第1章 オカルト研究部

入学式

 4月。桜が咲き乱れ、風に舞うのも束の間、花弁の大半は地に落ち、春雨に濡れ人々に踏まれ見るも無残な、まさに儚い様相を見せる頃。


 その気になればテレポーテーション出来るので距離は本当は関係ないが、万が一人に消える瞬間を見られて噂や騒ぎになると困るのでおいそれと使えず、しょうがなく家から近いから通うのが楽という理由で高校を選んだ私は、初日から入学式に遅刻しそうになっていた。春休みで生活リズムを崩してしまったからな。

 千里眼も使えるので人目につか無さそうな場所……例えばトイレの個室などにテレポートする事も可能だが、入学早々個室から鞄持って出てくる変な人になるのは避けたい。私は目立ちたくないのだ。目立てば目立つ程ふとした拍子に超能力者だとバレてしまうリスクが上がる。誰も注視しようとしない、何か失敗したところで誰も見ていないような日陰者でいたいのだ。

 と、言うわけで今はお約束のように先程コンビニで購入したパンを咥えて今後3年間お世話になる通学路を走っている。人通りが多ければトイレから鞄持って出てくるよりそっちの方が目立つかも知れないが、遅刻しそうな時刻な上に住宅街の中なので、他に学生の姿は見受けられない。みんな真面目だなぁと感心しつつ、十字路を通り抜けようとしたその時、飛び出してきた影にぶつかった。

 しまった、パンを咥えながら曲がり角で激突なんていくらなんでもお約束すぎたかと思った瞬間、反射的にサイコキネシスで自分と相手の身体を受け止め、転ばないようにしてしまった。あっやばい、やらかした、と冷や汗が出る。結構な勢いでぶつかったのに、吹き飛ぶ事もなくちょっと肩があたった程度の反動しか無かったのだから、相手が訝しむだろうと思ったのだ。流石に私が超能力者だと悟る事は相手の立場的に冷静に考えると突拍子も無い発想だしまずないだろうが、相手に不信感を与えるのは後々何かしらの伏線となりかねない。

 私は大抵の“やろうと思った事“が出来るが、未来予知や、過去に戻ってなにかをやり直したり、時間を止めたりなど時に関する事は出来ない。つまり後悔してもやり直す事は出来ないし、万能なチートではないのだ。そのため、リスクは極力排除していきたい。

 それはともかく、

「すみません、大丈夫ですか?」

謝りながら相手を見る。ぶつかった瞬間に目を閉じてしまったので相手の容姿を認識するのはこれが初めてとなる。

 まず目につくのは大きなリボンで結んだ、腰まで届く長い二つ結びのピンク色の髪。顔はまさに美少女、といった顔立ちで、垂れ気味ながらも大きな蒼眼が申し訳なさそうに下がった眉を携えてこちらを見ていた。そして、来ていた服は向かっている高校の制服。学年で違うリボンの色を見るに、どうやら同じ1年生のようだ。

特筆すべきは、制服の上からでもわかるスタイルの良さ。先程ぶつかった時に何か柔らかいものにぶつかったような感触がした理由に納得した。

「こちらこそごめんなさい、急いでたので。」

目の前の子が喋る。自己顕示の顕現みたいな風貌に加え、鈴を転がすような声だった。これだけ容姿に恵まれていればこいつ人生苦労しなさそうだな、と思いながら、心を読む。転ばなかった事を訝しんでいないか確認するためだ。

『あ、このパン美味しそう……新発売のやつだっけ。』

目の前の子は能天気だった。こいつにはパンを咥えながらぶつかってきた奴、と覚えられかねないが、まぁ仕方がない。曲がり角で千里眼を使わなかった私が悪い。

千里眼や心を読む事もそうだが、基本的に使おうと思わないと発動しない。心を読む能力なんて、使おうと思ってなくても常時発動していたら、知りたくなかった相手の感情までわかってしまう事もあっただろう。人間、誰しも様々な感情を内に秘め、それを表に出すかどうかは、自身で決める権利がある。その人の人となりは表に出した感情で決まるし、私に他人の人格権を奪う権利などどこにもない。まぁ、授業中暇だと黒板を向いて背中しか見えない見えない先生や真面目に授業を聞いているように見えるメガネおさげなテンプレ委員長キャラで実際委員長なあの子の脳内を覗いたりもするが……それはそれである。相手には届かないが心の中でちゃんと謝るし。さっきからモノローグが長いな、私。

「っとと、急がなきゃ……入学早々遅刻とか洒落にならないよ〜。」

 独り言を言いながらおさげとおむねを揺らしている。確かに洒落にならない。入学早々遅刻とか絶対目立つ。それは嫌だ。

「取り敢えず、急ごうか……っと、同じ一年みたいだからタメ口でいいかな?」

鞄を持った肩を揺らし、急ごうと合図を送る。

「うん、じゃあ行こうか。」

彼女が脚を速めるのと同時に駆け出す。どうやら、タメ口には了承してくれたらしい。

 走りながら、お互いに軽く自己紹介をする。出身中学の話になり、彼女の特殊な事情を聞かされた。曰く、小学生低学年まではこの付近に住んでいたが、家庭の都合で引っ越し、中学校までは遠方に通っていた。高校からは本人の希望で元々住んでいた家に戻り、現在は一人暮らししているとの事だ。どうして引っ越したのか、どうしてここに戻ってきたのかは教えてくれなかった。気にはなったが、本人が言いたく無さそうな事だったので無下に詮索する事もないと思い、野暮なことはせずにおいた。

