Libertaris 兄妹

「……それでは、風が強くなってきたが、どうか御無事で。ルキウス殿」

「ありがとうございます。そちらも御武運を」

 塹壕のように掘った雪の周囲に、氷の壁をはりめぐらせた小さな砦で、この美しい仮面の騎士は野営するという。ノーレ=D=ドーレストは、多少暗くなってきたという空を見上げて、風を探った。西風は強いが、雪の量が増える様子はない。この曇天は移動に好都合だ、と、仮面の騎士──ルキウス(もっとも、今は仮面を破損してしまったらしく、盲目の彼にはわからないが素顔を晒しているようだ)の薦めもあり、手伝いを途中で切り上げて、引き続き首都に向かうことにした。

 樅の木のてっぺんと同じくらいの高さの空を摘まみ、ひきおろすと、半透明で歪んだ光が虹色にちらつく空間の帯が紡がれ、首都までの空の道をつくった。それに輪をつくって引っかける。その様子を見ていたらしいルキウスが、声をかけてきた。

「やはり御兄妹ですね」

 一瞬意味がわからず、ルキウスが立っているだろう方に顔を向けたが、すぐに真意に気づく。空間から精製した帯に輪をかけ、空中ぶらんこのように滑空する。空間をねじ曲げて瞬間移動するよりも疲れず、馬がいないときにも長距離を移動でき、吹雪にも左右されにくい。自分より魔力量が劣る妹のニールが、よく使っていたやり方だ。

「ニールはこれが得意だったから」

「ええ。よく養成所の訓練で、城の周りをくるくると自在に移動していたのを覚えていますよ」

「……そういえば、貴殿は講師でいらした」

「ノーレ殿のことも覚えておりますよ」

「…お恥ずかしい。出来のいい生徒ではなかっただろう」

「幾分、個性的で、教えていて楽しかったですよ」

 微笑んだのだろう、声でわかる。仮面を外しているから、顔を認識しないために意図的にぼかしたルキウスの存在はとりわけ稀薄に感じられて、まるで妖精の居場所を探っているようだと思った。降り注ぐ雪の粒のなかに、ともすれば見失ってしまいそうだった。人とは異なる時間を生きる存在は、強く壮大なように思えて、実際は不確か極まりないものだ。

「長々と話しすぎた、改めて別れを。御武運を祈ります、ルキウス殿──私の姿をしたものが現れたら、躊躇いなく斬っていただきたい。私は地面を歩いたりはしない──それに、私は目が見えないが、外見からはわからない。魔族は、目あきと同じ振る舞いをするでしょう」

「ああ、はい──ノーレ殿、私は首都の方へは参りません。前線で戦い続けようと思います。私の顔をした者……ああ、いや、私の姿形と似た輪郭をした者は信じないように」

 といっても、そこで判別しているわけではなさそうですね──と、ルキウスの声が地面に落ちるのを、耳で察した。

「…ルキウス殿」

「ノーレ殿ならわかるでしょう。人ならざるものの血が入っている者の気配は、魔族と区別がつかない」

 貴殿の前に現れる私は、いつだって魔の空気を宿しているはず。

 淡々と、人が立ち入らぬ雪景色のように均された声で、ルキウスは呟いた。ふと、その足元からぶつかりあった風が渦を巻き、雪と血のにおいをざわめかせた。

「……たとえそうであっても、心配は要らない、ルキウス殿。私は、私の剣は、誰のことも信じない」

 ノーレは、苦手な微笑みの表情を浮かべようと、少し努力する。ちゃんと正しい形を作れているのかはわからないが、こちらを見ているルキウスの気配が少し笑うのはわかる。昔と同じだ、と思いながら、剣の柄に手をすべらせ、ノーレは指に力を込めた。

「本物のルキウス殿は、私ごときに斬られたりはしない」

「それは嬉しい言葉ですね。……だけれど、誰しも、教え子には自分を超えてほしいものですよ」

「申し訳ない。あと何年かかるだろうか。

 ………では、幸運を」

「近いうちにということを祈りましょう。……では、我々の旗に、神の祝福を」

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