潜航機動隊 第二イベント

「要するに、俺は疑ってる」

 目的語を省いたのはわざとだと思う。あたしはそれほど頭がよくないけど、ベニちゃんの言いたいことはわかったから、思わずもらった「お薬」を持つ手が止まった。

「鬼燈隊長が……」

「お前はさ、ヲトメ」

 はっきりとよく通る声で遮られた。あたしもはっと口を押さえる。隠したいのは、危ないからだ。張り上げてないのに、水晶の塔みたいに遠くからもわかる声で、ベニちゃんは続けた。「攻撃が力任せだろうよ、前にも言ったが。治ってなかったぜ──隊長にはどう指示された? 次の訓練までには治せよ」

 これもわかる。これは質問だ、作戦が始まる前にあたしに言ってたことを確認してる。口のなかは渇いていたけど、唾を飲み込む真似をして落ち着かせ、あたしはふつうに答えようとした。

「隊長ならいつも通り──ううん、これが二回目の戦いだし、オペレーションでの"いつも"はほんとのところ、わかんないけど……"いつも通り"だったよ。優しくて落ち着いてて、あたしのこと怒ったりせずに、攻撃しますっていったら誘導してくれた」

「…そーかよ──」不意に声に紗がかかる。あ、ここからは秘密の話だ、とあたしは身を固くした。ベニちゃんは声を布にくるんだり、逆にあたりに響かせたり、遠くのだれか特定の人にボールを投げるように届かせたり、自在に操れる。昔、舞台に立っていたって聞いたから、そういうスキルなんだなあ──と感心するばかりだけど、こうやっていきなりやられると驚く。

「まあ、そうか──そもそも動揺を引きずるような人間がトップに立てるわけもないが──と、いうより、ヲトメ。お前もなんやかんや動じねえ女だな」

「? 隊長たちの言ってたこと?」

 気にしないわけじゃない。でも、今目の前にあることはしなくちゃならない。ベニちゃんだってそんなことわかってるはずだ。ベニちゃんは、何を探してるんだろう。あたしは何も持ってないベニちゃんの両手を見た。

「ベニちゃん、お薬使わないの?」

「あ? ……要らねえよ、俺様は頑丈なんだ」

 これも疑ってるの、とは訊けなかった。

 あたしにとっては、あのブラックボックスも、隊長たちの隠し事も、このお薬もおなじ。何もかも暗い海のなかみたいに、秘密ばかり。でも、戦争も、時間も、命も止まらない。目の前にあるものを今、飲み下さなきゃ、あたしたちに未来はない。

 みんな、あたしみたいに考えてるんだろうか。それとも、ベニちゃんみたいに思ってる人も多いの?

 格納庫には負傷した人やそれを治療する人、戦闘で興奮した人がひしめいてて、腰かけたあたしたちの前をひっきりなしにたくさんの脚が行き交う。ドロちゃんやナギさん、ナトさん、シキちゃん、ユミちゃんや、ラギさん──見知った人たちの姿も流動的で、一瞬とらえられてもすぐにどこかへ消えてしまう。戦闘ではあんなに短い間にいろんなことを考えられるのに、今は全然集中できなくて、赤と青と緑と紫が暗闇のなかを流れていく、大勢の血のように見えた。



 俺のアトランティスのダメコンは正直、紙だ。ピンクのセロファンみたいな装甲は、掠めたEBEの爪のせいでもう三枚無くなった。残るは一枚、後光のように頭の後ろで輝いているそれは守り神か、そうじゃなきゃ命の残高をきらきらと嘲笑って示す立て札だ。

 その代わり、機体は誰より軽い。EBEがそのくそでかい嘴でつつこうが、羽ばたくおのれの風圧で俺のアトランティスが浮き、切っ先からは外れる。俺から攻撃をするときは、勢いと、波と、重力を味方につける。

 オドロの攻撃に続いて、ヲトメの機体を支えに、水柱のなかを飛び上がる。趣味の悪いEBEの獣皮に長い攻撃腕の爪を突き立てると、溢れた液体が上腕まで浸した。その腕を一瞬で凍らされる直前、オドロの蹴りが叩き割る。

「おい女好き、加速するから風切り羽までへの到達予定時刻と角度計算いけるか」

『その呼び名は失礼じゃない? いけるよ』

 八社宮カンナギ隊員の返答に続いて、加速度に連動した数値が告げられる。データを脳内で現実とリンクさせるまで何分の一瞬、このアドレナリン駆け巡るスパークルが全く以て──癖になる。

 羽ばたき一旋、面で押し寄せる圧、回転する視界でブレードが流星のように閃となる、羽と目玉を割かれたEBEの嘴が菱に開いてつんざく氷、「SE方向退避」カンナギ隊員の指示には素直にしたがう──海に降り注ぐ氷は色んな液体や物質が混ざって腐ったような桃色になっていた。ざまあみろ俺のブレードは紙より薄い──風を垂直に斬り裂ける。

「しかしあの豚、気に食わねえな。なんだってあんなお荷物抱えてんだ?」

『前回のこともあるしね。警戒は一応怠らないようにしようか』

「クソ、肉食いたくなってきたぜ──」帰ったらアグリのとこに行くか──指示に従って閃光弾に対する構えを取る。前面の装甲が剥がれているせいで透かした白光がさっきより刺さってくる。光は相対した者の目を潰す、ただ覆い隠す闇と違って──だから俺は、闇に潜んだ真実を見せないように、盲目の剣となって輝く正義とやらを、信じられないのだ。

 そのとき、わずかにひび割れた通信が、俺たちの耳に届いた。

『12:04──TYPE-68の完全沈黙を確認。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る