潜航機動隊 第一イベント

「……あー、アグリ? 通じてるか?」

『…はは、今こっちから通信しようとしてた。考えることは同じだなぁ』



 アグリは料理がうまい。上層のことは知るよしもないが、身分が高い人間というのは自分では家事をせず、使用人とかいるもんだと漠然と思っていた。しかし、奴は実に手慣れたふうに料理する。なんでもそうだが、卓越した技術っていうのは見ていて飽きない──うん、帰ったら、是が非でも料理をさせよう。

 第四大隊のアトランティスが神の盾のように、綺麗な円形に展開していくのを視認しながら、俺は小さく頷いた。白、銀、黒、金──実に精巧な機体の上に輝く紫の閃光。──そして、その隙間を赤と青の流星群が駆け抜ける。

 白い、見慣れたフォルムがぱっと目に飛び込んできた。

『──聞こえてるのか、ベニヲ』

「…ああ。お前のアトランティス、目立つな。俺様ほどじゃないが」

『そうかぁ? お前が俺のことよく知ってるからじゃないか』

「そうかもな。…なあ、アグリ。戦闘中から思ってたんだが、帰ったら肉食いたいんだけどよ」

『まさか、あの豚を見てそんなこと思ってたのか?』

「おう。これ終わったら、お前料理しろよ」

『そうだな、帰ったら祝杯といこう──肉はベニヲが調達してこいよ』

「任せとけ。酒も見繕う」

『だからお前は未成年だろうが。……』

 不意の大きなノイズを最後に、アグリとの通信は切れた。次いで異音、EBE-68のあのつんざくような氷の声──また装甲が軋んだ。

 会話を反芻するようなことはしてない、何故ならこれはいつも通りの会話だから──

 俺たちの背後で、紫の光が、巨大な星の環になる。

 ショッキング・ピンクの半透明な冠。これだけが残された俺の装甲。これが無くなれば、残るは蓮の茎のような、細く、はやく、ひときわ脆い機体。

 ミスは許されない。

 星より速く。

 消耗が激しい第一大隊を最優先にノアへ帰還する群れ、そこから彗星のようにとびだす、青の差し色がきらめいた。見覚えのある機体に、目線だけをそちらへやる。

 結局、十名ほどの第二大隊員が残留するようだった。遠目に見知った機体が光の列に加わる。俺があそこにいたら、と思わないことはないが、今そんな仮定に割く思考能力のリソースは無い。誰もこぼさずに一刻も速く、ノアへ帰艦する。それが我々の「役割」だ。


 菱喰隊員のアトランティスに続いて最前線を離脱する。そのとき、八社宮カンナギ隊員の『後方飛来物!』の声に咄嗟に前方に回転すると、最後の装甲が音を立てて砕け散った。降ってきた青い氷にうつる冠は、ピンクとヴァイオレットが交互に重なって粉になり、波間に揉み込まれて消えた。

 残留しなくて正解だったかもしれない、と今さら思う。足手まといは御免だ。

 遠目に見ていたオドロやヲトメ、第一大隊のアトランティスが組み込まれた陣に合流したとき、他の隊員のアトランティスの消耗が、思ったよりも激しいことに気がついた。そういう自分も、派手な色をした装甲が軒並み外れているのだから、目立っているだろう──さっきから胸や首の皮膚が剥がれたような痛みを孕んでいるし、生理的に嫌な汗がにじんだ。おもいのほか皆重傷だ。ふと不安になった。このなかからも脱落者が出たら? 撤退戦のなか、支援に人員を割く余裕がはたしてあるのだろうか? 見棄てていくとして──ここにいる全員にその覚悟はあるのだろうか。

 躊躇いは全員にとっての命取りだ。

『やっぱボロボロじゃんベニヲ!』

「うるせえよ、こっからだこっから」

 紙に火をつけたような鈍いノイズ混じりのオドロの声に返球した途端、甲高い電子音が邪魔をする。ノイズかと思ったが、オドロの映像はかわらず口が動いている。装甲がすべて外れた拍子に通信機器にダメージが入ったのかもしれない。肩をすくめて「きこえねーよ」と口パクすると、奴の顔の真ん中にぎゅっと皺が寄った。何秒かすると音声が復活したが、今度は山ほどの声が混線してきた。

 まあ、オペレーションの指示は問題なく聞こえるからいいか、とギアを変える。

 そのとき、小さな独り言が聞こえた。


『どうして、あたしたちを盾にしてくれないんだろう』

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