Libertaris 獅子

「レオン」

 低い声が、砦に響いた。

 果実酒のような色合いの瞳に、甘く整った目鼻立ちをした金髪の青年が振り返ると、鎧の触れあう音が楽器のように鳴った。

 砦を組み上げる石に影を落とす、菩提樹の後ろから、人影が姿を現した。

 今は血糊でべっとりと固まった新緑の髪を編み、どうしてか首に巻き付けている。不思議な色合いの虹彩をした同じ年頃の男だった。その肩からずり落ちた外套の地面につくほど長い裳裾から、たっぷりと布地が吸った血の痕が、大蛇が這いずったように続いていた。

 怪我をしているのか、男の体は斜めに傾いでいる。

「レオン、お前と話したかった」

「…何? いつになく素直じゃん」

 金髪の青年は首をかしげながら、両腕を広げる。

 ずる、と血に濡れた剣の切っ先を引きずり、傾いたまま、男は一歩ずつ、レオンと呼んだ友人に近づいていく。金属が石畳の表面で跳ね、耳障りな音をたてた。

 ちらつく雪が、不安になるほど時をゆっくりに見せる。凍った枝葉がざわついて、木々の影は化け物のように伸び縮みした。

「……レオン、お前も無事だったんだな、そうしているということは」

「ん。お前も無事……ではないけど、歩けるくらいなら大丈夫だな」

「……ああ」

 ぎぎ、と音を立てて、石を削った鋒が弧を描いて宙を泳いだ。その尖端が鎧と触れそうになり、レオンと呼ばれた青年は一歩後ろに下がる。新緑の髪の男は、視線の定まらない眼で、さらに距離を詰める。

「考えたんだ。ここに来るまでに俺は何人も、人間のふりをした魔族を殺した」

「……オレもだぜ。まったく、気分のいいもんじゃなかったけどよ」

「──それが、俺はそうじゃなかった。顔が見えないからか、気配でわかるからか、俺は存外、平気だったんだ」

 金髪の青年は片方の眉をあげた。わずかに広げた両腕が下がった。男は、その肩口によろめきながら倒れ込んだ。編んだ髪が、鎧の上に落ちかかる。

「でも、それは俺が、誰の姿・・・を殺したのかわからないからであって──他の人間ならいざ知らず、お前の偽物に会ったとき、俺は平静でいられるのか、考えたらわからなくなった」

「……どうしたんだよ。本当に、変に素直だな───…ッ、」

 青年の唇から、鮮血の混ざった黒いものが溢れた。

 もたれかかった男は、背後から青年の首元に、垂直に刃を突き立てていた。正確に鎧の繋ぎ目を破壊した隙間から、剣が脊柱を真っ二つにしていた。

「なあ、レオン・・・

 囁きながら、剣を引き抜く。脱力した鎧の隙間から、黒い血が噴き出し、甘く美しかったかんばせが泥人形のように形を変え、角がぐにゃりと生える。膨れ上がろうとするその肉体を押さえつけ、全身の重みをかけて、今度は正面から鍔まで貫き通した。

「………俺はいつも、お前に対して素直だ」

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