Libertaris 離陸

「君の魔法はつかみにくいよね」

 雪原に点在する針葉樹にぶらさげられた、虹色の半透明な帯にくくりつけられた銀の輪を眺めながら、レライエが言った。

「いや、そう見えるかもしれないが、慣れればこの輪は意外と握りやすくて滑りにくく、乗ったまま移動するのにさほど苦労は──」

「ごめんね物理的な意味じゃなくて、認知的な意味」

 笑顔でノーレの解説を切り、レライエはその帯の端を指でなぞった。天の川のようにほの白く青く、時おり薄紅にも輝いているのに、触れてもなんの感覚も伝えてはこない。朝靄に手を突っ込んだときのようだった。

「君の魔法は、いったい正体がなんなのか、つかみにくい。特性は空間だっけ」

「ああ、まあ……」首をかしげるその胸元に、しっかり編み込んだ新緑の髪束が光った。「強いて分類するならば」

「何年か前かな、一度だけ見たけれど、君はたしか瞬間移動ができるよね。どうして今やらないんだい」

 ノーレの、閉じたままの瞼に揃った睫毛が少し揺れた。おもむろに腕を組み、少し考え込む。レライエが返答を待っていると、やがて小さな声で言った。「面倒くさくて……」

「おっと予想外の答えが返ってきた」

「あれは、今いる地点と到着したい予定地点の両方、こちらとあちらに孔をあけて、それを繋ぐ通路が崩れないように支える、つまりは、雪山に隧道を掘るのと似ていて……距離が遠いほど、かなり体力を使うから、そう使いたくは」

「ふうん。孔をあけているだけじゃないんだ、中には通路があるんだね」

「たぶん。実際に通過するときは一瞬だが、孔を二つあけただけでは移動できないから、その間を繋ぐ作業が何かしらあるんだと思う。俺にも、詳しくは……」感覚でやっているから、とノーレは手を空に泳がせ、変な動きをさせながら、的確な説明を絞り出そうとしていたがやがて諦めたようだった。

「でも、首都は思いのほか厳しそうだよ。前線の戦友たちはもちろん頼れるし、充分に強い。だが、魔族は城内部にも出ているそうだ。僕たち第三は、なおさら急ぐべきじゃあない?」

「そうしたいのは山々なんだが、レライエ殿」

 重々しげな声で言い、ノーレはレライエに向き直った。瞼は閉じたままだが、顔はまっすぐにレライエの方を向いている。その下の瞳の色も分かる気がして、レライエは次の言葉を待った。

「ここから首都まで瞬間移動したら、その後一時間ほど俺は動けなくなるから、貴殿に背負ってもらうことになる」

「………………君、そういうところあるよねぇ」

「多少時間はかかるが、これに乗っていっていただきたい」空中で、垂れた紐を引くような仕草をした途端、銀環を樹に吊り下げていた虹の帯が引き上げられて、つめたい空中に輪が掲げられた。目線の高さから、ちょうど腰かけやすい位置にまでするすると下がってきたそれに、レライエは肩をすくめた。

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「あ、言い忘れていたが、これは急に止まれないので、落ちた場合は回収まで時間がかかる。気長に待っていてほしい」

「……刺激的な空の旅になりそうだねぇ」

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