潜航機動隊 第一イベント
それは威容であり、異様だった。
光が撫でていく巨体の滑面は見たこともない気味の悪い輝きを放ち、うなじが総毛立った。反射した光の針が毒のように目玉から神経を冒していく、畏怖という悍ましい感覚で以て。
──第四大隊が殿をつとめる。
その内容を理解した瞬間、危うく
塰神門トウコ隊長の、少女じみていると密かに思っていたのに、いまや厳かさすら帯びた声の余韻は、全隊員を一瞬静まり返らせた。それは戸惑いや驚きではなく、静寂がもたらす絶対的支配とよく似ていた。
隻眼の女帝。
俺はこの女のことがわからなかった。生まれついての上層、闇に潜むものを探そうとする下賤の眼を潰す光を生まれ持ちながら、ブラックボックスを秘して俺たちと共に戦場に立つことを選んだ。
すべてを覆い尽くせる高貴の光は今、見えない栄光の盾を形づくっていた。
『…──、残ります』
はっと顔をあげた。第二大隊の誰かが、残留を志願した。俺も、とっさに声をあげようとした瞬間、通信が入り、やむをえずそちらを優先する。
『ベニヲぉ! お前、残ろうとしてんだろ!』
「うるせえオドロ、一度遮断するぞ」
『させねえ!』
名乗りをあげていく第二大隊員の声をききながら俺はイライラして画面をタップする。とっとと残留を志願して、アグリと話したい。
『帰って喧嘩ってさっき言ったろ!?』
バカ言え残留したとしても無事に帰るわ人を勝手に殺すな、と言い返そうとした瞬間『ベニちゃん残るの!?』とヲトメの、奴の胸並みにでかい声が遮ってきた。なんなんだこいつらは。
「検討してるんだっての」
『やめとけよ! アレはマジでヤバい──許されるなら俺も残りたいけど、わざわざ第四が出なきゃならねえ相手なんだぜ!?』
「オドロ、基地戻ったら辞書を貸してやるから語彙増やしとけ。…練度が高いからこそ、殿に第四が選ばれたんだしな。他の隊が飛び込みで第四のチームワークと技術についていけるか……」
『ベニちゃん操縦巧いけどドロちゃんのほうが巧いよね!?』
「技術のみに限って言えばその通りだが失礼だなお前」
『あたし、巧いだけじゃなくて、向いてる人が残ってくれると思うよ。こういうのって、役割があるでしょ』
『そうだぞスタァ! 自分のヤクワリをホーキすんな!』
「うるせーよオドロ。音割れしてんじゃねーか」
統宜イズミ隊長に通信を繋ぎたいのだが、オドロの声に気が散る。──しかしこいつの直感は侮れないものがある。そんな奴が俺が行くのを止めるということは確かに気にかかる。
俺のアトランティス──"Lotus"は、おそらく全機体のなかでも防御能は最低ランクだ。柔軟性と機動を限界まで上げるために削ぎ落とした外殻は、内側が透けて見える黒瑪瑙のように薄い。花びらと光輪の形をした、たった四枚の装甲は、残すところあと一枚。
体は痛むが、軽い。
なるほど、「役割」な。
──遠い話。
六層にいた頃、俺はアグリと組んで、毎日のように悪さをしていた。今だからこそ悪さと言えるが、実際その六割くらいは生きるためにしたことだ。店頭で商品を受け取った迂闊な奴の腕から、紙袋を叩き落とし、転がった中身をくすねる。追われるのはひとり。追われなかった方が残りをかっさらう。打ち合わせをしなくても、十分もすれば俺たちはいつも、同じ場所でおちあった。
俺もあいつも、どちらが追われたって、絶対に捕まらないという自信があった。一度だって、振り返りもしなかった。
今も同じだ。俺はアグリを信じているし──アグリも俺を信じているのだ。
今回は、お前なんだな。
そのとき、別の通信が入った。咄嗟にそちらに意識が向き、オドロとの通信を切ってしまう。同じ八社宮カンナギ隊員にオペレーティングされている、第四大隊員だ。
「………お前たちの出る幕ではない。さっさと帰りな、役立たず共が」
三ヶ月シデン隊員──俺はこの人のことをよくは知らない。口調とたがわず、紫の似合う男だ。──しかし、その表情の意味を俺は知ってる。大切なものがあるすべての人がもつ感情の色は、覆い隠してもにじみでるものだ。通信画面は乱れているが、敬礼した。
「御武運を。…俺の身内も貴方と共に赴きます」
『三ヶ月様。俺に死体回収させないでくださいよ。仕事増やさないためにも、全力でオペレートはしますんで』
八社宮カンナギ隊員の声の硬さに、切迫した状況を感じとる。
『…敵は待ってはくれないよ。アキラ、雲母。即撤退を、忘れ物の確認もいらない。エンジン振り切ってでも帰っておいで』
「……了解。悪いがもう少しの間、よろしく頼む。──菱喰隊員。俺たちが急ぐほど生存率はあがる、頑張ろう」
『考えなくてもわかるよやばいって! 撤収する!』この戦闘で見慣れた菱喰隊員のアトランティスの背が見える。
『俺、先に後退するよー! ついてきて!』
言われずとも。加速すると、わずかに残された装甲が、幽かに軋む音をたてた。
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