」

「んー、厳密に言えば一個だけ魔法使えるのよ。」

「ほう、どんな魔法?」

「太陽を消す魔法。」

「は?」

 自分でも今凄い顔になってるのがわかる。先程感じ始めていた恐怖はとっくに消え失せた。そんな私を意に介せず、魔法少女は続ける。

「うん、太陽を消す魔法。あの今光ってる太陽ね。あれ消せるの。」

「消してどうなるんだ?」

「さぁ?使ったことないし。それしか使えないし。」

「えぇ……。」

 そんな魔法が本当なら世界は滅ぶだろうし、おいそれと使わせるわけにもいかない。つまりこいつが本当に魔法少女か確かめようがない。だが実際、初対面で私が超能力者だと見抜かれたのは初めてだ。なんなんだこいつ。

「それで、あなたは何が出来るの?」

「はぁ……。まぁ、やろうと思ったことは大体できるけど。」

「例えば?」

超能力者ってバレてしまっているなら仕方がない。引かれない程度に見せてやるか。

「ん、じゃあ、そこのポテト1本握ってみて。」

「はい、握ったよ。」

「それを今私の掌に転移させた。」

 テレポートさせたポテトを摘みあげ、そのまま口に放る。ちょっと塩辛い。

「あ、すごい!どんなトリック!?」

 握った手を開いて驚く魔法少女。

「手品じゃねえよ。タネも仕掛けも超能力だ。」

「すごい、こんなの魔法じゃできないよ。超能力ってすごいんだね。」

 屈託の無い無邪気な笑顔が心苦しい。そういうものじゃないんだ、これは。

「便利な事ばかりじゃないけどな。超能力者ってバレたら嫌だから隠してるし。」

「どうして?」

「そりゃ普通の人は超能力なんて使えないんだから色々と問題あるんだよ。大概は気味悪がられる。」

 そう、私の両親のように……、と最後に付け加えてセットのコーラを口に含む。この甘さが今は多少忌々しい。コーヒーにすればよかった。

「私が得体の知れない能力を持ってるもんだから、気味悪がられて今は両親とは別居中でね。ほぼ絶縁状態だ。今どこにいるのかすらわからない。生活費はこの力を悪用させてもらって自分で稼いでるよ。」

 先程までの笑顔とは対照的に真面目な顔で聞いている魔法少女に向かって自嘲気味に笑う。稼ぎの具体的な内容は秘密だけどな。勿論身体を売っているわけでは無い。

「……だからさ、私の事は黙ってて欲しいんだ。もう、他人のあんな顔は見たく無いからな。」

 別離の日の事は今でも鮮明に脳裏に焼き付いてしまっている。消したい記憶も消せない、こんな役立たずな能力のせいで私は家族を失ったのだ。

「…朝ね、私も一人暮らししているって言ったよね。」

真面目な顔のまま、魔法少女が口を開く。

「そんな事を聞いた気がするな。」

「私も…両親が居ないの。小さい頃に事故で、ね。それで遠方の親戚に引き取られた……っていうのが建前だけどそれは嘘。本当は魔法少女協会っていう団体に引き取られた。双子の妹と一緒にね。本当は高校卒業までその協会が運営する学校にいる予定だったんだけど、わがまま言ってここに帰ってきたんだ。」

 初めて会ってまだ数時間だが、初めて俯いたのを見た。励ましてくれてるのか同情してるのかよくわからない暴露をされても、正直困る。

「うん……、疑っているわけじゃないんだが、そんな協会本当にあるのか?ちょっと信じがたくてな……。」

「気持ちはわかるよ、大丈夫。それに本当にあるよ。だって、さっき私が魔法少女だって言ってもクラスのみんなはあなた以外誰一人として疑問を抱かなかったでしょ?あれはそういう魔法が私にかけられているからなのよ。」

なるほど、と思ってしまう。突拍子もないし、確証もないが、状況証拠的に認めざるを得ないようだ。

「そう言われると納得せざるを得ないな。」

「私達魔法少女が戦う相手は街中にも現れるから、衆人に見られても彼等が何も違和感を感じないように魔法がかけられているの。」

「ちょっと待て、魔法少女が何かと戦ってるなんて、現実でそんな話聞いた事ないぞ。」

「うん、そりゃそうだよ。だって私達が戦う相手は数十年前に根絶したもん。その後大規模な隠蔽工作も行われたし。」

「あー、つまりあれか、お前達はワクチンみたいなものなのか。」

「理解が早くて助かるわ。」

 つまりは、いつ敵が復活しても大丈夫なように魔法少女の育成だけは続けているという事だろう。ご苦労な事だ。

「というか、あれか……。私はこの世界の中ではイレギュラーで、相容れない存在だと思っていたんだが……世界は私が思っていたよりもおかしな世界だったんだな。」

「そういうことになるのかな?とりあえず、私には今までみたいに隠し事なんてしなくていいんだよ。」

「そうさせてもらおうかな。隠すのも案外疲れるんだ。……ところで、さっき双子の妹が居るって言ってたよな?ああいや、嫌なら別に話さなくてもいいんだが、その妹さんは今どうしてるんだ?」

 藪蛇かもしれないのを承知で先程少し引っかかった事を質問してみる。

「ああ、いいよ別に。うん。あの子はね、今も協会の高校に通ってるよ。あそこ一貫校だから。」

「なるほど。」

「あの子も私にどうしてもついていくんだって聞かなかったんだけどね、あの子私よりよっぽど魔法少女としての適性が高いから、協会がダメだって。逆に私は魔法少女としては役立たずだから、結構すんなり通ったの。」

「使える魔法がリーサルウェポン1つだけな魔法少女はそりゃな……。」

「えへへ。照れるなぁ。」

「褒めてない。」

 先程までしんみりとした空気だったのに一転して、堪えきれず2人で笑う。私がこんな風に誰かと笑うなんて何年ぶりだろうか。この目の前の魔法少女には、使える魔法がもう一つだけ他にあるのかもしれない。

気づけば日は傾き、空が茜色に染まっていた。

「じゃあまた明日、学校でね!」

 ブンブンと、大げさに手を振る魔法少女と今朝ぶつかった曲がり角で別れる。かなりの近所のようだ。もしかしたら、同じ小学校だったのかもしれない。

「……これから、騒がしくなりそうだな。」

 夕暮れともなるとまだ少し肌寒い季節、吹き抜けた春風に思わず身震いしながら呟く。さて、帰ったら夕飯と明日の弁当作らないとな。

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