 息も絶え絶えになんとか始業の5分度前に校門を潜り、玄関前に張り出された新入生のクラス割り表を見る。……1年A組だった。一緒に来た彼女の名前も同じクラスにあり、実際に彼女も一緒だね、なんて笑ってたから間違いないようだ。

 教室に行くとクラスは騒然としており、席に着いてる人の方が少なかった。初日の朝からこれとは騒がしいクラスになりそうだな、と先を思いやりながら自分の席に着く。窓際の最後尾、最高の立地だ。……隣に、彼女が座った。すごい偶然!これからも宜しくね!と満面の笑みを浮かべる彼女に、はは、と愛想笑いをする。

 彼女からすれば故郷とはいえ久し振りに越してきた新天地で、知り合いも居ないに等しく心細かったのだろうが、私からすればこんな目立つ様な奴とつるむだけで私まで目立ってしまうので極力避けたかった。

 超能力者だとバレると、何を言われるかわからないから避けたい。少なくとも、かつて私の両親が私にしたように、周囲は私を忌避し、煙たがり、気味悪がるだろう。さしもの私もそうはなりたくない。それで孤独を貫くのは本末転倒なので、数人の友人と親しくしつつ隠し通す程度でありたい。ずっとそうして来たように。

 ちなみに、中学校の頃の友人は誰もここに進学していないので、周りが初対面に近いのは私も同じだ。流石に家から近い学校だけあって同じ小学校、中学校だった人も少なからずいるだろうが、極力目立たない様に努めてきた私の事を覚えている人もそれほど居ないだろう。だからこそ、尚のこと、今この場でこうして目立ってしまうのがキツい。ほら騒がしかったクラスもなんか変な空気になってるし。誰だあの美少女と、ついでの地味なモブみたいな感じで見られてるし。助けてくれ。そう思った時、

「はい皆さんおはようございます!ほら席に着いてね!」

 チャイムの音と同時に、それより大きい声で叫びながら1人の女性が教室に入ってきた。まぁ、このタイミングであんなセリフを言うのは間違いなく担任の教師だろう。

「えー、皆さん、高校入学おめでとうございます!これから3年間、華の高校生活を迎える皆さんの、最初の1年を担当させて頂く桜城 楓と言います。桜の城に植物の楓と書くので春と秋で友達からはハルアキなんて呼ばれたりもするけど、れっきとした女です!まぁ先生の友達からのアダ名はさておき、1年間宜しくね。」

 黒板にチョークで名前を書きながら、軽口を叩く先生。セミロングの水色の髪は、桜でも楓の色でもなくギャップが凄いな、なんてぼんやり考えていた。見た目はかなり若そうだ。25もいってないのではないだろうか。

「取り敢えず、この後入学式があるのでみんな体育館に移動します。その後は各クラスでHRですが、その時に自己紹介をしてもらうので、何を言うか各自考えておいてね。一応先生の経験則を言うと、ウケ狙いは間違いなく滑るので黒歴史を作りたくなければやらない方が無難です!じゃあ、移動しまーす。はい、みんな立って着いてきてねー。」

 若さが溢れる元気な先生だな、と印象を受ける。いや私達の方が若いんだけれども、なんというか、眩しい先生だ。

「面白そうな担任の先生で良かった、頑固そうなおじさんだとどうしようかと思ってたよ〜。」

 立ち上がったところで、隣から話しかけられる。それに関しては同意だ。

「それに優しそうだったしね、先行きが不安だったけど少し和らいだよ。」

「うん、あと先生とても美人だった!私もああいう大人になりたいな〜。」

 顎に人差し指を当て、斜め上を見ている。どうやら本気で言っているらしい。美少女のお前がいうとただの煽りにしか聞こえねぇ……と内心思ったが、会ってまだ1時間も経ってない人物にそんな事を言える度量は私にはなく、あはは、なれるんじゃないかな、なんて得意の愛想笑いで返す。全日本愛想笑い選手権があればそこそこ好成績を残せるであろうという自負がある。そんな選手権は存在しないので証明はできないが。

 入学式は知らない校歌を口パクで歌い、頭髪の薄い校長の内容を覚えてないほど薄い冗長な話を聞かされ、如何にも聡明そうな生徒会長による歓迎の言葉、大幅に小柄で壇上で顔しか見えず、更に緊張で噛み噛みで同情を誘った新入生代表挨拶、とまぁ普通の入学式の後、教室に戻った私達は事前の通達通り廊下側の黒板側から順番に自己紹介を始めた。順番的に、私が最後だろう。皆若干飽きてきて私の話なんてロクに聞かないだろうと、元々あまり考えてなかったがアドリブで通すことを決意した。順番が近くに来るまでの間、ぼーっと聞いていた自己紹介の中で、先程も聞いた声が聞こえてきた。

「か、柏台 莎莎嘉ですっ、え、えとえと皆さんよろしくお願いします!」

 小学生か、と思うほどの小柄な子が、外見通りの声で、慌てふためいている。その姿はハムスターなどの小動物を連想させる。が、彼女は先程新入生代表挨拶を行った人物。つまりは、主席入学者となる。私は高校なんてどこでもよかったので家から近いからという理由で此処に入学したが、一応そこそこの進学校であり、その主席入学ともあれば、見かけによらず……いや、むしろ飛び級にも見えるので当然かもしれないが、かなりの天才なのだろう。

 クラス中が母性や父性に目覚めたのか和やかな雰囲気で次々と自己紹介が続いていき、隣の席まで回ってきた。


……彼女は立ち上がると、開口一番、こう宣言した。

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